焦げた味噌の香りに、ふるさとがある。
――焼きまんじゅうをめぐる、小麦と発酵、働く人々の物語
刷毛が、白いまんじゅうの表面を滑る。
甘い味噌だれが塗られ、火に近づけられる。たれが熱を帯び、ところどころに焦げ目がつく。香ばしい匂いが立ち上ると、焼き上がりを待つ時間が、少し長く感じられる。
ひと口かじれば、表面の甘じょっぱさのあとに、やわらかな生地がある。
群馬の「焼きまんじゅう」だ。
竹串に刺したまんじゅうへ味噌だれを塗り、香ばしく焼く。基本となるのは餡の入っていない「すまんじゅう」で、餡入りをつくる店もある。心にググっと観光ぐんま
目を引くのは、艶のある味噌だれかもしれない。
けれど、その下にある白い生地にも、発酵の仕事がある。群馬の発酵文化を知る入口として、焼き上がる前のまんじゅうから、たどってみたい。
米を刈ったあとに、小麦を育てる土地
群馬の食文化には、小麦が深く根づいている。
県内の平坦地では、米を収穫したあとに小麦を育てる二毛作が行われてきた。長い日照時間や水はけのよい土壌などの条件が、小麦づくりを支えている。群馬県ホームページ(地域企業支援課)
秋、稲を刈った田んぼが、次の作物を迎える。
冬を越え、初夏には麦の収穫へ向かう。同じ土地を使いながら、季節ごとに異なる実りを得る営みがある。
そうして収穫された小麦は、粉になり、台所へ入ってくる。
練れば麺になり、ちぎって煮ればすいとんになる。群馬では、おっきりこみやまんじゅうなど、多様な粉食が受け継がれてきた。うちの郷土料理:農林水産省
小麦粉は、手の動かし方と、そのあとにかける時間によって姿を変える。
焼きまんじゅうも、その豊かな使い方のひとつだ。
味噌だれの下で、生地は育っている
焼きまんじゅうの伝統的な製法には、酒まんじゅうの技術がある。
農林水産省は、小麦粉などにどぶろくを加えて発酵させ、蒸したまんじゅうを串に刺し、味噌だれをつけて焼く料理として紹介している。うちの郷土料理:農林水産省
粉をこねて丸めただけでは、あの生地にはならない。
発酵を待ち、蒸し上げる。その時間を経て、白いまんじゅうができる。
酒種を使う発酵では、麹による糖化と、酵母などの微生物の働きが関わる。酒まんじゅうの酛を調べた研究でも、酵母や乳酸菌が、その品質を左右することが示されている。酵母は糖を利用し、アルコールと二酸化炭素を生み出す。製品評価技術基盤機構
麹が、それだけでパンのように生地を膨らませているわけではない。酒種の中の働きが重なり、生地の風味や膨らみにつながっている。
食べるときには見えない、小さな変化の積み重ねだ。
焼きまんじゅうを割って、内側を眺めてみる。表面の濃い色とは対照的な、淡い生地が現れる。そのやわらかさにも、味ができるまでの時間がある。
発酵させ、蒸し、それから焼く
沼田市の火群庵は、国産小麦と自家製麹を使い、成形したまんじゅうを低温でじっくり発酵させる工程を公開している。
そのあと、高温の蒸気で蒸し上げ、焼きながら特製のたれを繰り返し塗る。火群庵
発酵させる。蒸す。焼く。
一串を食べる時間に比べれば、仕込みにはずっと長い時間がかかっている。
蒸してふっくらと仕上げたものを、さらに火で焼く。やわらかな生地の表面に、香ばしい焼き目をつくる。その違いが、ひと口の中に生まれる。
ここに、味噌だれが加わる。
味噌も、大豆や麹などからつくられる発酵食品だ。焼きまんじゅうは、発酵を経た生地と、発酵調味料である味噌を、火の前でひとつにする料理でもある。
刷毛を動かす人は、焼き色を見て、串を返す。
長く待つ仕込みの時間と、目を離せない焼き上げの時間。その両方を経て、熱々の一串が手渡される。
焼き直す工夫から、名物の姿へ
焼きまんじゅうの始まりには、いくつかの説がある。
群馬の公式観光サイトは、農村家庭でつくられていた餡なしの酒まんじゅうを、そのルーツとして紹介している。時間がたって硬くなったまんじゅうを、七輪や火鉢であぶり、砂糖入りの醤油や味噌をつけて食べていたという。心にググっと観光ぐんま
蒸したてのおいしさが過ぎても、もう一度、火を使う。
温め直すだけでなく、表面を焼き、味を添えて、別のおいしさにする。
この工夫を知ると、焦げ目の見え方が変わる。焼き色は、飾りとしてつけられたものではない。時間とともに変わる生地を、おいしく食べるための手がかりでもあった。
やがて、それが商品として売られるようになり、串に刺した姿で人々に親しまれていく。
発祥の店については諸説があるため、ひとつの物語に決めることは難しい。それでも、粉食のある暮らしから生まれ、店や市を通じて広がってきた食べ物として、その歴史を受け止められるだろう。
働く手を休める、ひと串
焼きまんじゅうの歴史をたどると、農業だけでなく、製糸の仕事にも行き当たる。
前橋市の歴史資料では、焼きまんじゅうは、製糸工場で働く女性たちや農家の人々のおやつとして、生活の中へ浸透していったと紹介されている。city.maebashi.gunma.jp
仕事の合間に、少し手を休める。
焼きたてのまんじゅうを食べ、また持ち場へ戻る。そんな場面を想像すると、郷土の名物という言葉に、働く人々の身体の感覚が加わる。
空腹を満たすこと。甘さを楽しむこと。ひと息つくこと。
一串は、そのどれにも関わっていたのだろう。
土地の料理は、産物や技術だけで育つわけではない。誰が、どんなときに、それを必要としたのか。その日々の繰り返しによって、暮らしの中に居場所を持っていく。
焼きまんじゅうには、小麦の畑と、働くまちの両方が重なっている。
祭りの記憶は、香りから戻ってくる
焼きまんじゅうは、花見や夏祭り、初市などでも親しまれてきた。屋台から漂う味噌だれの香りが、人々を引き寄せてきたという。うちの郷土料理:農林水産省
食べ物の記憶は、味だけで残るわけではない。
店先で待ったこと。串を返す手つきを見ていたこと。隣に誰かがいたこと。ひと口目が熱くて、少し冷ましたこと。
香ばしい匂いに触れた瞬間、そうした場面が一緒に戻ってくることがある。
地元で育った人にとっては、子どものころの祭りかもしれない。初めて群馬を訪れた人には、旅先で覚えた新しい味になるかもしれない。
同じ一串が、それぞれの人の記憶に入っていく。
郷土食が受け継がれる場所は、製法を書いた紙の上だけではない。おいしかった場面を覚えている人の中にもある。
焼きたてを、自分の記憶にする
焼きまんじゅうは、店によって生地の食感やたれの味、焼き加減が異なる。自宅で焼いて楽しむためのセットを販売する店もある。ぐんまのうまいもん
最初は、焼きたてを味わってみたい。
表面のたれを見て、かじったときの生地の感触を確かめる。甘さのあとに残る味噌の風味を、少し意識してみる。
おいしいと感じたら、その生地はどんなふうにつくられているのか、知りたくなる。
それが、発酵文化への身近な入口になる。
難しい言葉を覚える前に、香りで立ち止まり、ひと口食べる。そのあとで、小麦の畑や、仕込みをする人の仕事が見えてくる。
ひと串を知ることから、土地を知る楽しみが始まる。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
焼きまんじゅうのことを調べていると、「焼く」という最後の仕事に、何度も思いが戻った。
発酵を待ち、蒸し上げたまんじゅうがある。それをもう一度、火に近づける。味噌だれを塗り、焼き色を見ながら、食べる人へ渡す。
長くかけた時間が、店先の短いやり取りにつながっている。
そして、その一串を食べた人の中に、また別の時間が残る。祭りの日。仕事の合間。群馬を訪れた日の午後。
発酵は、ときに保存のための知恵として語られる。
焼きまんじゅうから見えてきたのは、ふっくらとした生地をつくり、焼きたてを楽しむための発酵だった。
焦げた味噌の香りの向こうに、小麦を育てる土地と、手を動かしてきた人々がいる。
次にその香りに出会ったら、きっと足を止めたくなる。
参考資料

