酒を搾ったあとにも、食卓の物語は続く。
――しもつかれに息づく、栃木の冬と分け合う暮らし
大根を、ざくり、ざくりとおろしていく。
細かな雪のようにはならない。粗い粒が残り、にんじんの橙色とともに、鍋の中へ入っていく。
やわらかく煮た塩鮭の頭。炒った大豆。油揚げ。そして、酒粕。
材料の名前を並べただけでは、どんな味になるのか想像しにくいかもしれない。けれど、この組み合わせを見て、冬の台所や家族の顔を思い浮かべる人がいる。
栃木の郷土料理「しもつかれ」だ。
大根やにんじん、鮭の頭、大豆などを煮込み、酒粕を加えて仕上げる。初午に赤飯とともに稲荷神社へ供え、家族の無病息災を祈ってきた行事食でもある。pref.tochigi.lg.jp
そのひと皿には、酒造りの続きがあり、正月から節分へと移る暦があり、隣の家へ料理を届ける人の手がある。
ひとつの鍋に、正月と節分が集まる
しもつかれの材料には、それぞれに来し方がある。
塩鮭の頭は、正月に食べた鮭の残り。大豆は、節分に用意した福豆の残り。そこへ大根やにんじん、油揚げ、酒粕を合わせる。
農林水産省は、こうした食材を生かした、先人の知恵が詰まった料理として紹介している。うちの郷土料理:農林水産省
正月が終わり、節分が過ぎる。
行事のために用意した食べ物が、次の行事を迎える鍋へ入っていく。そのつながりを知ると、しもつかれは、季節の記憶を集めた料理のように見えてくる。
鮭を食べた日の食卓も、豆を用意した日の台所も、そこで終わってはいなかった。
残ったものに、もう一度手をかける。
頭をやわらかく煮て、野菜をおろし、豆を加える。「使い切る」という短い言葉の中には、食材ごとの扱い方を知り、時間をかける仕事が含まれている。
酒粕は、酒造りから届くもうひとつの恵み
この連載で、しもつかれを発酵文化として取り上げる接点は、酒粕にある。
日本酒は、米や麹、水などを使って発酵させた「もろみ」を搾り、酒と酒粕に分けてつくられる。酒粕は、酒造りの工程から生まれる食材だ。JSS
つまり、しもつかれは、料理そのものを漬け置いて発酵させるものではなく、発酵によって生まれた酒粕を使う煮込み料理である。
酒として取り出されたものと、粕として残るもの。その両方に、米から始まった仕事が続いている。
鍋に酒粕が加わると、野菜と魚を煮た料理に、酒粕特有の香りと味わいが重なる。
酒造りが、家庭の料理へ入ってくる。その身近な通り道のひとつが、しもつかれだったのだろう。
農林水産省の解説では、しもつかれに酒粕が用いられるようになったのは、造り酒屋が現れ、酒粕が流通するようになった江戸時代中期ごろとされている。うちの郷土料理:農林水産省
いま伝わる味も、長い歴史の中で、手に入る食材を取り込みながら形づくられてきた。
鬼おろしが残す、野菜の手ざわり
しもつかれづくりに登場する道具に、「鬼おろし」がある。
竹などの粗い歯を持つ、おろし器だ。大根やにんじんを、ざっくりとした粒が残るようにおろす。全国学校栄養士協議会
包丁で角切りにするのとも、細かな大根おろしにするのとも違う。
野菜の形をほどきながら、食感を残す。その加減が、しもつかれの姿につながっている。
料理を知るとき、材料や調味料には目が向きやすい。けれど、道具にも、その土地で受け継がれてきた食べ方が刻まれている。
大きな大根を支え、鬼おろしに当て、腕を動かす。
鍋に入る前の野菜には、そんな手の仕事がある。ひと皿からは見えにくい動作だが、料理の味や食感は、そこから始まっている。
神様に供え、家族と食べる
しもつかれは、初午と結びついて受け継がれてきた。
初午は一般に、二月最初の午の日を指す。しもつかれには、かつて旧暦二月の初午に稲荷神社へ供えた習慣があり、栃木県も、赤飯とともに供えて家中の無病息災を祈る料理として紹介している。maff.go.jp
日々の食材を集め、手をかけてつくったものを、神前へ供える。
その営みを思うと、しもつかれを「残りものの料理」と説明するだけでは、届かない部分がある。
鮭の頭や豆を大切に扱うこと。大鍋で煮上げること。家族が無事に過ごせるようにと願うこと。
食材を使い切る工夫と、祈る行為が、同じ料理の中にある。
冬の台所でつくられたひと皿が、家の中の食事と、地域の行事をつないでいた。
七軒の味を、知っているということ
しもつかれには、「七軒のしもつかれを食べると病気にならない」という言い伝えがある。
栃木県は、一部の地域に、重箱に入れて隣近所とやり取りする風習が残っていると紹介している。pref.tochigi.lg.jp
これは、健康への願いを託した言葉として受け止めたい。
同時に、七軒という数からは、いくつもの家を料理が行き来する風景が浮かんでくる。
同じしもつかれでも、家庭によって味が大きく変わる。作り方が、それぞれの家で受け継がれてきたためだ。maff.go.jp
酒粕の香りの強さ。野菜の粗さ。鮭の味の出方。
器に盛れば似て見える料理にも、食べれば違いがある。その違いを、近所の人たちは知っていたのかもしれない。
自分の家の味があり、隣の家の味も知っている。
郷土の味とは、ひとつの決まった味だけを指す言葉ではないのだろう。少しずつ異なる味が、同じ土地で行き来しながら残っている。そのあり方にも、しもつかれの豊かさがある。
食べ慣れない味の向こうを、少し見てみる
しもつかれは、初めて食べる人にとって、すぐに味を想像できる料理ではない。
粗くおろした野菜と豆、魚、酒粕がひとつに煮込まれ、素材の輪郭が重なっている。酒粕の香りにも、好みがあるだろう。
だからこそ、何からできているのか、いつ食べてきたのかを知ることが、味への入口になる。
鮭の頭には正月の続きがある。豆には節分の記憶がある。酒粕には、米を酒に変える発酵の仕事がある。
目の前の一品を、そうして少しずつほどいてみる。
栃木県は、しもつかれの文化的な価値を調べ、次の世代へつなぐ調査研究や発信にも取り組んできた。料理の歴史や暮らしとの関係を知ることも、継承の一部になっている。pref.tochigi.lg.jp
おいしいと感じるまでに、少し時間のかかる味があってもいい。
その時間に、土地の人の話や、家ごとの違いを聞く楽しみが加われば、ひと口の経験は深くなる。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
しもつかれを調べていて、ひとつの料理に、これほど多くの「続き」が集まっていることに心を引かれた。
正月に食べた鮭の続き。節分の豆の続き。米から酒をつくった、その続き。
それらを集めた鍋から、今度は隣の家へ、料理が渡っていく。
食べ物を使い切ることと、人と分け合うことが、ここではつながっている。
家にあるものをよく見て、手をかけ、おいしくつくる。できたものを、誰かにも食べてもらう。
しもつかれの向こうに見えてきたのは、そんな具体的な暮らしの動作だった。
酒を搾ったあとにも、食卓の物語は続く。
その続きを受け取るように、小さなひと皿を味わってみたい。
参考資料

