雪が来る前に、畑の緑を食卓へ。
青菜漬とおみ漬に息づく、山形の冬支度
軒先に、大きな葉が並んでいる。
秋の光を受けながら、少しずつ水分を手放していく。収穫したばかりの張りは和らぎ、葉も茎も、しなやかになっていく。
山形の初冬を思い浮かべるとき、雪景色の少し手前に置いてみたい風景がある。冬の保存食をつくるために、山形青菜を干す風景だ。
やがて葉は桶に収まり、塩を振られ、重石をのせられる。畑に広がっていた緑が、家の中へ移ってくる。
山形の「青菜漬(せいさいづけ)」は、そうして冬の食卓を支えてきた。かつては家庭で大きな桶にたっぷりと漬け、春先まで食べていたという。うちの郷土料理:農林水産省
小皿に盛られた漬物を見るだけでは、気づきにくい。
そのひと切れには、雪を迎える前の仕事がある。
「青菜」という名前の、大きな野菜
山形青菜の「青菜」は、「せいさい」と読む。
葉物野菜全般を指しているようにも見えるが、ここでは山形の伝統野菜の名前だ。高菜の一種で、幅広い葉と肉厚の茎を持ち、大きいものでは丈が70〜80センチにもなる。漬けても歯ざわりが残り、独特の辛味がある。yamagata.nmai.org
食卓では小さく切り分けられている葉が、畑では人の腕に抱えるほどの大きさで育っている。その姿を知ると、漬物の見え方も少し変わる。
山形県に種子が導入されたのは、1908年。奈良県から取り寄せ、農事試験場で試作したところ、漬け菜として品質が優れていたことから栽培が始まった。その後、村山地域から県内へ広がっていった。うちの郷土料理:農林水産省
よその土地からやって来た野菜が、ここで育てられ、選ばれ、食べ続けられる。
「ふるさとの味」と呼ばれるものにも、そうした移動の歴史がある。土地の味になるまでには、種をまく人と、それをおいしく食べる人の、長い付き合いが必要だったのだろう。
畑の収穫を、冬の時間へつなぐ
青菜漬は、野菜を干してから塩で下漬けし、その後、醤油などを合わせた調味液で本漬けする。使う調味料や配合には違いがあり、家庭ごとの味が受け継がれてきた。maff.go.jp
干す。漬ける。待つ。
短い言葉で書ける工程の間に、いくつもの手仕事がある。
大きな葉を洗い、水を切り、干す場所を整える。しんなりした葉を扱い、桶に重ねる。一度にたくさん仕込むとなれば、相応の手間もかかる。
それでも、冬の間に食べるものが家にあるということは、どれほど心強かっただろう。
畑で採れたものを、その日のうちに食べ終えるのではなく、季節を越えて食べられる姿へ変える。青菜漬の桶は、秋の収穫と冬の食卓をつなぐ場所だった。
冬支度という言葉には、寒さへの緊張と、備えができたときの安堵が、いっしょに含まれているように思う。
漬物は、時間とともに味が変わる
青菜漬の魅力は、漬けたばかりの歯ざわりだけにあるわけではない。
伝統的な青菜漬では、時間とともに発酵が進み、色がべっこう色になって、酸味を帯びていく。山形の製造者も、そのように変化した青菜漬を油炒めなどで楽しむ食べ方を紹介している。maruyamafoods.co.jp
発酵漬物では、乳酸菌などの微生物が働き、酸味や香りを生み出す。野菜を漬ける環境の中で、味が少しずつ育っていくのだ。jstage.jst.go.jp
ただし、漬物のすべてが同じように発酵するわけではない。短期間で調味液の味を含ませるものもあり、青菜漬やおみ漬も、製法や商品によって発酵の進み方は異なる。漬物文化を知るには、保存、発酵、味付けという、それぞれの働きに目を向けたい。にっぽん伝統食図鑑:農林水産省
おもしろいのは、味が変わったあとにも、料理の続きがあることだ。
酸味の出た青菜漬は、塩抜きして炒め煮にする「くきな煮」などにも使われる。maff.go.jp
初冬には、ご飯に添えて歯ざわりを楽しむ。季節が進めば、火を入れた料理で味わう。
食べ方のほうも、漬物の変化に合わせて動いていく。
一度仕込んだものを、最後まで同じ状態に保とうとするだけでなく、変わった味を受け止め、次の一皿を考える。そこに、長く食べ続けてきた台所の経験がある。
葉先にも、もう一度出番がある
青菜漬と並んで、山形を代表する漬物が「おみ漬」だ。
山形青菜を刻み、大根やにんじんなどと合わせて漬ける。材料には地域や家庭の違いがあり、しその実などを加えることもある。緑に白、そこへにんじんの色が交じり、小さな器の中がにぎやかになる。うちの郷土料理:農林水産省
その名前には、いくつかの由来が伝わっている。
よく知られるのは、山形に出入りしていた近江商人が、残った青菜の葉先をほかの野菜と刻んで漬けたことから、「近江漬」が「おみ漬」になったという説。一方、野菜を揉んで漬ける「揉み漬け」に由来するという説もある。yamagata.nmai.org
名前の由来をひとつに決めなくても、その話から伝わってくるものがある。
目の前にある野菜を、もう一度よく見るということだ。
茎を使ったあとに、葉先が残る。大根には葉がついている。それぞれを刻み、合わせれば、また別のおいしさになる。
「余りもの」という呼び方で、仕事を終わらせない。
おみ漬の細かな野菜を見ていると、食材を使い切る工夫には、食べる楽しみを増やす力もあるのだと感じる。
葉で包み、火を入れれば、ごちそうになる
庄内地域には、青菜漬を使う「弁慶めし」という郷土料理がある。
丸いおにぎりに味噌を塗り、青菜漬で包んで、網で軽く焦げ目がつくまで焼く。うちの郷土料理:農林水産省
葉に包まれたおにぎりを想像してみる。
火に近づけると、水分が少しずつ抜けていく。味噌の香ばしさが立ち、ひと口かじれば、青菜の風味の奥に米の甘さがある。
小皿の脇役だった漬物が、食事の真ん中へ出てくる。
大きな葉だから包める。漬物になっているから、その風味もいっしょに食べられる。野菜の姿と、保存の工夫と、料理の発想が、ひとつのおにぎりに重なる。
土地の食べ物には、こういう納得がある。
説明を読んで知るだけでなく、口にしたときに、なぜこの食べ方が生まれたのかを、少し身体で理解できるような瞬間がある。
桶のある暮らしから、ひと袋を選ぶ暮らしへ
農林水産省の紹介によると、現在は青菜漬を家庭で大量に仕込むだけでなく、スーパーや直売所などで購入することも多くなっている。家々で青菜を干し、桶に漬け込む風景は、以前より少なくなったという。maff.go.jp
大きな桶を置く場所も、仕込みに使える時間も、暮らしによって違う。
それでも、食文化との接点は持てる。
秋から冬にかけて店先に並ぶ青菜漬を選ぶ。炊きたてのご飯に添える。おみ漬の中に何が入っているか、箸で少し確かめてみる。
気に入った味があれば、どこでつくられたものかを見てみる。
畑で山形青菜を育てる人がいて、漬ける人がいて、食べる人がいる。そのつながりの中に、自分の一食も加わっていく。
軒先に葉を干す風景を知らなくても、その味から、冬支度の物語に触れることはできる。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
山形の青菜漬を調べていて、心に残ったのは、酸味が出たあとにも食べ方があることだった。
色が変わり、味が変わる。その変化を見て、今度は炒め煮にしようと考える。
おみ漬の話にも、同じような眼差しを感じる。残った葉先を前にして、刻んで漬けたらどうだろうと、もう一度手を動かす。
食材の行く先を、すぐには決めてしまわない。
その姿勢は、いまの私たちの台所にも持ち帰れるように思う。
山形の発酵文化をたどると、雪を迎える土地の暮らしが見えてくる。秋のうちに手をかけ、冬を食べ、春先にはまた違う料理にする。
小皿の青菜漬には、季節を渡っていくための時間がある。
そのひと切れを、ご飯とともに、ゆっくり噛んでみたい。
参考資料

