日本との比較で考える、原料の価値とブランドの主導権
チョコレートを、ひとかけ折る。
乾いた音のあと、舌の上でゆっくりと輪郭がほどけていく。甘さが広がり、ほのかな苦みが残る。
仕事の合間の数分。
誰かに贈る、小さな箱。
一日の終わりに、自分へ許すひと口。
日本の暮らしの中に、チョコレートの居場所はたくさんある。
では、その甘さが始まった土地を、私たちはどれくらい知っているだろう。
西アフリカのガーナ。日本が輸入するカカオ豆の約7割を供給する、身近な食の風景を支えてきた国だ。JICAは2024年の発表で、この結びつきを紹介している。JICA
遠い国に見えるガーナは、私たちのすぐそばにある。
けれど、カカオを育てる土地と、チョコレートを選ぶ売り場の間には、距離がある。そこには海だけでなく、加工、流通、ブランド、そして価格をめぐる仕組みが横たわっている。
原料をつくる土地は、その先に生まれる価値と、どうつながれるのか。
ガーナと日本の比較から、この問いを考えてみたい。
1.豆の価値と、ひとかけの価値
カカオ豆とチョコレートは、同じ流れの中にありながら、異なる基準で選ばれる。
原料としてのカカオには、品質、数量、納期などが求められる。
完成したチョコレートには、味や口どけに加え、パッケージ、ブランドへの信頼、買いやすさ、贈り物としての魅力が重なる。
同じカカオでも、消費者との接点に近づくにつれ、価値を伝える言葉が増えていく。
ただし、豆から板チョコへの価格差を、すべて利益と考えることはできない。製造設備、ほかの原材料、品質管理、輸送、販売などにも費用がかかる。
それでも、問いは残る。
加工や商品開発の仕事は、どこに生まれるのか。誰が顧客を知り、次の商品を決めるのか。
原料の取引価格だけでは見えてこない、事業の主導権の問題である。
2.ガーナで生まれた、「自分たちで仕上げる」という選択
ガーナには、自国のカカオを完成品へと変え、自らのブランドで届けようとする人たちがいる。
そのひとつが、姉妹のキンバリー・アディソンとプリシラ・アディソンによる「’57 Chocolate」だ。
ブランド名の「57」は、ガーナが独立した1957年に由来する。2016年から、乾燥カカオ豆をチョコレートへ加工し、アフリカの芸術や文化を反映した商品をつくっている。公式サイトでは、天然資源をそのまま売ることにとどまらず、創造性によって価値のあるガーナ製品へ変えるという志を掲げている。’57 Chocolate
ここには、マーケティングとして読み解ける転換がある。
「どこの原料を使った商品か」に加えて、「誰が、どんな考えでつくった商品か」を、自分たちの言葉で伝えるようになる。
産地として紹介される側から、顧客へ語りかける側へ。
国の歴史も、文化も、つくり手の感性も、商品を選ぶ理由になり得る。
カカオの産地という事実に、自らの創造性を重ねる。そのとき、ガーナは商品の背景であると同時に、ブランドの主体になる。
3.工場を、カカオの育つ土地へ
もうひとつの事例が、ガーナとドイツに関わりを持つ企業「fairafric」だ。
同社は、ガーナでチョコレートを製造し、包装まで行う仕組みを採っている。その目的として、原産国に加工・製造の仕事を生み、より多くの付加価値を残すことを説明している。fairafric.com
カカオが育つ。
豆が取引される。
その土地の工場で、チョコレートになる。
この流れが生まれると、農業に加えて、製造、品質管理、設備の保守などの仕事が必要になる。
一方で、完成品をつくれば、自動的に売れるわけではない。
安定した品質を保ち、商品を適切な状態で届け、販売先を開拓する必要がある。工場への投資を回収できるだけの需要も欠かせない。
だからこそ、現地加工は製造だけの話では終わらない。
つくる力と、売り続ける力を、どう一緒に育てるか。
マーケティングは、その事業を成立させる条件のひとつになる。
4.日本は、カカオにどんな価値を重ねてきたか
日本側から見ると、チョコレートは原料を加工する技術と、暮らしの中に居場所をつくる工夫が出会う商品だ。
口どけを楽しむ。
少量ずつ食べる。
誰かに渡す。
香りを比べる。
消費者が求める場面によって、商品の大きさも、味も、包み方も変わる。
さらに、産地や発酵の違いを楽しむ提案もある。
「明治 ザ・カカオ」は、産地ごとの特徴を引き出すため、発酵期間や温度、攪拌回数などを検討していると説明する。また、カカオ生産地での支援活動から、日本での製造までを紹介している。株式会社 明治 – Meiji Co., Ltd.
ここで注目したいのは、商品の説明が、消費者の味わい方を変え得ることだ。
「甘い」「苦い」という感想に、香りや産地、発酵という視点が加わる。
違いを知ると、次は別の一枚を試してみたくなる。
価値を伝えることは、顧客が違いを感じ取る手がかりを渡すことでもある。
その手がかりが、原料の土地まで続いていれば、売り場と産地の距離も少し縮まる。
5.「応援したい」が、「また食べたい」へ続くために
ガーナでつくられたチョコレートを、「産地を応援できるから」という理由で手に取る人もいるだろう。
その動機には意味がある。
ただ、ブランドが長く続くためには、食べたあとの満足が必要になる。
おいしかった。
香りが印象に残った。
贈った相手が喜んでくれた。
また、あの味を食べたい。
社会的な背景への共感と、商品としての魅力。この二つを重ねていくことが、継続購入につながると考えられる。
そこで大切になるのが、伝える順番だ。
まず、食べてみたくなる魅力を届ける。
次に、その味を生む仕事や土地を伝える。
さらに、購入がどのような取引や雇用につながるかを、確かめられる形で示す。
おいしさから始まった関心が、土地への理解へ深まっていく。
その流れがあれば、産地の物語は、ひと口の経験と結びつく。
6.物語が豊かになるほど、取引の中身も問われる
農家の顔が見える。
畑の写真がある。
パッケージに、美しい物語が書かれている。
それらは、商品への理解を助けてくれる。
同時に、物語から一歩進んだ確認も必要だ。
原料は、どのような条件で買われているのか。
生産者の収入や、働く環境にどうつながっているのか。
問題が見つかったとき、改善する仕組みはあるのか。
JICAなどが関わるサステイナブル・カカオ・プラットフォームでも、児童労働の撤廃に向けた企業・団体の協働が進められている。2025年には共同コミットメントが発表され、ガーナでの児童労働フリーゾーンに関する取り組みも紹介された。JICA
産地で完成品をつくることと、農家の暮らしが改善することも、同じではない。
工場の雇用に加え、原料の購入条件や農家への支援を、それぞれ見ていく必要がある。
物語への共感が、取引の仕組みへの理解につながるとき、ブランドへの信頼は深くなる。
7.ガーナの問いは、日本の産地にも届いている
ここまでの比較は、ガーナを原料供給、日本を加工・販売という固定した役割に分けるものではない。
ガーナには完成品をつくる企業があり、日本には産地と協働する企業がある。その動きから、価値をつくり、届ける仕事の配置を考える試みだ。
| 視点 | ガーナの事例から見える問い | 日本側で考えたいこと |
|---|---|---|
| 商品開発 | 産地自身が、どんな完成品を提案するか | 顧客理解や製造技術をどう生かすか |
| ブランド | 土地の文化を、誰の言葉で伝えるか | 産地の主体性をどう伝えるか |
| 販売 | 完成品を継続して届ける販路をどう築くか | 味や用途の違いをどう体験してもらうか |
| 価値の分配 | 加工の仕事と農家の収入をどう増やすか | 調達条件と販売価値をどう結びつけるか |
この問いは、日本の地域産業にも重なる。
優れた農産物や素材をつくっていても、最終的な顧客の声が産地に届かなければ、次に何をつくるべきか判断しにくい。
自分たちのブランドを持つ方法もある。
加工や販売を担う相手と、対等な関係を築く方法もある。
すべてを自前で行う必要はない。
大切なのは、産地が、自分たちの仕事の価値を知り、その届け方を考える場に参加できることだ。
どこで育ったか。
誰が仕上げたか。
誰に届けたいか。
それぞれの答えがつながったとき、一枚のチョコレートは、土地の未来を考える入口になる。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
チョコレートが口の中で溶けるまでの時間は、短い。
その短い時間のために、遠い土地では木が育ち、実が収穫され、豆が発酵し、乾燥されている。さらに、加工し、包み、届ける人たちの仕事が続く。
私たちは普段、その長い道のりの終点に立っている。
ガーナで生まれたブランドの取り組みを知ると、その道を少し歩いて戻りたくなる。
そこには、原料を供給する人だけでなく、自分たちの味をつくり、文化を表現し、顧客と出会おうとする人たちがいる。
次にチョコレートを選ぶとき、味とともに、つくり手の言葉にも触れてみる。
そのひと口から、これまで遠かった土地が、顔の見える場所になるかもしれない。
参考資料
- JICA|カカオ産業の児童労働撤廃に向けた取り組み状況レポートの発表(2024年)
- ’57 Chocolate|Our Story
- fairafric|FAQ:現地製造・付加価値・調達について
- 明治|明治 ザ・カカオ
- 明治|BEAN to BAR / FARM to BAR
- JICA|児童労働撤廃分科会による記者発表会(2025年)
※企業の取り組みは各社の公式説明に基づき、マーケティング上の意味づけはNEOTERRAINの考察として記しています。
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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