ウルグアイと日本に学ぶ「産地の信頼」を価値に変えるマーケティング
牛肉を選ぶとき、私たちは何を買っているのだろう。
味。やわらかさ。価格。
けれど、その判断の奥には、もうひとつの問いがある。
「この肉は、どこから来たのか。」
南米のウルグアイと日本。その問いへの答えを比べると、マーケティングが広告の外側から始まっていることが見えてくる。
ウルグアイの牧畜と国のブランドづくり、日本の牛肉と産地の価値づくり。そこには、生産の現場を消費者の信頼へとつなぐ、異なる編集の方法がある。
※本稿は両国の国民性を分類するものではなく、牛肉の生産履歴と原産地ブランドを中心にした比較・考察である。
1.「自然」という言葉を、確かめられる約束にする
草原で育った牛。
その風景は、自然とのつながりを感じさせる。
しかし、消費者にも海外の取引先にも、風景だけでは分からないことがある。どの牧場で育ち、どこを移動し、どのように管理されてきたのか。
ウルグアイでは、2006年の法律によって牛の個体識別と登録が義務化された。個体を識別する装置と公式データベースを通じ、出生から死亡までの移動や所有者の変更などを記録する仕組みである。[1]
ここに、マーケティングにつながる重要な視点がある。
「自然の中で育てています」という物語を、履歴によって支えること。
トレーサビリティとは、生産や流通の経路を追跡できることだ。それ自体が、おいしさや環境負荷の低さを保証するわけではない。けれど、由来を確かめるための土台にはなる。
米国農務省が掲載するINACの認証プログラムには、原産履歴の確認や牧草による飼養などの検証項目が示されている。ただし、認証プログラムの条件を、ウルグアイ産牛肉すべての条件と混同してはいけない。[2]
大切なのは、美しい印象と、確認できる事実を結びつける設計だ。
2.日本にもある「見えない信頼のインフラ」
この仕組みは、ウルグアイだけのものではない。
日本でも、国内で飼育される牛には個体識別番号が付けられ、生産履歴を確認できる。農林水産省は、BSEのまん延防止や個体識別情報の提供などを目的として、牛トレーサビリティ制度を運用している。[3]
つまり、「日本は職人の感覚、ウルグアイはデータ」という単純な対比では説明できない。両国とも、信頼を支える制度を持っている。
そのうえで本稿が注目するのは、制度の上に、どのような意味を重ねるかである。
日本の牛肉売り場では、産地名、銘柄、部位、等級、生産者など、複数の情報が選択の手がかりになる。例えば「どこの産地か」を入口に、その土地の育て方や味の特徴を知っていく。
ここから、日本の産地ブランドを「違いを細かく伝える編集」として捉えることができる。
一方、ウルグアイの国家ブランド戦略は、国の評価を製品やサービスの価値へつなげることを明示している。[4]
こちらは「異なる商品を共通の信頼で束ねる編集」として読める。
3.国のブランドと、産地のブランド
ウルグアイの国家ブランドを推進するUruguay XXIは、国のブランドを、商品やサービスを包む傘のような枠組みとして説明する。共通のアイデンティティと評価を育て、各分野の価値につなげる考え方だ。[4]
名前をまだ知らない海外の買い手に対しても、国のイメージが理解の入口になる。
「この国は、何を大切にしているのか。」
「この国の商品には、どんな共通の背景があるのか。」
国家ブランドは、その問いに一定の方向性を与える。
日本の地域や企業に置き換えるなら、個々の商品を宣伝するだけでなく、それらをつなぐ共通の約束を示す発想である。
例えば、同じ地域に米、酒、野菜、宿泊施設があったとする。
それぞれが別々に「品質が高い」と語るだけでは、地域としての印象はつながりにくい。
しかし、共通する水、生産者の営み、土地の管理を伝えられれば、商品を知ることが地域を知ることにもなる。
ひとつの商品が、次の商品への信頼を育てる。
これは国家ブランドの考え方から導ける、地域マーケティングへの示唆である。
4.品質の説明を、顧客の選ぶ理由に翻訳する
「履歴を管理しています。」
「生産方法に基準があります。」
どちらも重要だが、その説明だけでは顧客の心に届かないことがある。
企業が語りたい情報と、顧客が知りたいことには距離があるからだ。
食品を買う人は、記録システムの詳細を学びたいとは限らない。
家族に出すものを納得して選びたい。贈り物の由来を説明したい。自分の価値観に合う生産を応援したい。
マーケティングの仕事は、その距離を埋めることにある。
| 生産側の情報 | 顧客にとっての意味 |
|---|---|
| 産地や生産履歴を確認できる | 由来を理解して選べる |
| 飼養方法の条件が示されている | 自分の重視する条件と照らし合わせられる |
| 生産者の仕事が見える | 誰の営みを支える買い物かが分かる |
| 土地との関係が説明されている | 商品を通じて、その地域を知ることができる |
ここで注意したいのは、意味を翻訳することと、効果を大きく見せることは違うという点だ。
履歴が分かるから必ず安全、牧草で育つから必ず環境に優しい、という飛躍はできない。事実が支えられる範囲で、選択に役立つ意味を伝える。
その丁寧さが、長く続く信頼になる。
5.PSELで読む、ウルグアイと日本
NEOTERRAINの四つの視点で見ると、この比較はさらに立体的になる。
P|Product:何を提供するのか
牛肉という商品には、味や価格だけでなく、生産方法や由来を確認できることも含まれる。品質の設計と、品質を確かめる仕組みの両方が商品を支える。
S|Story:どんな背景を伝えるのか
草原での牧畜、産地の歴史、生産者の工夫。物語は商品に意味を与える。ただし、風景を美しく語るほど、その背景を支える事実も必要になる。
E|Energy:誰が価値を動かしているのか
牧場で働く人、記録を管理する人、加工や流通を担う人。ブランドの信頼は、広告に登場しない多くの仕事によって保たれている。その営みを見せることも、価値を伝える方法になる。
L|Land:土地は商品にどう関わるのか
草原、水、気候、飼料、土地の使い方。産地は住所であると同時に、生産を成り立たせる条件でもある。「どこで作ったか」から「なぜそこで、この作り方なのか」へ進むと、土地の説明が商品の理解につながる。
6.日本の企業が学べること
ウルグアイの事例から学べるのは、草原のイメージを借りることではない。
自分たちが守っている約束を見つけ、それを確かめられる形にすることだ。
地域の食品なら、原料の由来と、生産者との関係。
工場で作る製品なら、品質管理と、修理や保守の体制。
映像制作なら、企画意図をどう共有し、品質をどう保ち、現場の判断をどう積み重ねるか。
信頼の根拠は、仕事の中にある。
けれど、現場では当たり前になっているために、外からは見えないことが多い。
記録はあるのに伝わっていない。
工夫はあるのに説明されていない。
土地との関係は深いのに、産地名だけで終わっている。
そこを掘り起こし、顧客が理解できる言葉と体験にする。広告表現を考える前に、取り組める仕事は少なくない。
7.風景の向こうに、仕事が見えるブランドへ
草原の写真だけでは、牛肉の由来は分からない。
産地名だけでは、生産者の工夫は伝わらない。
データだけでは、土地で生きる人の姿は見えてこない。
風景と記録。
商品と人。
土地と食卓。
それらの関係がつながったとき、産地は単なる表示を超え、選ぶ理由になる。
ウルグアイの国家ブランドは、国の評価を個々の商品へつなげようとする。日本の産地ブランドには、個々の違いを深く伝える可能性がある。
この二つの視点を組み合わせるなら、共通の信頼を育てながら、その中にある固有の営みも見せていくことができる。
ブランドとは、遠く離れた人にも、現場の約束が届くようにする仕事なのかもしれない。
食卓に並ぶ一皿の向こうに、土地があり、働く人がいる。
そのつながりを理解して選べることも、商品の価値のひとつである。
参考資料
[1] ウルグアイ農牧水産省(MGAP)、Sistema Nacional de Información Ganadera
https://www.gub.uy/ministerio-ganaderia-agricultura-pesca/tramites-y-servicios/servicios/sistema-nacional-informacion-ganadera
[2] 米国農務省(USDA)、INAC CERTICARNES Process Verified Program
https://www.ams.usda.gov/content/instituto-nacional-de-carnes-inac-certicarnes-process-verified-program-national-meat
[3] 農林水産省「牛・牛肉のトレーサビリティ」
https://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/trace/index.html
[4] Uruguay XXI、Marca País
https://www.uruguayxxi.gub.uy/es/marca-pais/
※マーケティング上の比較・示唆は、上記の制度・ブランド戦略をもとにした本稿の考察。
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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