椅子を一脚買う。
そのとき、私たちは座り心地や価格、色や形を比べる。けれど、もう少し目を凝らすと、その椅子には「どんな暮らしをよいと考えるか」という思想も込められている。
美しい家具を、手の届く価格で届けたい。
余分なものを減らし、日々の暮らしに馴染む道具をつくりたい。
スウェーデン発祥のIKEAと、日本で生まれた無印良品。異なる土地から育った二つのブランドは、暮らしを起点に、商品の価値を組み立てている。
今回は、この二社とボルボの事例から、スウェーデンと日本のマーケティングを考える。国民性を決めつける比較ではなく、企業が示す理念と、その実装を読み解く記事である。
IKEAの「安い」は、設計のなかにある
IKEAは、商品の開発において、形、機能、品質、サステナビリティ、低価格という五つの要素を掲げている。「デモクラティックデザイン」と呼ばれる考え方だ。美しさだけでなく、使えることや、買える価格であることまで、デザインの課題に含めている。[1]
ここには、マーケティングを考えるうえで大切な視点がある。
完成した商品を、どう安く見せるか。
その前に、よい商品を手の届く価格でつくるには、どう設計するか。
広告で「お買い得」と伝えることと、商品開発の段階から価格を成立させることは、異なる仕事である。
IKEAの公開資料では、開発の早い段階から、技術者や製造者、専門家が協力すると説明されている。[1] 価格は、最後に貼る数字だけではない。素材や製造方法などを考える際の条件でもある。
ここから読み取れるのは、低価格を顧客に届ける価値の一部として扱う姿勢だ。
よいものをつくることと、それを多くの人が買えることを、同じ設計のなかで考える。
これはNEOTERRAINとしての読み解きであり、すべてのIKEA商品が五つの要素を同程度に満たすと保証するものではない。しかし、企業が何を開発基準として掲げるかは、ブランドの価値観を知る手がかりになる。
無印良品は、商品の「わけ」を説明する
日本にも、価格と品質を、ものづくりの仕組みから考えるブランドがある。
無印良品が掲げるのは、素材の選択、工程の点検、包装の簡略化という三つの視点である。商品に余分な装飾を加えるよりも、素材や工程を見直すことで、品質や資源の使い方を考える。[2]
この考え方を、マーケティングの言葉に置き換えてみる。
「なぜ、この素材なのか」
「なぜ、この見た目なのか」
「なぜ、この包装でよいのか」
商品の形に理由がある。その理由が分かると、簡素さも選ぶ根拠になる。
華やかな包装がないことは、見方によっては物足りなく感じられる。しかし、包装を簡略化する考え方が伝われば、同じ見た目に別の意味が生まれる。
商品の特徴を伝えることと、その特徴が生まれた理由を伝えること。その両方が、購入の納得をつくる。
IKEAは五つの設計条件を、無印良品は素材・工程・包装を中心に、自社のものづくりを説明する。二社を並べると、表現の違いの奥に、暮らしと合理性を結びつける共通点が見える。
「スウェーデンは合理的、日本は感性的」という単純な対比では、この関係を捉えきれない。
商品の説明から、暮らしの提案へ
家具の広告を考えてみよう。
「幅120センチ、木製、収納付き」という情報は、購入の判断に必要だ。しかし、それだけでは、その家具が自分の生活にどう関わるかを想像しにくいこともある。
そこで、生活の場面を重ねる。
食卓を片づけると、子どもが宿題をする場所になる。
仕事の道具をしまうと、夜は家族と過ごす空間に戻る。
これは架空の訴求例だが、商品の機能を生活の変化に翻訳している。
今回の二社の理念から考えたいのは、この翻訳の順番である。先に理想の生活を描き、その生活を支える道具の条件を定める。あるいは、ものづくりの合理性を通じて、日常に馴染む道具を考える。
どちらも、商品と暮らしをつなぐ営みだ。
ただし、「豊かな暮らし」という言葉だけでは広すぎる。
誰の、どんな時間を、どう変えるのか。そこまで具体化して初めて、生活の提案は商品の説明として働き始める。
ボルボの安全思想は、企業の行動に表れた
暮らしの価値を商品にするという視点は、家具だけに限らない。
スウェーデンで生まれたボルボは、1959年に三点式シートベルトを導入した。公式資料によれば、その特許は、他の自動車メーカーも無償で利用できるようにされた。[3]
ここで注目したいのは、安全という価値を、広告の言葉だけで説明していないことだ。
技術を開発する。
車に装備する。
他社にも利用できる形で広げる。
その行動から、企業が何を優先したかを読み取れる。
マーケティング上の示唆は、「技術を無償公開すれば売れる」ということではない。公開資料だけで、この判断が購買や業績にどれほど影響したかは分からない。
考えたいのは、理念と行動が結びつくことで、ブランドの説明に具体的な根拠が生まれるという点である。
「私たちは安全を大切にしています」
その言葉を、どんな開発や判断が支えているのか。
日本の企業にも、その問いは置ける。品質を大切にするなら検査や改善に、地域を大切にするなら調達や事業運営に、理念は表れるはずだ。
ブランドの物語は、企業が積み重ねた判断からも生まれる。
比較するのは、価値を届ける仕組み
今回の事例は、次のように整理できる。
| 事例 | 公開されている考え方・行動 | マーケティングへの示唆 |
|---|---|---|
| IKEA | 形・機能・品質・サステナビリティ・低価格を開発基準にする | 顧客が買える条件まで商品設計に含める |
| 無印良品 | 素材・工程・包装を見直す | 商品の特徴を、ものづくりの理由とつなげる |
| ボルボ | 三点式シートベルトの技術を他社も利用できるようにした | 理念を支える企業の行動を示す |
この表は、両国の企業全体を分類したものではない。各社の事例から、日本のブランドづくりにも使える問いを抽出したものだ。
三社に共通して見えてくるのは、価値が商品の見た目や広告表現だけでは完結しないこと。
価格を成立させる開発の仕組み。
簡素な形を生む工程の判断。
安全という理念を支える技術の扱い方。
その仕組みまで見えると、ブランドの言葉は厚みを持つ。
PSELで読む、暮らしを支えるブランド
NEOTERRAINのPSELからも、今回の比較を読み解いてみたい。
Product|暮らしの変化を支える道具
商品が生活のなかで果たす役割を見る。
使いやすいか。品質はどうか。価格は生活者の条件に合うか。理念に共感しても、使う場面や買える条件が合わなければ、購入にはつながりにくい。
商品の魅力と、生活者の現実を一緒に考える必要がある。
Story|ものづくりの理由を伝える
なぜ、その素材を選んだのか。
なぜ、その工程を採用したのか。
なぜ、その技術を広げたのか。
企業の判断をたどることで、物語に具体性が生まれる。美しい言葉を掲げるだけでなく、確かめられる仕事と結びつけたい。
Energy|理念を続ける力
ここでのEnergyは、理念を実行し続けるための開発力、協働、事業運営の力として読む。
手の届く価格や品質は、宣言だけでは実現しない。開発や製造に関わる人々の仕事が、その実装を支える。
ブランドの持続性を見るなら、理念を支える組織や仕事にも目を向けたい。
Land|生活が営まれる場所
商品は、具体的な場所で使われる。
住宅の広さ、移動の手段、気候、家族との過ごし方。その条件によって、同じ商品でも使い方や価値は変わる。
「北欧の暮らし」というイメージを、そのまま日本に重ねるだけでは十分ではない。日本の生活のどこに役立つかまで考えることで、土地を越えた提案が具体化する。
日本のブランドづくりに持ち帰れる三つの問い
第一に、「手の届く価格」を、どの段階で考えているか。
完成後の値引きだけでなく、商品開発や提供方法から、生活者が買える条件をつくれないか。
第二に、商品の特徴には、説明できる理由があるか。
簡素な包装や独特の素材が、顧客にとって意味を持つように、その背景を具体的に伝えられているか。
第三に、理念を支える行動は何か。
「安心」「環境」「地域」といった言葉を、実際の開発、調達、運営の判断と結びつけられているか。
この三つを考えると、マーケティングは広告制作より前の段階へと広がっていく。
何をつくるか。
どんな条件で届けるか。
その選択を、どう説明するか。
それらがつながることで、顧客が選ぶ理由も明確になる。
いい暮らしを、届く形にする
美しい椅子がある。
毎日に馴染む道具がある。
移動の安心を支える技術がある。
その価値を暮らしのなかで使えるようにするには、品質も、価格も、提供の仕組みも必要になる。
スウェーデンと日本の企業事例を並べると、マーケティングの仕事を、もう少し広く捉えられる。
よいものを見つけ、よい言葉で伝える。
その手前で、よいものが生活者に届く条件を考える。
いい暮らしは、誰のものか。
その問いに、商品と価格と企業の行動で答えていくことも、ブランドづくりなのだと思う。
参照資料
本記事は企業の公開資料に基づく考察です。各社の理念の紹介と、NEOTERRAINによるマーケティング上の解釈を組み合わせており、国民性や国全体の購買行動を示すものではありません。
- IKEA「Democratic Design」
- 良品計画「ものづくりの基本となる考え方(3つのわけ)」
- Volvo Cars「Volvo’s three-point safety belt turns 50」
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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