波瑠主演のドラマ『魔法のリノベ』を観始めた。軽やかな会話に、テンポのいい編集。少し癖のある人物たちの掛け合いに笑っているうちに、私はいつの間にか、自分の仕事のことを考えていた。
リノベーションの相談に来た人は、部屋を変えたいと言う。けれど、本当に変えたいのは部屋だけなのだろうか。帰宅してから過ごす時間かもしれない。家族との距離かもしれない。これからの自分の生き方かもしれない。
まるふく工務店の人々は、営業、設計、施工の仕事をつなぎながら、その言葉になりきらない願いを探していく。映像をつくる私にも、この営みはよく分かる。依頼書に書かれた「映像が欲しい」を、そのまま撮影の指示に置き換えても、いい仕事にはならない。その映像によって誰の何が変わるのか。そこまで一緒に考えて、ようやく提案が始まる。
このドラマを、顧客起点のマーケティングとクリエイティブの物語として読んでみたい。手がかりになるのは、NEOTERRAINが大切にする PSEL──Product、Story、Energy、Land の四つの視点だ。
P|Product:商品は「新しい部屋」だけではない
リノベーションの商品を図面や設備だけで説明することはできる。壁の位置、収納の量、予算、工期。どれも欠かせない。しかし、依頼人がお金を払って手にしたいのは、その空間で過ごすこれからの日々でもある。
第6話の依頼人、飯星靖子は間取りを見ることが好きな「マドリスト」だ。彼女には、選びたい家についての希望がある。だからこそ、営業側が条件だけを整えても、心は動かない。どんな間取りなら彼女らしく暮らせるのか。間取りへの愛着を、生活の選択として受け止める必要がある。
ここでのProductは物件と工事の組み合わせであり、同時に「自分で選んだ暮らし」でもある。顧客起点とは、表面上の注文をすべて受け入れることではない。予算や施工上の制約を見据えながら、本人がまだ言葉にできていない価値を一緒に形にすることだ。
映像制作も似ている。納品物は一本の映像だが、依頼主が求めているのは採用への応募かもしれないし、自社の仕事を社員が誇れるようになることかもしれない。完成物の仕様から一歩奥へ進むと、提案の輪郭が変わる。
S|Story:希望の背後にある物語を聞く
私なら顧客との対話を、独自の「序・破・急」で捉える。
序は、傾聴すること。 何が欲しいかを聞くだけでなく、なぜ今それが必要なのか、何をためらっているのかを聞く。
破は、未来を描くこと。 商品の特徴を並べるのではなく、それによって日常がどう変わるかを、相手が想像できる形にする。
急は、決められる状態をつくること。 決断を急かす意味ではない。選択肢、費用、理由を確かめたうえで、本人が納得して一歩を踏み出せるようにする。
第6話では、小梅と玄之介の提案と、不動産会社で働く玄之介の弟・寅之介の売り方がぶつかる。物件には市場の都合があり、機会を逃すリスクを伝えること自体は営業の仕事だ。ただ、その情報が相手の判断を助けるために使われるのか、売り手の都合で決断を早めるために使われるのかで、言葉の意味は変わってしまう。
大切なのは、依頼人の過去の選択や迷いを、優柔不断という一語で片づけないことだ。なぜ決めきれなかったのか。何を守ろうとしていたのか。その物語を読み解いて初めて、提案は「買える家」から「住みたい家」へ近づく。
調査データは役に立つ。だが、アンケートの回答だけでは、帰宅後にどこへ鞄を置くか、どの部屋で長く立ち止まるかまでは分からないことがある。現場を見て、同じ導線を歩き、本人の話と行動の間にある小さなずれに気づく。そこに、次の問いが生まれる。
E|Energy:人を動かすのは、煽りよりも納得だ
私は長くダイレクトマーケティングの映像に携わってきた。「今なら」「残りわずか」「この価格は30分だけ」。こうした表現には、行動を促す役割がある。一方で、急いで買った経験が後悔につながれば、その一回の売上と引き換えに信頼を失う。
CTA(Call to Action)は、行動を促す呼びかけ全般を指す。「今すぐ買う」だけがCTAではない。「比較する」「相談する」「自分の暮らしに当てはめて考える」も次の行動になり得る。商品の価格や購入リスクが大きいほど、顧客が判断するための時間と材料は重要になる。
私がいま、ダイレクトマーケティングのクリエイティブで意識したいのは四つの要素だ。
- Why|なぜ今、その人に届けるのか。 売り手の都合ではなく、顧客にとっての問いから始める。
- Share|何を共有できるのか。 困りごとだけでなく、迷いや期待も受け止める。
- Evidence|何を根拠に信じられるのか。 性能のデータ、事例、費用や制約を、誤解のない形で示す。
- Value|暮らしにどんな変化が生まれるのか。 機能を、本人が望む日常と結びつける。
これは人を説き伏せるための順番ではない。相手が自分で判断するための材料を整える設計だ。RTB(Reason to Believe)も、売り手が「信じてください」と言うことでは生まれない。提案の根拠と、その人の生活への理解が重なったとき、顧客の側に「この人たちに任せられる」という理由ができる。
ドラマが面白いのは、その感情の変化を、台詞の説明だけに頼らず見せるところだ。小梅と玄之介のテンポ、依頼人の迷い、工務店の人々の手触り。演出とリズミカルな編集が、仕事の段取りを人間のドラマに変えている。視聴者もまた、提案を受ける側の気持ちで選択を追体験する。
L|Land:家には、その人の生活という土地がある
PSELのLandを、この作品では住所や不動産の立地だけに限らず、「暮らしが根を張る場所」として考えたい。
同じ間取りでも、暮らす人が違えば価値は違う。仕事から帰る時刻、家族との関係、一人で過ごしたい時間、積み重ねてきた記憶。家はそうした条件の上に建っている。図面上の余白が、ある人には無駄でも、別の人には自由になる。
現場の職人が必要なのも、図面を現実の空間に変えるからだけではない。実際に住み続けられるかを、素材と寸法と技術で引き受けるからだ。営業が聞いた願い、設計が描いた未来、施工が担保する現実。この連携が切れれば、顧客起点は美しい言葉で終わってしまう。
私が映像の企画で現場に行きたいと思うのも同じ理由だ。会議室で整理した情報が正しくても、そこで働く人の呼吸や、土地に蓄積した時間は、現場で初めて見えることがある。人の営みから離れた提案は、完成しても根づかない。
「急」の最後に必要なのは、急かす言葉ではない
『魔法のリノベ』を観ていると、良い営業とは何かを考えさせられる。顧客の希望を聞き、別の未来を提案し、技術で実現する。そして、決める権利を最後まで顧客の手に残す。
短期の成約は数字になる。一方、納得して選んだ経験は、その後の関係に残る。満足や紹介、次の相談につながる可能性もある。LTVを語るなら、購入後の暮らしまで含めて仕事を見なければならない。
部屋を変える物語を観ながら、私は自分の仕事を見直している。映像も記事も、完成させるだけならつくれる。けれど、誰かが自分の未来を選ぶための助けになる表現は、相手の人生に耳を澄ますところからしか生まれない。
「急」とは、顧客を急がせることではない。十分に聞き、十分に示したあとで、自分の意思で進めるようにすることなのだと思う。
作品情報:ドラマ『魔法のリノベ』(2022年放送、原作・星崎真紀、脚本・上田誠)。人物と第6話の基本設定は番組公式情報に基づく。PSELおよびマーケティングに関する解釈は筆者による。
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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