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なぜ兵庫県は「一つ」に見えないのか?——五つの国と二つの海を抱える、日本の縮図の地政学

雪を頂く山々から港湾都市と海へ広がる兵庫県の多様な地形を表現したイメージ
雪を頂く山々から港湾都市と海へ広がる兵庫県の多様な地形を表現したイメージ

兵庫県と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。

神戸の港と異人館、姫路城、明石海峡大橋、城崎温泉、丹波の黒豆、淡路島の玉ねぎ——。

どれも兵庫県を代表する風景や産物である。しかし、それらを一つの県のイメージとして結びつけようとすると、どこかまとまりにくい。

神戸と豊岡では、街の景観だけでなく、気候も文化も産業も大きく異なる。尼崎や西宮は大阪都市圏との結びつきが強く、姫路は播磨地域の独立した中心都市として存在する。淡路島は本州よりも、四国との関係が見えやすい場所でもある。

兵庫県が一つに見えにくいのは、地域の個性が弱いからではない。

むしろ反対である。

兵庫県は、歴史的にも地理的にも異なる地域を、一つの行政区域の中に抱えている。摂津、播磨、但馬、丹波、淡路という五つの旧国があり、日本海と瀬戸内海、さらに太平洋へとつながる海域を持つ。

兵庫県は、一つの中心から広がった県ではない。

異なる方向を向いていた複数の地域を、港、街道、鉄道、産業、そして行政によって束ねてきた県なのである。

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二つの海に面する「南北に長い県」

兵庫県の地政学を理解するうえで、最初に見るべきものは県境ではなく地形である。

兵庫県は、北側で日本海に面し、南側では瀬戸内海と大阪湾に接している。県土の中央部よりやや北側には中国山地が東西に走り、この山地が県内の水系、気候、交通、生活圏を南北に分けている。

南部には、武庫川、加古川、市川、揖保川などが形成した平野が広がり、人口と産業が集積してきた。一方、北部では山地の間を円山川などが流れ、その流域に細長い盆地や谷底平野が形成されている。

つまり兵庫県は、南北が同じ条件のもとで発展した県ではない。

南部は瀬戸内海の海上交通と京阪神の都市圏に接続し、北部は日本海の漁業や山陰地方との交流によって地域を形成してきた。山地は自然の壁であると同時に、それぞれの地域に異なる文化と経済圏を育てる装置でもあった。

兵庫県の公式資料でも、県土は中国山地によって南北に分かれ、瀬戸内海側、中部山岳、日本海側で気象条件が異なると説明されている。南部の温暖で比較的少雨な気候に対し、北部は冬季の季節風を受け、降雪量も多い。兵庫県「兵庫県のあらまし」

一つの県の中に、瀬戸内と山陰が同居している。

兵庫県が「日本の縮図」と呼ばれる理由は、都市、農村、山地、島、二つの海がそろっているからだけではない。日本列島が持つ南北の気候差や、太平洋側と日本海側の違いが、県内に圧縮されているからである。

兵庫県を構成する「五つの国」

現在の兵庫県は、かつての摂津、播磨、但馬、丹波、淡路という五つの地域から成り立っている。

ただし、これは単なる歴史上の区分ではない。それぞれの地域には、現在も異なる都市構造、産業、交通の方向性が残っている。

摂津——大阪湾と京阪神都市圏につながる東部

県東部の神戸・阪神地域は、旧摂津国の一部にあたる。

神戸市、尼崎市、西宮市、芦屋市などが連なるこの地域は、兵庫県でありながら、大阪との強い結びつきの中で発展してきた。鉄道網は東西方向に延び、人の流れも大阪、神戸という二つの都市を軸に形成されている。

六甲山地が海岸近くまで迫っているため、都市は山と海の間に細長く展開した。この限られた平地に、港湾、住宅、鉄道、高速道路、工場、商業地が高密度で並んでいる。

神戸の都市景観は、山と海に挟まれた地形が生んだものである。

同時に、この地形は災害時の脆弱性も生んだ。1995年の阪神・淡路大震災では、住宅だけでなく、鉄道、高速道路、港湾など、東西方向に集中していた都市基盤が大きな被害を受けた。兵庫県「阪神・淡路大震災」

交通と産業を狭い回廊に集めることは、平常時には高い効率を生む。しかし、その回廊が寸断されると、都市全体の機能が止まりやすい。

神戸・阪神地域は、都市の発展と災害リスクが同じ地形から生まれることを示している。

播磨——平野と街道が育てた西の中心

神戸から西へ進むと、県の風景は大きく変わる。

加古川、市川、夢前川、揖保川などによって形成された播磨平野が広がり、その中心に姫路が位置する。姫路は世界遺産の城下町であるだけでなく、播磨地域の行政、商業、交通、産業を担う独立性の高い都市である。

古代には山陽道が通り、近代以降は鉄道と道路が大阪、神戸、岡山、広島方面を結んだ。播磨は、近畿と中国地方の間に位置する通過地域であると同時に、人と物を蓄積する結節点でもあった。

沿岸部には、姫路港、東播磨港などを軸に工業地帯が形成されている。内陸には農地や地場産業が広がり、海岸部では鉄鋼、化学、機械などの大規模産業が展開する。

神戸が「国際港湾都市」だとすれば、播磨は「平野と工業によって支える生産地域」である。

兵庫県南部の経済は、神戸だけで成立しているのではない。大阪湾側の阪神工業地帯と、播磨灘側の播磨臨海工業地帯が東西に連なることで、巨大な産業軸を形成している。

但馬——日本海へ開かれた北の世界

県北部の但馬は、南部とは異なる海を見ている。

豊岡、香美、新温泉などの地域は日本海に面し、漁業、温泉、観光、農林業によって独自の生活圏を築いてきた。冬には雪が降り、海ではズワイガニなどの漁が行われる。

同じ兵庫県でありながら、瀬戸内海側の都市住民が日常的に見る気候や風景とは大きく異なる。

但馬にとって重要なのは、神戸との距離だけではない。鳥取県東部や京都府北部を含む山陰・北近畿との横方向のつながりである。行政上は兵庫県に属していても、地理的な生活圏は県境を越えて広がる。

地政学では、行政区域と実際の人流・物流が一致するとは限らない。

但馬は、その典型である。

南北を結ぶ道路や鉄道が整備されても、中国山地という地形的な壁は消えない。人口減少が進む時代には、県庁所在地との接続だけでなく、日本海沿岸の都市同士をどのように結ぶかという視点がさらに重要になる。

丹波——都市の外側にある内陸の回廊

丹波地域は、山々に囲まれた盆地と谷によって構成される。

丹波篠山市や丹波市は、黒大豆、栗、小豆、山の芋、丹波焼などで知られる。しかし、その価値は農産物や伝統工芸だけではない。

丹波は、大阪・神戸側と京都・山陰側の間に位置する内陸の回廊でもある。

山地によって隔てられているように見えながら、谷筋は人の移動路となり、街道や鉄道、道路が地域を外部と結んできた。現代では、大都市圏に比較的近い農村地域として、観光、移住、二地域居住、食文化などの可能性を持つ。

一方で、都市に近いことは、必ずしも人口維持を保証しない。

若年層がより大きな都市へ流出し、地域内の交通や生活サービスが縮小すれば、物理的な距離以上に都市との隔たりは大きくなる。

丹波の地政学的課題は、自然を守ることと、外部との接続を維持することを、どのように両立させるかにある。

淡路——本州と四国の間にある巨大な中継点

淡路島は、単なる兵庫県南部の島ではない。

北には明石海峡、南には鳴門海峡があり、本州と四国の間に位置する。明石海峡大橋と大鳴門橋によって、島は神戸と徳島を結ぶ陸上交通の一部になった。

橋が架かる以前、島は海上交通によって外部と結ばれていた。橋の完成後は、人や物が高速道路で島を通過できるようになった。

ここに淡路島の大きな可能性と課題がある。

交通の結節点になることと、地域に経済が残ることは同じではない。

通過する車両や観光客が増えても、島内で滞在し、商品を購入し、地域の産業に関わらなければ、島は「便利な通過点」になってしまう。一方で、農業、畜産、漁業、観光、エネルギー、食文化を交通網と結びつけることができれば、淡路島は関西と四国をつなぐ独自の経済圏を形成できる。

島でありながら、本州と四国の双方に接続する。

淡路は、兵庫県の周縁ではなく、西日本の交通を支える要所なのである。

なぜ県庁所在地は神戸なのか

現在の兵庫県の区域がほぼ確定したのは、1876年の府県統合による。

神戸開港後、外国との交渉や港周辺の管理を担うために兵庫県が置かれ、その後、飾磨県の播磨、豊岡県の但馬と丹波の一部、名東県の淡路が編入された。兵庫県「兵庫県の概要について」

つまり現在の兵庫県は、古くから一つの地域だったから生まれたのではない。

近代国家が、国際港である神戸を軸に、周辺の複数地域を一つの行政単位へ再編した結果である。

県名が「神戸県」ではなく「兵庫県」になったことにも、港の歴史が表れている。「兵庫」は、現在の神戸市兵庫区周辺にあった兵庫津に由来する。古くから瀬戸内海航路の重要港であり、海外と国内、都と西国をつなぐ場所だった。

県庁所在地としての神戸は、五つの地域の地理的中心にあるわけではない。

県域の南東部に偏っている。

それでも神戸が中心になったのは、県内各地との距離よりも、国際港として外部世界と接続する力が重視されたからだと考えられる。

兵庫県の成立には、内側を均等にまとめる論理より、外側へ開く港を中心に据える論理があった。

神戸港がつくった「外向きの兵庫」

神戸港は、兵庫県を国内の一地域から、海外と直接つながる地域へ変えた。

港の背後には六甲山地があり、前面には大阪湾と瀬戸内海が広がる。天然の港としての条件に加え、京阪神という大規模な生産・消費地を背後に持つことが、神戸港の発展を支えた。

兵庫県には、国際戦略港湾の神戸港、国際拠点港湾の姫路港、重要港湾の尼崎西宮芦屋港と東播磨港がある。さらに瀬戸内海側、日本海側、淡路島に大小の港が配置されている。兵庫県統計書「兵庫県のあらまし」

この港湾配置を見ると、兵庫県が一つの港だけに依存しているわけではないことが分かる。

神戸港は国際物流、姫路港や東播磨港は臨海工業、但馬の港は漁業や地域物流、淡路島の港は島内交通と海上交流を支えてきた。

兵庫県の海岸線は、単なる県境ではない。

地域ごとに異なる外部世界へ向けて開かれた複数の玄関口なのである。

東西の大動脈と、南北の分断

兵庫県南部には、山陽新幹線、JR山陽本線、私鉄、高速道路など、日本の東西を結ぶ主要交通網が集中している。

大阪から神戸、明石、加古川、姫路を経て岡山方面へ向かうこの回廊は、関西と中国・九州地方をつなぐ国土軸の一部である。

そのため兵庫県南部は、人や物が集まる場所であると同時に、大量の交通が通過する場所でもある。

一方、南部と北部を結ぶ交通は、中国山地を越えなければならない。播但線や播但連絡道路などが南北を結んでいるものの、地形的な制約は大きい。

ここに兵庫県の構造的な特徴がある。

東西方向には、日本全体を支える強力な交通軸がある。だが、県内を南北に一体化する軸は、それほど強くない。

県境を越える東西移動の方が、県内の南北移動よりも容易な場所もある。

兵庫県は、県内で完結する経済圏ではない。摂津は大阪へ、但馬は山陰・北近畿へ、淡路は四国へ、播磨は岡山方面へと、それぞれ異なる方向に開かれている。

五つの地域を無理に一つへ同質化するのではなく、複数の方向性を持ったまま結びつけることが、兵庫県の地政学なのである。

兵庫県の強さは「まとまっていないこと」にある

一般的に、地域政策では「県の一体感」が重視される。

しかし兵庫県の場合、すべての地域に共通する一つのイメージをつくろうとすると、かえって本来の強さが見えなくなる。

神戸の国際性、阪神間の都市文化、播磨の工業と城下町、但馬の日本海文化、丹波の農業と内陸文化、淡路の島嶼性と交通拠点性。

これらは、簡単には一つにまとめられない。

だが、そのまとまりにくさこそが、兵庫県の多様性である。

一つの産業が衰退しても、別の地域には異なる産業がある。一つの交通軸が寸断されても、海、道路、鉄道、空港という複数の接続手段がある。都市、農村、山間部、漁村、島が共存することで、異なる資源と知識を県内に持つことができる。

兵庫県は、単一の中心を持つ県ではない。

神戸、阪神、姫路、豊岡、丹波、淡路といった複数の拠点が、それぞれ外部とつながりながら成立している。

それは弱い統一ではなく、分散した強さである。

これからの兵庫県に必要な「五国をつなぐ編集」

人口減少が進むなか、すべての地域に同じ都市機能を維持することは難しくなる。

だからこそ必要なのは、神戸への一極集中をさらに強めることでも、五つの地域を同じ方向へ変えることでもない。

それぞれの地域が持つ役割を見直し、組み合わせることである。

神戸の国際発信力と但馬の自然資源、播磨の製造業と淡路の農水産業、阪神間の文化・研究機能と丹波の食や土地を結ぶ。交通網だけでなく、情報、人材、教育、観光、商品開発によって地域間をつなぐ。

兵庫県に必要なのは「統一」ではなく「編集」なのかもしれない。

異なる地域を均質化せず、それぞれの違いを残したまま、新しい関係をつくる。

兵庫県は、五つの国が一つになった県である。

しかし、地理や文化まで完全に一つになったわけではない。

二つの海、中央を横切る山地、国際港、工業地帯、農村、温泉地、島。それぞれが別の方向を向きながら、県という枠の中で共存している。

なぜ兵庫県は一つに見えないのか。

その答えは、兵庫県が一つの土地ではなく、複数の土地をつなぐ仕組みとして成立しているからである。

まとまっていないのではない。

異なる世界を、一つの県内に抱えているのである。

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