山あいの谷が、土で埋められる。
斜面は整えられ、表面には草木が植えられる。数年がたてば、そこがトンネル工事によって生まれた発生土の置き場だったことを、風景から読み取るのは難しくなる。
地上から見れば、工事は終わっている。
だが、その盛土の内部に、自然由来のヒ素やセレン、ふっ素などを含む土が封じ込められているとしたら、問題も終わったと言えるのだろうか。
前編では、地中で安定していた重金属等が、掘削によって空気や水に触れ、移動できる状態へ変わる可能性を考えた。
では、その土を遮水シートや覆土の内側に収めれば、責任はそこで完了するのか。
今回の問いは、
封じ込めた土を、誰が、いつまで見守るのか。
である。
「除去」と「管理」は、同じではない
土壌中の有害物質への対策というと、汚染された土を掘り出し、どこかへ運んで処分する方法を思い浮かべやすい。
しかし、自然由来重金属等は、広い地層の中に存在していることがある。すべてを掘削して除去することは、技術的にも経済的にも現実的でない場合がある。それどころか、土を掘り返し、長距離輸送することで、飛散や流出、二酸化炭素排出、別の土地への負担移転を生む可能性もある。
そこで選択肢となるのが、土をその場所、あるいは管理可能な受入地に置き、重金属等が人や地下水へ到達する経路を遮断する方法である。
環境省の土壌汚染対策法ガイドラインには、基準不適合土壌を構造物の中に収め、地下水の浸入や有害物質の拡散を防ぐ「遮水工封じ込め」などが示されている。
これは、有害物質そのものを消す方法ではない。
土の中に残したまま、水や人との接点を切る方法である。
言い換えれば、問題を「除去」するのではなく、将来へ「管理」する選択だ。
封じ込めは、一枚のシートではない
自然由来重金属等を含む土を封じ込める対策は、単純に上からシートをかぶせるだけではない。
現場の条件によって構造は異なるが、一般に重要になるのは、次のような複数の仕組みである。
- 雨水を内部へ入れにくくする覆土や表面遮水
- 土から出る浸出水を地中へ逃がさない底部の遮水
- 水を集め、安全を確認して排出する集排水設備
- 地下水の上流側と下流側を比較する観測井
- 盛土の崩壊や浸食を防ぐ法面、擁壁、排水路
- 異常時に水を処理し、補修するための設備と手順
重金属等を含む土と水を接触させない。接触した水は集める。外へ出す前に濃度を測る。周辺の地下水に変化がないか確認する。
一つの構造だけに安全を委ねず、複数の防護を重ねる考え方である。
ただし、どれほど慎重に設計しても、構造物は完成した瞬間の状態を永遠に保つわけではない。
覆土は雨で削られる。排水路には土砂や落ち葉がたまる。樹木の根が伸びる。地震や豪雨で地形に力が加わる。土地利用が変われば、重機が入り、地面が掘り返される可能性もある。
封じ込めとは、動かない箱をつくることではない。
変化し続ける土地の中で、必要な機能を保ち続けることである。
二年間のモニタリングは、何を証明するのか
自然由来重金属等を含むトンネル掘削土の盛土では、施工前、施工中、施工後に地下水や排水のモニタリングが行われる。
国土交通省北海道開発局が紹介した道路事業の事例では、施工前は年4回、施工中は月1回、施工後は年4回を基本として、ヒ素・セレン、pH、地下水位などを測定している。施工後のモニタリング期間は2年間を基本とし、必要に応じて延長された。
同事例では、施工後2年以上にわたって異常が確認されなかった場所から、モニタリングを順次終了している。施工から11年後に吸着層の機能を調査し、効果が保たれていたことも報告された。
これは、適切な設計と施工によってリスクを管理できることを示す重要な成果である。
しかし、ここで区別しなければならないことがある。
二年間の水質測定で確認できるのは、主として、施工した対策が想定どおり機能し、短期的な異常が起きていないかということだ。
二年が過ぎたから、土の中からヒ素がなくなるわけではない。
測定を終了できることと、盛土を無条件に扱えることは同じではない。
国土交通省の2023年版対応マニュアルは、施工後について、覆土等の維持、必要に応じた対策工の維持管理、そして盛土の材料や施工に関する情報の継承を求めている。形質を変更したり、再び土を搬出したりする場合には、自然由来重金属等を含む土として改めて評価・管理する必要がある。
水質モニタリングに区切りがあっても、土地の履歴まで消えるわけではない。
「見えなくなったこと」が、新しいリスクになる
完成直後の発生土置き場では、関係者がその内部構造を理解している。
どの区画に、どの土が、どの深さまで入っているのか。どの物質が基準を超えたのか。遮水シートはどこに敷かれ、排水管はどこを通っているのか。異常時には、どの地点の水を調べるのか。
設計者、施工者、発注者、自治体、地権者の間に、情報が共有されている。
しかし、10年、20年と時間がたてば、人は入れ替わる。担当部署が再編され、施工会社の担当者は退職する。土地の所有者や管理者が変わることもある。
表面が緑化され、周囲の風景になじむほど、その場所が管理を必要とする土地であることは見えにくくなる。
その後、新しい道路や建物をつくるために地面が掘られたらどうなるか。排水設備の位置を知らずに造成が行われたらどうなるか。盛土内部の土が、通常の建設発生土として再び運び出されたらどうなるか。
長期管理で最も壊れやすいのは、遮水シートだけではない。
土地に何が埋められ、どのように管理されてきたかという記憶である。
図面を保存するだけでは、情報は継承されない
情報の継承というと、完成図面や測定結果を保管することだと考えがちだ。
もちろん、記録は必要である。しかし、書類がどこかに残っているだけでは、将来の管理者がその存在を知らなければ意味を持たない。
必要なのは、少なくとも次の情報が、土地と結びついた形で引き継がれることである。
- 受け入れた土の量、由来、土質区分
- 確認された重金属等の種類と濃度
- 盛土内部の配置と深さ
- 遮水、覆土、吸着層、排水設備の構造と位置
- 施工中・施工後のモニタリング結果
- 点検が必要な場所と頻度
- 異常値や設備損傷が確認された場合の対応手順
- 土地の掘削、造成、売買時に伝えるべき条件
紙の図面、担当者の記憶、単年度の報告書だけに依存すれば、世代交代のたびに情報は薄くなる。
地理情報と結びついたデータ、自治体や事業者が継続して参照できる台帳、所有者・管理者の変更時に確実に渡される文書、地域住民が確認できる公開情報など、複数の経路が必要になる。
土を封じ込める技術と同じくらい、記憶を封じ込めない仕組みが重要だ。
気候は、完成時の前提にとどまらない
盛土や排水設備は、想定される降雨や地震に基づいて設計される。
だが、長期管理では、完成時の設計条件が将来も十分かを問い続けなければならない。
近年は、短時間の強い雨や線状降水帯による豪雨が各地で発生している。集中豪雨によって排水能力を超える水が流れれば、法面の侵食、排水路の閉塞、盛土内部への浸水などが起こり得る。地震による変形や、倒木、獣害、人為的な掘削も、遮水や排水の機能へ影響する可能性がある。
リニア中央新幹線静岡工区に関する国土交通省の報告書では、発生土置き場について工事完了後も盛土や排水設備を定期的に点検し、排水の水質を下流地点で将来にわたって継続して測定する方針が示されている。要対策土置き場では、二重遮水シートによる封じ込めや、浸透水の集水・処理、観測井による地下水測定も計画されている。
これは、完成時の安全性だけでなく、工事後に土地が変化することを前提とした管理である。
長期管理に必要なのは、「設計どおりに完成した」という確認だけではない。
豪雨、地震、設備の劣化、周辺環境の変化を受けて、必要なら点検方法や対策を更新する「順応的管理」である。
誰が管理費用を負担するのか
長期管理には、人と費用が必要になる。
排水路の清掃、法面や覆土の補修、観測井からの採水、水質分析、データの保存、住民への説明。異常が見つかれば、原因調査や追加工事も必要になる。
事業の建設予算が終わった後、それらの費用を誰が確保するのか。
公共事業であれば、事業者や施設管理者が維持管理を担う場合がある。民有地へ土を受け入れる場合には、事業者、土地所有者、受入者、自治体などの役割を契約や計画で定める必要がある。土壌汚染対策法の対象となる土地では、土地所有者等や汚染原因者への措置の仕組みがあるが、岩石が対象外となる場合や、法ではなくマニュアル、条例、事業ごとの合意に基づいて管理される場合もある。
つまり、すべての発生土置き場を一つの法律、一つの責任主体だけで説明することはできない。
だからこそ、土を置く前に決めておく必要がある。
- 完成後の管理主体
- 点検・測定を続ける条件
- 終了できる管理と、継続すべき管理
- 土地所有者や事業者が変わる場合の承継方法
- 異常時の連絡先と費用負担
- 将来の補修に備える資金
建設費の中に、施工後の責任を組み込む。
それがなければ、現在の便利さをつくるための管理負担を、事情を知らない将来の所有者や住民へ渡すことになる。
モニタリングは、数字を集めることではない
水質モニタリングの目的は、基準値を超えなかったという報告書をつくることではない。
異常の兆候を早く見つけ、対策を修正するためにある。
そのためには、工事前の地下水や河川の状態を測り、もともとの地域差を把握しておく必要がある。自然由来重金属等は、工事前から地下水で検出される場合もある。下流側だけを測っても、その値が発生土置き場によるものか、自然の地質によるものか判断できないことがある。
上流側と下流側を比較する。季節変動を見る。降雨量、pH、電気伝導率、地下水位なども併せて記録する。異常値が出たときには、再測定するだけでなく、覆土、排水、遮水、周辺工事の状況を確認する。
さらに、結果を住民や自治体が理解できる形で公開することも重要である。
「問題ありません」という結論だけでなく、どこで、何を、どの頻度で測り、どの値を超えたら、誰が何をするのかを示す。
管理への信頼は、異常が一度も起きないという約束からではなく、異常を発見し、対応できる仕組みが見えることから生まれる。
工事の終了は、管理の始まりである
トンネルが開通すれば、人や物の移動時間は短くなる。
その一方で、掘り出された土は、発生土置き場の中に残り続ける。
地上のインフラは毎日利用されるため、点検や更新の必要性が見えやすい。だが、地中や盛土の内部にある対策工は、人の目に触れにくい。利用者から見えないまま、長い時間にわたって機能することを求められる。
自然由来重金属等の問題は、対策技術がないから解決できない問題ではない。
遮水、覆土、吸着、排水処理、モニタリングなど、リスクを抑える技術は蓄積されている。
難しいのは、その技術を、土地の所有、行政の制度、事業者の存続、人の世代交代を越えて機能させ続けることだ。
土を封じ込めるだけでは、責任は封じ込められない。
都市の利便性をつくる工事が、未来の土地に管理を残すのなら、その管理までを開発の一部として設計しなければならない。
工事の完成は、土の問題の終わりではない。
見えなくなった土と向き合う、長い責任の始まりなのである。
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