洗濯機の中で、衣服が水とともに回っている。
汚れが落ち、洗剤の香りが残り、清潔になった服が再び暮らしへ戻ってくる。
その一方で、目には見えないほど細かな繊維が、生地から少しずつ抜け落ちている。
排水とともに洗濯機を出た繊維は、下水処理場へ向かう。多くは処理の過程で取り除かれるが、すべてを捕まえられるわけではない。一部は川へ流れ、やがて海へたどり着く可能性がある。
ポリエステル、ナイロン、アクリル。
軽く、乾きやすく、丈夫で、価格も抑えられる合成繊維は、私たちの衣生活を大きく支えてきた。
しかし、それらは同時にプラスチックでもある。
海洋プラスチックは、捨てられたペットボトルやレジ袋だけではない。
大切に着ている服からも、洗うたびに小さなプラスチックが流れ出している。
マイクロファイバーとは何か
「マイクロファイバー」とは、衣服や布製品から抜け落ちる微細な繊維を指す。
綿や麻、ウールなどの天然繊維からも繊維くずは発生するため、すべてのマイクロファイバーがプラスチックというわけではない。
しかし、ポリエステルやナイロン、アクリル、ポリウレタンなどの合成繊維から出るものは、微細なプラスチック粒子である。一般に5ミリ未満のプラスチックは、マイクロプラスチックに分類される。
フリース、スポーツウェア、速乾性のシャツ、ストレッチ素材のパンツ、防寒着、毛布、カーペット。
現代の暮らしは、合成繊維なしでは成り立たないほど、その利便性に支えられている。
環境省も、合成繊維を「ファッションを楽しみ、増え続ける世界の繊維需要を支える有用な素材」と位置づけている。
問題は、合成繊維を使っていること自体ではない。
その繊維が、製造、着用、洗濯、乾燥、廃棄という衣服の一生を通じて、どこへ流れていくのかが十分に管理されていないことである。環境省「衣料品から出るマイクロプラスチックの流出防止」
服は、洗濯機の中で少しずつ削られている
衣服は、洗濯機の中で水に濡れ、回転し、ほかの衣類や洗濯槽と擦れ合う。
その摩擦や水流によって、生地の表面から細かな繊維が離れていく。
どれだけの繊維が出るかは、素材だけで決まるわけではない。
繊維の長さや強度、糸のつくり方、生地の織り方、起毛の有無、縫製方法、衣服の古さ、洗濯機の種類、洗濯時間、温度、洗剤、乾燥方法など、さまざまな条件によって変化する。
特に、表面が起毛したフリースやマイクロフリースは、繊維が抜け落ちやすいとされている。一方、同じポリエステルでも、糸や生地が緻密で耐摩耗性の高い製品は、放出量を抑えられる可能性がある。
つまり、「ポリエステルだから悪い」「天然素材なら安全」と単純には分けられない。
重要なのは、何の素材を使ったかだけではなく、どのようにつくり、どれほど長く使え、洗濯や着用に対してどれだけ繊維が抜けにくいかである。
OECDも、マイクロファイバーの発生量は、繊維の組成に加え、糸や生地の構造、製造工程、洗濯・乾燥方法に左右されると整理している。OECD「Policies to Reduce Microplastics Pollution in Water」
日本から海へ、年間約350トンという暫定推計
環境省が公表した「令和6年度検討結果 日本の海洋プラスチックごみ流出量の推計」では、洗濯によって発生する繊維の海洋流出量を、年間約350トンと暫定的に推計している。
洗濯1回当たりの衣類重量、繊維の種類、繊維くずの発生量、世帯数、年間の洗濯回数、洗濯機のフィルターによる捕集率などを組み合わせた数字である。
ただし、環境省自身が「確定値ではない」と明記している。
推計に用いられた海洋流出率は繊維に特化したものではなく、洗濯機や下水処理、衣類の種類による違いにも、まだ十分なデータがない。
年間350トンという数字だけを、確定した事実として受け取るべきではない。
それでも、この推計が示していることは大きい。
洗濯排水という、これまで生活排水の一部としてしか見られてこなかった場所から、無視できない量の微細な繊維が流れ出ている可能性があるということだ。環境省「日本の海洋プラスチックごみ流出量の推計」
下水処理場があっても、問題は消えない
「洗濯排水は下水処理場へ行くのだから、そこで取り除かれるのではないか」
確かに、下水処理場は多くの繊維やプラスチック粒子を捕捉している。
沈殿やろ過などの処理によって、排水中の粒子の大部分を水から分離できる施設もある。
しかし、大部分を除去できることと、環境へ流出しないことは同じではない。
処理する水の量が膨大であれば、わずかな割合でも、河川や海へ出ていく総量は大きくなる。細く短い繊維ほど、処理をすり抜けやすくなる可能性もある。
さらに、取り除かれたマイクロファイバーは消滅するのではなく、下水汚泥の側へ移る。
その汚泥が肥料や土壌改良材などとして利用されれば、繊維は今度は陸地へ移動する可能性がある。風で舞い上がるものや、雨によって再び河川へ流れ込むものも考えられる。
OECDは、衣類由来の繊維が海や河川だけでなく、下水汚泥が利用された土壌や空気中からも確認されていると報告している。
問題は、洗濯機から海へ一直線に流れるという単純な構図ではない。
水、汚泥、土、空気の間を移動しながら、環境中に残り続ける可能性がある。
日本の洗濯機にも、捕まえられない繊維がある
日本の洗濯機には、糸くずフィルターや排水フィルター、乾燥フィルターが付いている。
これらは、繊維の流出を抑える役割を持っている。
しかし、すべての大きさの繊維を回収できるわけではない。
環境省が整理した国内研究では、縦型洗濯機に付属する糸くずフィルターは、長さ3ミリ以上の繊維を7割程度回収した一方、3ミリ未満の繊維はほとんど回収できなかった。
ドラム式洗濯機は、縦型より繊維の発生量が少なかったものの、付属フィルターの目が大きく、細かな繊維の回収効果は限定的だった。環境省「環境中流出プラスチックに関する既往研究と今後の重点課題」
洗濯機にフィルターがあるから安心なのではない。
どの大きさの繊維を、どの程度捕集できるのか。たまった繊維を、利用者が無理なく回収し、ごみとして処分できるのか。
フィルターの性能だけでなく、掃除のしやすさや処分方法まで含めた設計が必要になる。
排水口から出さない仕組みを、家電の標準機能として考える段階に来ている。
洗濯だけが発生源ではない
マイクロファイバーは、洗濯するときだけ出るわけではない。
衣服を着て歩く。椅子に座る。上着を脱ぐ。布団を動かす。乾燥機を使う。
日常の摩擦や空気の流れによっても、繊維は衣服や布製品から離れていく。
OECDは、衣類由来の繊維が製造、着用、洗濯、乾燥、廃棄まで、ライフサイクルの各段階で放出される可能性を指摘している。
工場で生地を裁断するときにも、繊維は発生する。衣服が廃棄され、屋外で劣化すれば、そこからも微細な繊維が出る。
洗濯機に高性能なフィルターを付けることは重要だが、それだけですべてを止めることはできない。
衣服をつくる前から、繊維が抜けにくい素材と構造を選ぶ。
製造工場で発生する繊維を回収する。
長く着られる品質を確保する。
回収された衣服を適切に再利用、再資源化する。
対策は、家庭の洗濯機よりも上流から始めなければならない。
海の生き物と人への影響は、どこまで分かっているのか
環境中へ流出した合成繊維は、簡単には分解されない。
細長い形状を持つため、水中を漂い、海底へ沈み、生物に取り込まれる可能性がある。
研究では、マイクロファイバーを摂取した水生生物への物理的な影響や、繊維に含まれる添加剤、染料、表面に付着した化学物質の影響が検討されている。
一方で、素材、長さ、太さ、濃度、実験条件によって結果が異なり、自然環境における長期的な影響には、まだ分からない部分が多い。
人への影響についても、断定できる段階ではない。
私たちは水や食べ物、空気を通じて微細なプラスチックにさらされている可能性がある。しかし、実際の環境濃度で、どの程度の健康影響が起きるのかについては、研究上の不確実性が残されている。
WHOも、食物、水、空気を通じたマイクロプラスチックへの曝露を評価する一方、健康リスクを判断するためのデータには大きな不足があるとして、さらなる研究の必要性を示している。WHO「Dietary and inhalation exposure to nano- and microplastic particles」
分からないから、問題が存在しないわけではない。
反対に、危険性が完全に証明されていない段階で、恐怖だけを広げるべきでもない。
環境中へ長く残る物質である以上、影響が明らかになるまで流し続けるのではなく、発生源で減らしていく予防的な考え方が必要である。
フランスでは、洗濯機にフィルターを求める法律も
衣類のマイクロファイバーを、消費者の心がけだけで解決することは難しい。
そこで、製品や家電の仕組みそのものを変えようとする動きも始まっている。
フランスでは、洗濯によるプラスチック製マイクロファイバーの拡散を減らすため、2025年1月から新しい家庭用・業務用洗濯機に、フィルターまたは同等の内外部対策を備えることを法律に明記した。フランス政府「循環経済法・第79条」
これは、繊維くずを「家庭から出る仕方のない排水」として扱うのではなく、家電メーカー、アパレル企業、行政にも責任を広げる考え方である。
ただし、フィルターを付ければ終わりではない。
捕集性能をどのように測るのか。どの大きさの繊維まで対象とするのか。フィルターにたまった繊維を誰が処分するのか。目詰まりや消費電力への影響をどう抑えるのか。
制度、技術、利用者の行動をつなげなければ、実際の削減には結びつかない。
「天然素材へ替える」だけでは解決しない
合成繊維がプラスチックなら、すべて天然繊維へ替えればよいようにも思える。
しかし、天然繊維にも環境負荷がある。
綿花の栽培には土地や水が必要になり、栽培方法によっては農薬や肥料も使われる。ウールには畜産による土地利用や温室効果ガスの問題があり、レーヨンなどの再生セルロース繊維には森林資源や化学処理の課題がある。
さらに、天然由来の繊維でも、染料や樹脂加工などが施されていれば、環境中でどのように分解され、どのような影響を与えるのかを考える必要がある。
素材を一つ置き換えるだけで、すべての負荷が消えるわけではない。
速乾性や保温性、耐久性が必要な場面では、合成繊維が有効なことも多い。
問うべきなのは「合成か天然か」という二択ではなく、必要な機能を保ちながら、製造から廃棄までの総合的な負荷をどう小さくするかである。
衣服をつくる側にできること
最も効果の大きい対策は、繊維が抜け落ちてから捕まえることではなく、最初から抜けにくい衣服をつくることである。
アパレル企業や素材メーカーには、繊維の脱落量を測定し、商品設計へ反映することが求められる。
糸の強度を高める。生地構造を工夫する。過度な起毛を見直す。裁断面や縫い目からの放出を減らす。製造段階で残った繊維を出荷前に回収する。
そして、数回の洗濯で傷む服ではなく、長く使い続けられる品質をつくる。
価格や見た目、機能性に加えて、「どれだけ繊維が抜けにくいか」を衣服の新しい品質基準にすることも考えられる。
消費者には、店頭で衣服を見ただけでは、その商品がどれほど繊維を放出するか分からない。
測定方法と表示の仕組みを整え、選べる情報として伝える責任は、企業と行政の側にある。
私たちの洗濯でできること
家庭でできる対策もある。
環境省は、洗濯表示に従うこと、洗濯ネットを使用すること、洗濯機のフィルターをこまめに掃除することを勧めている。
特に、網目が細かい洗濯ネットは、生地同士の摩擦を抑えるとともに、繊維の流出防止にもつながる。
フィルターにたまった繊維くずは、排水口へ流さず、ごみ箱へ捨てる。
必要以上に高い温度や長い洗濯時間を避け、衣類を詰め込みすぎず、少量を頻繁に洗いすぎない。衣服の状態と衛生面を考えながら、必要なときに適切な方法で洗う。
これらは、衣服の傷みを抑え、長持ちさせることにもつながる。
ただし、消費者だけに細かな努力を求めてはいけない。
どれほど丁寧に洗っても、繊維が抜けやすい服しか売られていなければ、流出を止めることは難しい。
家庭での工夫は、企業の製品設計、洗濯機の性能、下水処理、制度整備と組み合わされて初めて、大きな効果を持つ。
服を着る豊かさを、海への負担にしないために
衣服は、体を守るためだけのものではない。
季節を感じ、自分らしさを表し、仕事やスポーツを支え、人と会う気持ちを整えてくれる。
ファッションは、文化であり、産業であり、日々の小さな喜びでもある。
だから、この問題を「服を買う人が悪い」「洗濯する人が悪い」という話にしてはいけない。
問われているのは、衣服を楽しむことではない。
服がつくられ、着られ、洗われ、最後に手放されるまで、その途中でこぼれ落ちるものを社会がどこまで引き受けられるかである。
ペットボトルなら、拾うことができる。
レジ袋なら、海岸で見つけられる。
しかし、服から抜け落ちた一本の繊維は、ほとんど見えない。
見えないからこそ、流れ出す前に減らす必要がある。
清潔になった服の向こう側で、何が水へ流れているのか。
洗濯機から海までの見えない水路を想像することは、ファッションを諦めるためではない。
好きな服を、より長く、より安心して着続けられる社会へ変えていくためである。

