ユニクロとZARAから考える、ファッションのマーケティング
朝、クローゼットを開ける。
シャツはある。パンツもある。去年買ったニットも、まだ着られる。
それなのに、出かける前に思う。
「今日、着ていきたい服がない。」
足りないのは、服の枚数なのだろうか。
人前に出る自信かもしれない。変わった季節に合う着心地かもしれない。昨日までの自分から、少しだけ変わりたい気持ちかもしれない。
服の市場を理解するには、生地や価格を比べるだけでは足りない。人が、どんなときに新しい一着を必要と感じるのか。 そこまで考える必要がある。
日本のユニクロと、スペインで生まれたZARA。
両社の歴史と具体的な取り組みをたどりながら、「服があるのに、服を買う」という行動を読み解いてみたい。
1.クローゼットの中に、競合がいる
服を販売する企業にとって、競合は別のブランドだけではない。
顧客がすでに持っている服も、新しい一着の購入を見送る理由になる。
環境省の2025年版白書では、1年間に一度も着られていない服が、1人当たり35着あると紹介されている。もちろん、誰の手元にも同じ枚数があるわけではない。それでも、服の保有と活用の間に隔たりがあることを考えさせる数字だ。env.go.jp
まだ着られる服があっても、新しい服を買う。
その理由を、「必要だから」と「欲しいから」に分けるだけでは、十分に理解できない。
例えば、次のような違いがある。
| 新しい服を検討する場面 | 顧客が求めている価値 |
|---|---|
| 朝晩が冷え込むようになった | 暖かさ、動きやすさ、重ね着のしやすさ |
| 転職して職場の雰囲気が変わった | 新しい環境になじむ安心感 |
| 友人との食事や旅行を控えている | その場を楽しめる装い |
| 手持ちの服が、何となく古く見える | 今の気分に合うシルエットや色 |
| 気に入った服が傷んできた | 同じ使いやすさを取り戻すこと |
同じシャツでも、購入を後押しする理由は異なる。
マーケティングの出発点は、「どんな服を売るか」とともに、「顧客のどんな場面に、その服が登場するか」を考えることにある。
2.広島とア・コルーニャから、世界へ
ユニクロの第1号店は、1984年に広島市で開業した。1998年には原宿へ出店し、1,900円のフリースが話題になった。FAST RETAILING CO., LTD.
このフリースの歴史には、商品の市場を考えるうえで面白い点がある。
ユニクロの公式説明によると、フリースは、それまでアウトドアやスポーツなどの場面で使われていたものを、誰もが気軽に着られる日常着へ広げていった商品だった。UNIQLO ユニクロ
つまり、価格を下げただけでなく、着る人と着る場面を広げたのである。
山へ行くための服が、買い物や散歩にも使える服になる。商品の用途を捉え直すことで、新しい需要が生まれる。
一方、ZARAの第1号店が開業したのは1975年。場所は、スペイン北西部のア・コルーニャだった。zara.com
そのZARAを擁するインディテックスは、顧客の好みに合わせて商品や販売体験を調整する機動力を、自社の事業モデルの特徴として説明している。Letter from our CEO
ここから見えてくるのは、二つの視点だ。
日常の中にある広い需要を見つけ、商品を磨き続けること。そして、動いている顧客の関心を捉え、提案を変えていくこと。
両社はどちらにも取り組んでいるが、比較するときには、この二つの視点が手掛かりになる。
3.「定番のユニクロ、流行のZARA」だけでは説明できない
ユニクロは機能、ZARAは流行。
そう整理すると分かりやすい。しかし、それだけでは現在の競争を捉えきれない。
ファーストリテイリングは2026年8月期の決算で、国内ユニクロの販売をけん引した商品として、UVカットなどの機能性商品に加え、バレルパンツなど流行のシルエットを反映した商品も挙げている。FAST RETAILING CO., LTD.
日常着であっても、「去年と同じでよい」とは限らない。
着心地は変えたくない。でも、形は少し変えたい。その気持ちにも応える必要がある。
事業の規模を確認しておこう。
| 企業グループ | 対象期間 | 売上収益・売上高 | 前年比 |
|---|---|---|---|
| ファーストリテイリング | 2026年8月期 | 3兆9,633億円 | 16.6%増 |
| インディテックス | 2025年度(2026年1月期) | 399億ユーロ | 3.2%増 |
出典は両社の公式発表。ともに複数ブランドを含む連結数値であり、ユニクロとZARA単体の売上比較ではない。通貨や決算期間も異なる。FAST RETAILING CO., LTD.
この数字から、特定の広告や商品だけを成長の理由にすることはできない。
ただし、両社の活動を理解するには、広告表現とともに、商品開発、生産、物流、店舗、オンラインまで見る必要があることが分かる。
顧客の「欲しい」を捉えても、欲しいサイズがなければ買えない。気に入っても、自分にどう似合うか分からなければ、検討は止まる。
その間をつなぐ仕組みに、マーケティングの具体像がある。
4.ユニクロ——機能を伝え、着る場面を想像できるようにする
ユニクロは、顧客の声を商品開発や改善に取り入れ、企画、生産、物流、販売を一貫して管理していると説明する。生産の多くは取引先工場に委託しており、すべてを自社工場でつくっているという意味ではない。FAST RETAILING CO., LTD.
その仕組みの中で、機能性や着心地を磨き、顧客に伝える。
例えば、ヒートテックのような商品は、「寒くなってきた」という生活の変化と購入理由がつながりやすい。ユニクロはコア商品の季節別キャンペーンを行い、テレビやウェブ、アプリなどで機能を伝え、期間限定価格による集客も図っている。FAST RETAILING CO., LTD.
ここには、商品の価値と、検討する時期と、試しやすい価格を合わせるという考え方がある。
しかし、暖かさや素材の説明だけで、すべての迷いがなくなるわけではない。
「自分が着ると、どう見えるのか。」
その問いに関わるのが、ユニクロとジーユーが共同で企画・開発した着こなし発見アプリ「StyleHint」だ。画像検索やコーディネートを通じて、着こなしのアイデアを探せる。ユニクロお客様窓口
パンツを単体で見るのと、手持ちの服に近いシャツとの組み合わせを見るのとでは、判断のしやすさが違う。
本稿では、こうした着こなし提案を、商品の説明を「自分の生活で使えるイメージ」へ変える働きとして捉えたい。
「ストレッチ性があります」と伝える。さらに、通勤にも休日にも着られる姿を見せる。
機能と情緒は、この段階でつながる。使いやすいことが分かり、その服を着て過ごす自分を想像できるようになるのである。
5.ZARA——欲しくなる表現と、買える体験をつなぐ
ZARAの取り組みで注目したいのは、ファッションへの期待を高める表現と、購入時の不便を減らす仕組みの組み合わせだ。
2025年の50周年には、スティーブン・マイゼルが手掛ける映像「The Film」に世界のトップモデル50人が参加し、特別なコレクションも展開された。Our drivers
これは記念の発信であると同時に、ZARAがファッションや創造性とどう関わるブランドなのかを示す機会とも読み解ける。
服の素材や寸法を説明する情報とは、役割が違う。
その世界に触れたい。その装いを、自分の日常にも取り入れてみたい。そうした関心を生む表現である。
一方、実際の買い物には、もっと具体的な困り事がある。
気になった服が、店内のどこにあるか分からない。オンラインで見た商品を、店舗で探すのに時間がかかる。
ZARAのメキシコ向け公式案内では、アプリの「Store Mode」に、選択した店舗の商品を注文する機能や、売り場の位置を地図で確認する「CLICK AND FIND」が紹介されている。提供機能や利用条件は市場によって異なる。ZARA Mexico
映像によって関心が生まれても、購入までに面倒が重なれば、その気持ちは途切れうる。
だからこそ、ブランドの表現と、在庫や売り場を探す体験を一緒に考える必要がある。
欲しくなる理由をつくることと、その気持ちのまま検討できるようにすること。 両方が、顧客との接点を支える。
なお、これらの施策の存在だけで、個別の売上効果まで証明できるわけではない。ここで学べるのは、施策が顧客のどんな行動や迷いに対応しているかという構造だ。
6.長く着てほしい。それでも、新しい服を売るのか
両社を比較すると、もう一つの問いに行き着く。
服を長く着ることを支えながら、事業を成長させることは、どう両立するのだろう。
ユニクロの「RE.UNIQLO STUDIO」は、ユニクロ商品を対象に修理やリメイクを提供する。2026年8月末時点で、22の国と地域、75店舗に広がっていると発表された。UNIQLO ユニクロ
ZARAも、米国向け「Zara Pre-Owned」で、修理、中古商品の売買、寄付のサービスを案内している。こちらも、すべての国で同じサービスが利用できるわけではない。ZARA United States
ここでは、購入した後にもブランドとの関係が続く。
傷んだら直す。着なくなったら、次の人へ渡す。その接点は、顧客が企業を信頼する機会にもなりうる。
ただし、修理や回収の仕組みがあることだけで、事業全体の環境負荷が減ったとは判断できない。
何着が修理され、どれだけ長く使われたのか。新品の購入を置き換えたのか。生産や廃棄を含めた負荷はどう変化したのか。
活動の紹介から、結果の検証へ進む必要がある。
顧客に新しい服を提案する力と、すでに売った服を大切にする姿勢。その両方を問われることが、これからのアパレル企業の課題になる。
7.これからの競争は、「その服を着る理由」まで届くか
ユニクロとZARAから、何を学べるだろう。
第一に、購入理由は商品の中だけにあるわけではない。
暖かさやシルエットに加え、転職、旅行、季節の変化など、顧客の生活の中に購入のきっかけがある。
第二に、魅力が伝わっても、買えるとは限らない。
着こなしのイメージ、サイズ、在庫、売り場の探しやすさ。検討中の迷いを減らすことも、売るための重要な仕事だ。
第三に、購入後の時間も、ブランドの価値をつくる。
何度も着たくなる。直して使える。手放すときにも困らない。その体験は、次に服を選ぶときの判断に関わってくる。
今後の市場を見るうえでは、新しい服を売る数量や売上とともに、購入後にどれだけ活用され、顧客から信頼されるかも見ていきたい。
「服は足りている。それでも、なぜ買うのか。」
その答えを探すことは、人の暮らしに何を加えられるかを考えることでもある。
買った瞬間の高揚が、翌朝も、その次の季節も続くのか。
企業が届けた価値は、クローゼットを開けたときに、もう一度確かめられる。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
服には、着た日の記憶が残る。
初めての仕事へ向かったシャツ。旅先で羽織ったジャケット。何度も洗い、少し色の薄くなったTシャツ。
値札は外れても、その一着の価値は変わり続ける。
朝、迷わず手に取れること。少し背筋が伸びること。着慣れた服に、安心すること。
企業の資料にある「顧客価値」は、日々の暮らしでは、こうした小さな感覚として現れる。
新しい服を買って、今日が少し楽しみになる。その喜びを大切にしながら、買った服と長く付き合えるようにする。
ファッションの未来には、その二つをつなぐ工夫が必要なのだと思う。
参考資料
- 環境省「令和7年版 環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書/ライフスタイルの転換」
- ファーストリテイリング「沿革:1949年–2003年」
- ファーストリテイリング「ユニクロのビジネスモデル」
- ファーストリテイリング「2026年8月期 決算サマリー」
- ユニクロ「StyleHintについて」
- Inditex Annual Report 2025「Letter from our CEO」
- Inditex Annual Report 2025「Our drivers」
- ZARA「Store Mode In The App」メキシコ向け案内
- ユニクロ「RE.UNIQLO STUDIO/リペアウィーク」2026年10月発表
- ZARA「Zara Pre-Owned」米国向け案内
※2026年10月29日時点で確認した公開資料を使用。企業の公式説明と、そこから導いた本稿の解釈を区別して構成しています。
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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