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広島県|海の豊かさは、浅瀬で育つ。

瀬戸内海の島々と浅瀬に広がるアマモを描いた水彩画風イラスト。「魚になる前の時間を、この浅瀬が守っている。」の文字。
瀬戸内海の島々と浅瀬に広がるアマモを描いた水彩画風イラスト
Contents

瀬戸内海のアマモ場と、魚たちの居場所を取り戻す営み

島と島のあいだを、船が進んでいく。
穏やかな海面に光がほどけ、岸辺には小さな波が寄せている。

広島の海を思うとき、私たちは、島々の輪郭や行き交う船を思い浮かべる。
けれど、その景色のすぐ下にも、海の豊かさを支える風景がある。

浅い海底に根を張り、潮の動きに合わせて揺れるアマモ。
その葉のあいだは、小さな生きものが身を隠し、育つ場所になる。

魚が食卓に届くよりも、ずっと前の時間。
アマモ場には、その命の始まりを支える役割がある。

瀬戸内海で失われてきたこの「海の草原」を、どう守り、取り戻すのか。
広島県の沿岸では、漁業者や行政、地域の人々による取り組みが続いている。

1.海の中にも、花を咲かせる草がある

アマモは、ワカメやコンブのような海藻とは異なる、海草の仲間だ。
海中で花を咲かせ、種子をつくる植物である。[1]

海底で海草や海藻がまとまって生育する場所を「藻場」と呼ぶ。アマモ場は、その一つだ。

葉が茂る場所には、隠れ場所や餌となる生きものがある。藻場は魚介類の産卵や幼い時期の成育を支え、水質の浄化や底質の安定にも関わっている。[1]

「海のゆりかご」と呼ばれるのは、そのためだ。

私たちが市場や食卓で出会う魚の背景には、幼い命が育つ場所がある。アマモ場の問題は、海の緑が減るという景観の話にとどまらない。

生きものが大きくなるまでの時間を、どこで支えるのかという問題でもある。

2.失われた浅瀬と、場所によって異なる変化

瀬戸内海の沿岸では、高度経済成長期の開発に伴い、多くの浅瀬が工業地帯などへ姿を変え、干潟や藻場が失われてきた。[2]

環境省の整理では、瀬戸内海全体のアマモ場は、1960年度から1989〜1990年度までに約7割が失われたとされる。[3]

ただし、この数字は過去の特定の期間を比べたものであり、近年も全域で同じように減り続けている、という意味ではない。

環境省が2024年に公表した調査では、2022〜2023年度の瀬戸内海全体の藻場面積は、2015〜2017年度に比べて約9%増加していた。一方、広島湾では668ヘクタールから593ヘクタールへ減少している。[4]

ここでいう藻場面積には、アマモなどの海草だけでなく、海藻の藻場も含まれる。

瀬戸内海全体の変化と、広島湾の変化。
アマモ場の変化と、藻場全体の変化。

それぞれを分けて見なければ、目の前の海で起きていることを捉え損ねる。
同じ瀬戸内海でも、守るべき場所と、必要な手立ては一様ではない。

3.アマモが育つには、海底まで光が必要だ

アマモは光合成をする。
そのため、生育には海底まで十分な光が届くことが必要になる。[5]

水の透明度が変われば、生きていける深さも変わる。
また、浅瀬そのものが失われれば、根を張る場所もなくなる。

近年の瀬戸内海の調査では、東側での藻場の増加について、透明度の上昇によるアマモ場の拡大という聞き取り結果がある。一方、西側では、植食性魚類の食害や水温上昇に伴う分布水深の変化などが挙げられている。

ただし環境省は、藻場面積はさまざまな要因で変動し、詳細な理由は不明としている。[4]

この点は、丁寧に受け止めたい。
アマモ場と海藻の藻場では性質が異なり、地域ごとの減少を、すべて同じ原因で説明することはできない。

広島県の藻場ビジョンも、アマモとホンダワラ類によるガラモ場を区別し、保全や造成の方法を示している。[6]

海の再生には、何を植えるかだけでなく、その場所で何が育つのかを知る仕事がある。

4.尾道では、航路の土砂が浅瀬をつくった

海を取り戻す方法は、種をまくことだけではない。
根を張り、生きものが暮らせる地形をつくる方法もある。

尾道では、1984年から、尾道糸崎港松永港区の航路整備で生じたしゅんせつ土砂を活用し、百島、灘、海老、高尾の4地区で干潟・藻場の再生が進められてきた。

国土交通省は、これらの造成干潟で生物の種類や個体数の増加、アマモ場の再生・拡大が確認されたと紹介している。[2]

船が通るために航路を整える。
そこで生じた土砂を、沿岸の生息環境づくりに生かす。

港の仕事と、海の生きものの居場所をつくる仕事が、ここではつながっている。

もちろん、造成した浅瀬が、そのまま豊かな生態系になるとは限らない。整備後に何が育ち、どんな生きものが利用しているのかを確かめる必要がある。

尾道の造成干潟でも、地元漁業者や市による保全活動が続いている。[2]

再生は、工事の完成で終わる仕事ではない。

5.大崎上島で、海へまく種を選ぶ

大崎上島には、アマモの種を海へ戻す活動がある。

大崎内浦漁業協同組合の2023年の活動報告によると、「大崎上島地域の海辺を守る会」は、漁業者が6月に集めた流れ藻を筏につるして保管し、冬を迎える前に種子を選別して、アマモ場へまいている。

その年の選別・播種作業には地元企業の人々も参加し、県水産課や広島大学の関係者が種子数を計量した。[7]

海に草を増やすという一言の中には、季節をまたぐ仕事がある。

集める。
保管する。
種を選ぶ。
海へ戻す。

同じ報告には、まいた種子がすべて海に根づくのは難しいという認識も記されている。[7]

種まきの数と、根づいた草の数は違う。
根づいたことと、次の季節も育つことも違う。

だからこそ、植えた後の海を見続けることに意味がある。
再生とは、一度の作業で風景を変えることではなく、育つ条件を確かめ続ける営みなのだと思う。

6.炭素の価値を、海の手入れにつなげる

アマモ場には、気候変動対策の面からも関心が集まっている。

沿岸・海洋の生態系が光合成で二酸化炭素を取り込み、その後、海底などに蓄積される炭素は「ブルーカーボン」と呼ばれる。アマモ場などの海草藻場は、その担い手の一つだ。[8]

尾道市と浦島漁業協同組合は、干潟・藻場の保全によるブルーカーボン効果をクレジット化し、その販売利益を、アマモの移植や調査、環境学習などに充てる取り組みを進めている。[9]

海の手入れが生む価値を、次の手入れを支える資金へつなげる。
地域の活動を続けるための、一つの仕組みである。

ただ、アマモ場の価値は、二酸化炭素の量だけでは捉えきれない。

幼い魚が身を隠すこと。
小さな生きものが餌を得ること。
漁業者が海の変化を確かめること。
子どもたちが、自分の暮らす島の海を知ること。

それぞれが重なって、地域の海の豊かさになっている。

港から眺める海面は、以前と同じように見えるかもしれない。
けれど、その下にアマモが育つ浅瀬があるかどうかで、生きものの暮らしは変わる。

海の未来は、小さな命が育つ場所を、どれだけ残せるかにもかかっている。


参考資料

  1. 水産庁「藻場の働きと現状」
    https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/tamenteki/kaisetu/moba/moba_genjou/index.html
  2. 国土交通省中国地方整備局 広島港湾・空港整備事務所「干潟整備」
    https://www.pa.cgr.mlit.go.jp/hiroshima/kyosoryoku/higataseibi.html
  3. 環境省「せとうちネット:藻場・干潟の状況」
    https://www.env.go.jp/water/heisa/heisa_net/setouchiNet/seto/g2/g2cat01/mobahigata/index.html
  4. 環境省「瀬戸内海における藻場・干潟分布状況調査 令和4年度・5年度調査結果」(2024年7月)
    https://www.env.go.jp/content/000237001.pdf
  5. 京都府立海洋センター「アマモ」
    https://www.pref.kyoto.jp/kaiyo2/amamo.htm
  6. 広島県「藻場ビジョンについて」
    https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/88/mobavision.html
  7. 大崎内浦漁業協同組合「アマモ種選別と播種を行いました」(2023年)
    https://osakiuchiura-gyokyo.jp/2023/11/post-476/
  8. 環境省「ブルーカーボンとは」
    https://www.env.go.jp/earth/ondanka/blue-carbon-jp/about.html
  9. 尾道市「ブルーカーボン・オフセット推進事業『尾道の海のゆりかご(干潟・藻場)再生による里海づくり』」
    https://www.city.onomichi.hiroshima.jp/soshiki/15/56029.html
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