一杯の味噌汁に、城下町の時間が溶けている。
仙台味噌をめぐる、土地と暮らしの物語
味噌を塗ったおにぎりを、火に近づける。
表面が少しずつ乾き、やがて焦げ目がつく。炊いた米の甘い匂いに、味噌の香ばしさが重なる。待ちきれずに口へ運べば、熱さのあとから、大豆の旨味がゆっくり広がってくる。
ごちそうと呼ぶには、あまりに簡素かもしれない。
けれど、米と味噌だけで、これほど豊かな味になる。そのことに、少し驚かされる。
宮城の発酵文化を知る入口として、仙台味噌を味わってみたい。赤褐色の味噌の向こうには、城下町の営みがあり、蔵で重ねられた時間があり、季節の食材をおいしく食べようとする台所の工夫がある。
城を支えたのは、石垣だけではなかった
仙台味噌の歴史には、伊達政宗の名が登場する。
仙台藩が味噌を自給し、品質を高めるために設けたとされる醸造施設「御塩噌蔵」。仙台味噌の発展は、この藩による生産の仕組みと深く結びついている。味噌は兵糧としても重視された、暮らしと組織を支える食べ物だった。maff.go.jp
城の歴史を眺めるとき、私たちはつい、石垣や建物、武将の決断に目を向ける。
けれど、そこに集まる人々は、毎日何かを食べていた。
米を炊き、汁をつくり、翌日の働きに備える。そうした営みが続かなければ、城下町も動かない。
味噌を安定してつくるということは、人が働き、暮らし続けるための土台を整えることでもあったのだろう。
仙台味噌を知ると、歴史の風景に台所が現れる。武将の名前のそばに、豆を蒸し、麹を扱い、味噌を仕込む人々の手が見えてくる。
赤い味噌に、米と大豆の時間がある
仙台味噌は、大豆、米麹、塩を原料とする米味噌だ。赤味噌と呼ばれるが、豆麹を使う豆味噌とは異なり、米麹を使う。赤みを帯びた色艶と、大豆の旨味を生かした辛口の味わいが特徴とされる。仙台みそに関する総合情報サイト
ここでいう「辛口」は、唐辛子のような刺激を意味しない。味噌の甘辛には、塩の量に加え、大豆に対する麹の割合も関わっている。仙台みそに関する総合情報サイト
塩気が輪郭をつくり、その奥に旨味がある。
ひと口目には力強く感じても、汁に溶けば具材を受け止め、ご飯に添えれば米の甘さを引き立てる。仙台味噌を味わう面白さは、その使われ方によって表情が変わるところにもある。
そして、味を育てるのは時間だ。
味噌の仕込みでは、麹の酵素による分解や微生物の働きによって、原料が少しずつ変化していく。色もまた、熟成中にアミノ酸と糖が反応するメイラード反応などによって深まる。原料や製法、温度などが関わるため、同じ味噌という名前でも、仕上がりは一様ではない。仙台みそに関する総合情報サイト
蔵に置かれた味噌は、静かに見える。
その内側では、食べ物になるための変化が続いている。つくり手は、その変化を見ながら、食卓へ送り出す時を判断する。
買って帰るひと包みの味噌には、原料だけでなく、そうして見守られた時間も入っている。
仙台の名前は、江戸の台所へ渡った
仙台味噌には、土地の味が別の土地へ広まっていく、興味深い歴史がある。
東北大学附属図書館の解説によれば、江戸の大井にあった仙台藩下屋敷では、常駐する藩士のために味噌が醸造されていた。やがて余剰分を江戸の味噌問屋が買い取り、「仙台味噌」として販売するようになる。その名は江戸に広がり、下屋敷は「味噌屋敷」とも呼ばれたという。library.tohoku.ac.jp
藩士たちの食事を支えていた味が、町の人々の食卓へ届く。
そこには、名産品として売り出される以前の、切実で具体的な用途があった。毎日の食事に必要だからつくる。その味が評価され、別の人にも求められるようになる。
土地の名前が、味の名前になっていく。
江戸の人々にとって「仙台」は、遠い藩の所在地であると同時に、舌で知っている場所でもあったのかもしれない。
私たちも、地名のついた食べ物を口にするとき、似た経験をしている。訪れたことのない土地が、香りや味を通じて、少し身近になる。
しその葉一枚に、味噌を包む
仙台味噌の文化は、味噌汁だけでは見えてこない。
宮城で親しまれている料理に「しそ巻き」がある。味噌に砂糖、ごま、くるみなどを合わせて練り、青じそで包んで油で揚げる。ご飯のおかずにも、お茶請けにもなる食べ物だ。宮城だけでなく、岩手や山形でも親しまれている。うちの郷土料理:農林水産省
小さな包みをかじる。
しその香りが立ち、甘辛い味噌が現れ、その間にごまやくるみの風味が重なる。味噌が調味料から、ひとつの料理へと姿を変える。
この小さな手間がいい。
葉を広げ、練った味噌を置き、巻いていく。ひと口で食べてしまえるものに、人の手が何度も触れている。
また、ふきのとうを使う「ばっけ味噌」も、宮城で親しまれる味のひとつだ。ばっけは、ふきのとうを指す東北の方言。味噌に春の苦味を重ね、ご飯や豆腐とともに味わう。maff.go.jp
味噌は、季節を受け止める器でもある。
春にはふきのとうを合わせる。しその葉で包む。米に塗って焼く。
蔵で育てた味を、台所でもう一度つくり変える。その繰り返しの中で、発酵は暮らしの味になっていったのだろう。
受け継ぐ場所は、今日の食卓にもある
仙台味噌の継承は、現代にも続いている。
宮城県味噌醤油工業協同組合による品質向上などの取り組みに加え、富谷市では、味噌を含む「宮城の大豆食文化」を伝えるプロジェクトが進められてきた。シンポジウムやワークショップを通じ、食の歴史を次の世代へ手渡す試みである。maff.go.jp
食文化を学ぶ機会は、大切だ。
同時に、その続きを担うのは、家に帰ってからの一食なのかもしれない。
買ってきた味噌を、いつもの汁物に使ってみる。おにぎりに塗って焼いてみる。しそ巻きを食べて、今度は自分でもつくってみたいと思う。
そのとき、伝統は今日の献立になる。
使っているうちに、好みの量がわかってくる。合わせたい食材が浮かぶようになる。ひとつの土地の味が、自分の暮らしにも居場所を持ち始める。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
仙台味噌の歴史をたどりながら、城下町の朝を想像した。
誰かが火を起こし、鍋をかける。味噌を溶き、椀によそう。その一杯を食べて、人が仕事へ向かっていく。
歴史を動かす出来事の足元には、こうした朝が、数え切れないほどあったはずだ。
発酵を知ることは、食べ物の向こうにある時間を知ることでもある。豆が育つ時間。味噌が熟す時間。つくり方や食べ方が、人から人へ渡っていく時間。
それらが、今日の一杯につながっている。
次に仙台味噌を見かけたら、焼きおにぎりにしてみたい。
火に近づけたときに立ち上る香りを、少し長く味わってみたいと思う。
参考資料

