NEOTERRAINの書籍・Tシャツ・トートバッグを公開中

発酵する日本|47都道府県・秋田編

Watercolor illustration of daikon radishes hanging in a smoky wooden hut, with sliced iburigakko in the foreground and snow outside. Japanese text reads, “Wisdom for enduring winter carries the scent of smoke.”
秋田の発酵文化|いぶりがっこと燻し小屋

秋田の発酵文化|いぶりがっこには、冬を越すための煙がある

——大根を燻し、漬け、待つ。雪国の暮らしが育てた香りをたどる

薄く切られた一枚を、口に運ぶ。

ぱり、と音がする。噛むほどに大根の味が広がり、そのあとを、薪を焚いたような香りが追いかけてくる。

秋田の「いぶりがっこ」。

「がっこ」は、秋田の言葉で漬物を意味する。大根を煙で燻して乾燥させ、米ぬかや塩などで漬け込み、発酵熟成させる伝統食だ。うちの郷土料理:農林水産省

その香りから、食卓にいながら火のある風景を想像する。

天井から下がる大根。薪の燃える音。外には、これから長く続く冬がある。

いぶりがっこの味をたどると、雪国の人々が、食べ物と季節のあいだに積み重ねてきた仕事が見えてくる。

Contents

大根が乾く前に、冬が来る

漬物をつくるために、大根を干す。

一見すると、どこでも同じようにできそうな作業だ。しかし、土地によっては、収穫したあとの天気が、その仕事を難しくする。

秋田県の内陸南部は、晩秋から冬に雨や雪が多く、日照時間が短い。屋外に干した大根が十分に乾かないうちに、気温が氷点下になることもある。

そこで、大根を家の中へ入れ、囲炉裏の上につるした。火の熱と煙によって乾燥させた大根を漬け込む方法が、いぶりがっこの始まりとされている。うちの郷土料理:農林水産省

晴れる日を待っているうちにも、冬は近づいてくる。

畑から収穫したものを、春までどう食べつなぐか。その問いに、家の中の火が応えた。

囲炉裏は、人が暖を取り、食事をつくる場所だった。その上の空間にも食べ物を置き、熱と煙を使う。

いぶりがっこの原点には、暮らしの中にあるものを組み合わせ、土地の条件に応じて方法を変える知恵がある。

煙の向こうに、見えにくい仕事がある

現在、いぶりがっこづくりには、専用の「いぶし小屋」も使われている。

横手市山内地区では、11月から12月にかけて、小屋から煙が立ち上る風景が見られるという。横手市は、それを地域の原風景の一つとして紹介している。city.yokote.lg.jp

遠くから見れば、冬の風物詩だ。

けれど、その煙の下には、人の仕事がある。

大根を洗う。つるせるようにまとめる。重い大根を小屋の梁へ上げる。そして、数日間にわたり火を管理する。

農林水産省の生産者取材でも、大根をつるす作業は重労働であり、皆で協力して行うこと、燻すあいだは煙を絶やさず管理することが語られている。maff.go.jp

小さな一切れからは、持ち上げたときの重さも、火を見守った時間もわからない。

伝統食の背景を知るというのは、食べるまでに必要だった仕事を、もう一度、見えるようにすることなのだと思う。

燻しただけでは、あの味にならない

いぶりがっこの印象を強くするのは、独特の燻香だ。

ただ、その味をつくっているのは、煙だけではない。

燻して乾燥させた大根を、米ぬかや塩、ザラメなどとともに漬け込み、発酵熟成させる。煙で干す工程と、漬けて味を育てる工程。その両方が重なっている。akita.tsukemono-japan.org

火を使う時間のあとに、樽の中で待つ時間が続く。

人が手を動かす仕事と、仕込んだものの変化を待つ仕事が、一つの食べ物につながっている。

秋田の冬は、外で大根を干すには難しい条件をもたらした。一方で、漬け込んだあとの低温の環境は、ゆっくりと発酵を進める背景にもなっていた。うちの郷土料理:農林水産省

季節のすべてが、人の都合に合わせてくれるわけではない。

それでも、どこで火を使い、どこで時間をかけるかを考える。その組み合わせの中から、この土地の味が育ってきた。

同じいぶりがっこでも、つくり手の味がある

いぶりがっこは、どれも同じ味ではない。

秋田県漬物協同組合は、燻す薪の種類や火の調整によって、香りの仕上がりが変わることを紹介している。強すぎても弱すぎてもよくなく、大根を均一に燻すためには、火の位置を変える作業も必要になるという。akita.tsukemono-japan.org

漬け込む材料にも、つくり手の工夫がある。

農林水産省の取材では、基本となる米ぬかや塩などに加え、まろやかな味わいを目指して米麹を使う生産者の例が紹介されている。同じ記事では、横手の小規模な生産者が、それぞれのレシピで多様な味をつくっていることも伝えられている。maff.go.jp

どの香りが好きか。

どの甘みが、ご飯に合うか。

そうやって食べ比べると、「秋田名物」という一つの名前の中に、つくり手の顔が見えてくる。

地域の食べ物を買うことは、ときに、その人の判断が積み重なった味を選ぶことでもある。

クリームチーズの隣で、初めて出会う人もいる

いぶりがっこを、クリームチーズと一緒に食べたことのある人もいるだろう。

農林水産省は、チーズと和えたディップのほか、タルタルソースやポテトサラダなどへの活用を紹介している。ご飯のお供やお茶請けとして親しまれてきた漬物は、さまざまな料理にも使われている。maff.go.jp

この変化は、食文化が新しい食卓へ届く入り口になる。

秋田で暮らした経験がなくても、雪国の保存食を知らなくても、まず一皿のおいしさから出会うことができる。

そのあとで、なぜ大根を燻すのかを知る。

香りの向こうに、雪の季節と、火を管理する人の仕事を思い浮かべる。

新しい食べ方から、古くからの暮らしへ関心が向かう。そんな順番もあってよい。

食べ方が広がった先で、その名前と土地の関係まで伝われば、いぶりがっこは、秋田を知るきっかけにもなる。

味を残すには、仕事を続けられる場所が要る

食べる機会が増えることは、継承を支える大切な条件だ。

同時に、つくる人が、その仕事を続けられる環境も欠かせない。

畑、小屋、薪、漬け込む場所。重いものを運ぶ人手。そして、経験を教わる機会。

農林水産省の「にっぽん伝統食図鑑」は、横手市で製造設備への支援が行われたことや、「よこて農業創生大学校」にいぶりがっこづくりを学べる研修コースが設けられたことを紹介している。maff.go.jp

伝統の味を未来へ残すには、懐かしむ気持ちを、具体的な条件へつなげていく必要がある。

誰が、どこで、どう学び、つくり続けるのか。

食卓に届いた一枚の向こうには、その問いがある。

EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN

いぶりがっこの香りを、私たちは「スモーキー」と表現する。

その言葉を知ると、味は想像しやすくなる。けれど、なぜそこに煙があるのかを知ると、見えてくる風景が変わる。

大根が乾く前に、冬が来る。

だから、家の中につるした。火の上で干し、漬け込み、先の食事に備えた。

いま、私たちがおいしいと感じる香りには、かつての暮らしの切実さが残っている。

次に薄い一枚を噛むとき、その手前にあった仕事を少し想像してみたい。

秋田の冬を知らない場所にいても、食べ物を通して、その土地で生きる人の時間に触れることはできる。


参考資料

※本記事は公開資料に基づいて構成しています。製法や取り組みは、地域・生産者・資料の掲載時点によって異なります。

この記事が響いたら、シェアしていただけると嬉しいです。
  • URLをコピーしました!
Contents