祇園祭のチマキザサと東山の森から考える、里山と生物多様性
47都道府県の自然環境問題|京都編
京都の町家の軒先に、笹で包まれた粽が掛かっている。
祇園祭で授与される、厄除けのお守りだ。
祭りを訪れた人は、それを京都の思い出として持ち帰る。暮らす人は、家の入口に掛け、一年の無事を願う。
けれど、その葉が、どこの山で育ったのかを考える機会は、あまりない。
京都市北部の山間地域で採られてきたチマキザサは、祇園祭の厄除け粽や、京料理、京菓子に使われてきた植物だ。その葉を採り、加工する仕事は、山の暮らしも支えていた。京都市生物多様性ポータルサイト 京・生きものミュージアム
雅やかな文化の、ずっと手前にある一枚の葉。
その生育地で、再生を妨げる変化が起きている。
京都の自然環境問題を考えることは、文化を支える材料が、これからも土地で育ち続けられるのかを問うことでもある。
祭りは町で開かれ、その材料は山で育つ
祇園祭というと、山鉾や囃子、町衆の営みを思い浮かべる。
その華やかな時間の外側に、葉を育てる山がある。
京都府の資料によれば、粽に使われるササは、17世紀の地誌に市原や鞍馬で採られた記録があり、後には花脊や大原百井などでも採取されるようになった。採集した葉を束ね、乾燥させ、町へ運ぶ営みがあった。京都府レッドデータブック2026
山で育つ。
人が選ぶ。
手をかけて整える。
町の祈りを包む。
一枚の葉が移動する道筋に、自然と仕事と文化がつながっている。
文化は、技術や作法を伝えるだけでは続かない。その技術が扱う植物と、植物が育つ場所も、同時に受け継ぐ必要がある。
枯れることよりも、その後に戻れないこと
京都市北部では、2004年から2007年にかけてチマキザサが一斉に開花し、群落のほぼ全てが枯れたと報告されている。
そこに重なったのが、ニホンジカによる新芽の食害だった。再び伸びようとする芽が食べられ、再生が進まない状況になったという。city.kyoto.lg.jp
ササの一斉開花と枯死は、それ自体が生態の一部である。
問題を、「ササが枯れた」という出来事だけで捉えることはできない。枯れたあと、次の世代が育ち直せるか。その条件まで見る必要がある。
地上の緑が失われる。
新しい芽が出る。
しかし、その芽が育たない。
山は遠くから見れば緑でも、足元では、植物が戻る道が閉ざされていることがある。
自然の変化と、その後の回復を妨げる圧力が重なると、風景は以前のようには戻らない。
チマキザサの問題は、そのことを身近な文化の材料から教えている。
京都の山並みは、人が使ってきた風景でもある
京都の寺社を訪れると、建物の向こうに山がある。
東山、北山、西山。町を囲む山並みは、京都らしい景観の一部になっている。
けれど、その森は、長いあいだ人の手が入らなかった自然ばかりではない。
京都伝統文化の森プロジェクトは、薪や柴などの採取によって森林景観が変化し、後に薪炭から石油へ生活が移ると、森の資源を利用する機会が減った歴史を紹介している。マツ枯れの影響も重なり、東山では常緑広葉樹のシイが広がった。京都伝統文化の森プロジェクト
生活が便利になる。
山へ燃料を取りに行く必要がなくなる。
それまで繰り返されていた伐採や採集が減る。
町の暮らしの変化が、少し遅れて森の姿に現れる。
ただし、常緑樹の森になったこと自体を、すべて悪化と考えるべきではない。植生が移り変わることは、自然の過程でもある。
そのうえで、どの場所に、どんな生きものの居場所を残すのか。文化的な景観と、生態系の保全をどう両立するのか。
人と関わりながら形づくられた森には、その土地に応じた判断が求められる。
木が枯れ、光が入っても、豊かな森に戻るとは限らない
京都の森林では、ナラ枯れとシカの食害が重なることによる影響も調べられている。
森林総合研究所が紹介した京都市内の研究では、ナラ枯れで上層の木が失われた場所に、明るい環境を好む樹種が定着しやすくなることが分かった。
しかし、その中でよく成長していたのは、クロバイや外来種のナンキンハゼなど、シカがあまり好まない樹種だった。この状態が続けば、樹種構成が単純になる可能性が指摘されている。ffpri.go.jp
大きな木が枯れ、林内に光が差す。
それだけを見れば、次の植物が育つ機会にも思える。
けれど、出てきた芽の多くが食べられてしまえば、残れる植物は限られる。
森に光を入れること。
若い植物を食害から守ること。
一つの対策だけでは届かない場合がある。
森林の再生は、木を植えた本数だけでは測れない。その木が育つまで、周囲で何が起きるのかを見続ける仕事でもある。
葉を守る柵と、技術をつなぐ人
チマキザサを守る取り組みは、すでに続けられている。
京都市や地元住民、関係団体は、2013年にチマキザサ再生委員会を設立。防鹿柵の設置などによって保全・再生を進めてきた。その対象地域の一部である「花脊チマキザサ保護区」は、2024年度前期に自然共生サイトに認定されている。city.kyoto.lg.jp
一方、葉が育つだけでは、材料として町へ届かない。
良質な葉を選び、採集し、干し、加工する技術が必要になる。京都市は、生産者の高齢化によって技術継承が課題になっていることを示し、加工体験や技術の記録、地域間の交流などを紹介している。京都市生物多様性ポータルサイト 京・生きものミュージアム
植物の再生と、仕事の継承。
どちらかだけでは、つながりが途切れてしまう。
これは、伝統産業にも通じる問題だ。
完成品の魅力を伝えるだけでなく、その材料を育て、使える形にする仕事に、どう価値を返していくか。
葉の価格には、採集した日の作業だけでなく、育つ場所を守る時間も関わっている。そこまで想像できると、一枚の葉の見え方が変わる。
京都を訪れる視線を、山の足元へ
東山では、地域、研究者、寺社、企業、行政などが関わり、森林景観と生物多様性を考える森づくりが進められている。京都市は、林内の光環境や、次世代の樹木が育ちにくい状態に対応し、多様な植生を育む取り組みを紹介している。京都市生物多様性ポータルサイト 京・生きものミュージアム
観光で京都を訪れる人にとって、山は寺社の背景に見えるかもしれない。
その背景に、少しだけ目を向けてみたい。
木の下に何が育っているのか。
若い木はあるのか。
葉を採る人や、柵を直す人がいるのか。
京都を形づくる自然は、名所の外にも続いている。
祭りを見る。
菓子を味わう。
庭園を歩く。
その体験から、材料の産地や森の手入れへ関心がつながれば、京都を知る旅には、もう一つの奥行きが生まれる。
京都府も、生物多様性の衰退が伝統産業や食文化に影響することを示し、自然利用の文化と里地域の再生を結びつけている。pref.kyoto.jp
文化を未来へ残すために、自然環境を考える。
自然との関係を取り戻すために、文化から入り直す。
京都では、その二つが、一枚の葉でつながっている。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
文化を守ると聞くと、建物の修理や、職人の技術、祭りの担い手を思い浮かべる。
そこに、ササの新芽を加えてみる。
すると、文化の輪郭が少し広がる。
祈りを包む葉には、育つ山がある。
葉を選ぶ目があり、乾かす手があり、町へ届ける仕事がある。
私たちが「京都らしい」と感じるものは、そうした、目立たないつながりの上にあるのだと思う。
自然環境の問題は、文化の外側で起きているわけではない。
山の足元で育たなくなった芽が、やがて祭りや食のあり方に触れる。反対に、その文化を大切に思う気持ちが、山を守る理由にもなる。
次に京都で笹に包まれたものを手にしたら、その葉が育った場所まで思いを伸ばしてみたい。
一枚の葉を知ることが、町と山をつなぎ直す入口になるかもしれない。
参考資料
- 京都市「花脊チマキザサ保護区」
- 京都市生物多様性ポータルサイト「チマキザサの再生」
- 京都府レッドデータブック2026「京都近郊の変化」
- 京都伝統文化の森プロジェクト「京都三山の歴史」
- 森林総合研究所「シカが多いナラ枯れ跡地では樹種構成は単純になる」(2017年公表)
- 京都市生物多様性ポータルサイト「東山の森づくり」
- 京都府「京都府生物多様性地域戦略の概要について」
※公開資料・研究成果に基づき、主に京都市北部と京都三山を取り上げています。京都府全域の自然環境を網羅するものではありません。冒頭などの情景表現は、現地取材の記録ではありません。

