コロンビアと日本に学ぶ、産地を「選ぶ理由」に変えるマーケティング
コーヒーを淹れる。
湯を注ぐと、粉がふくらみ、香りが立つ。朝の机に置かれた一杯には、それを飲む人の時間がある。
けれど、その香りが生まれるまでには、別の時間も流れている。
山の斜面で木を育てる時間。
実を収穫し、豆を整える時間。
次の収穫まで、土地と暮らす時間。
商品は、そうした時間を小さな袋に収めて、遠くへ運ばれてくる。
では、買う人には、どこまで届いているだろうか。
コロンビアのコーヒーと、日本の茶。二つの産地の取り組みを見つめると、マーケティングの大切な仕事が見えてくる。
土地にある価値を、買う人が分かり、確かめ、選べるかたちへ変えることだ。
1|「コロンビア産」という言葉の向こうに、人を置いた
コロンビアのコーヒー生産者を象徴するキャラクターに、「フアン・バルデス」がいる。
帽子をかぶり、口ひげをたくわえた生産者の姿。コロンビアコーヒー生産者連合会(FNC)は、この人物像を、手仕事で品質を生み出す生産者のシンボルとして伝えてきた。[1]
ここでのポイントは、フアン・バルデスが、一軒の農園の実在人物をそのまま紹介する存在ではないことだ。
多くの生産者を代表する、ブランドの象徴である。
「コロンビア」という遠い地名に、人の姿が重なる。
原料の説明に、つくる人の存在が加わる。
マーケティングの視点で見ると、これは、産地を覚えるための入口をつくる方法だ。
すべての購入者が、標高や品種、精製方法を詳しく理解するとは限らない。まず思い出せる姿があることで、その先にある産地へ関心を向けやすくなる。
ただし、象徴は入口である。農園ごとの違いや、現在の生産者の多様な暮らしまで、一人の人物像ですべて説明できるわけではない。
覚えやすさをつくりながら、詳しく知りたい人には、その先へ進める情報を用意する。その両方が必要になる。
2|物語を、確かめられる表示につなぐ
人の姿だけで、産地への信頼が完成するわけではない。
FNCは、「100% Colombian Coffee」プログラムとロゴを通じて、コロンビアコーヒーの認知を広げてきた。公式説明によれば、このロゴを表示できるのは、FNCの認定を受けた100%コロンビアコーヒー商品である。[1]
ここには、二つの異なる働きがある。
人物の象徴は、産地を記憶に残す。
認定された表示は、その商品と産地の関係を確かめる手がかりになる。
同じ棚に別々の企業の商品が並んでいても、共通の産地表示があれば、消費者はブランド名とは別の軸で商品を探せる。
コロンビアコーヒーには、原産地名称や、販売地域に応じた地理的表示・認証商標による保護の仕組みもある。[2]
ただし、それぞれの制度やロゴは同一ではなく、産地表示が一杯の味の好みや、生産者の所得まで一律に保証するものでもない。
大切なのは、何を示す表示なのかを明確にすることだ。
覚えてもらう仕組みと、確かめてもらう仕組み。その接続が、産地の信用を支える。
3|日本の茶にも、土地と手仕事を伝える言葉がある
日本側の事例として見たいのが、福岡県の「八女伝統本玉露」だ。
農林水産省の説明では、収穫前に稲わらなどの天然資材で日光を遮り、手摘みする伝統的な製法が、その特徴を支えている。
濃厚でまろやかな味わいや「覆い香」と呼ばれる香り、産地の環境と製法の関係が示され、地理的表示(GI)に登録されている。[3]
「高品質なお茶です」とだけ言われたとき、初めて買う人には、その違いが分からないかもしれない。
しかし、茶の木の上に覆いをかけること、その下で新芽が育つこと、人の手で摘み取ることを知れば、味を生む工程へ視線が向く。
ここで伝えたいのは、手間が多ければ必ず優れているということではない。
その工程が、どのような味や香りにつながり、飲む人に何をもたらすのかまで説明することだ。
たとえば、淹れ方や味の特徴を添えれば、購入者は自分の飲みたい一杯と照らし合わせられる。
つくる側の説明が、使う側の選択へ届く。
産地の物語は、そのところまで翻訳されてこそ、商品の価値として働き始める。
4|二つの事例が教える、産地ブランドの組み立て方
ここまでを、取り組みの構造として比べてみる。
| 視点 | コロンビアコーヒーの事例 | 八女伝統本玉露の事例 |
|---|---|---|
| 関心の入口 | 生産者を象徴するフアン・バルデス | 茶の特徴を生む栽培・製法 |
| 信用の手がかり | 認定された産地ロゴや名称保護 | GI登録と明示された産地・生産条件 |
| 深く知る対象 | 各地域や農園による違い | 土地の環境、覆い、手摘みなどの工程 |
| 体験への広がり | コーヒー文化の景観や産地への訪問 | 玉露体験と地域の工芸・滞在の組み合わせ |
これは、コロンビア人と日本人の性格を比べたものではない。具体的な産地の取り組みから、価値の伝え方を考えるための比較である。
二つの事例には、共通する課題がある。
名前を知ってもらうこと。
その名前が意味するものを伝えること。
飲んだ体験で、納得してもらうこと。
このつながりのどこかが切れると、認知だけが広がったり、詳しい説明が読まれないまま終わったりする。
産地ブランドは、名前やロゴをつくったところで完成するものではない。
5|一杯から、その土地で過ごす時間へ
コロンビアには、2011年に世界遺産となった「コーヒーの文化的景観」がある。
そこでは、山地でのコーヒー栽培だけでなく、家族単位の農業、集落や建築、暮らしの文化が結びついた景観として評価されている。[4]
商品を知った人が、つくられる土地にも関心を持つ。一杯の飲み物から、訪ねてみたい場所へと、関係が広がる可能性がある。
日本でも、八女伝統本玉露と、提灯の絵付けや漆、久留米絣などの体験を組み合わせた旅行商品が生まれている。福岡県は、こうしたツアー造成が評価され、事業者が「GI Award」の連携事業者部門を受賞したと発表している。[5]
お茶を飲む時間が、器や工芸、宿泊へつながる。
ただし、地域のものを多く集めれば、よい体験になるわけではない。
なぜ、その器で飲むのか。
なぜ、その土地で味わうのか。
訪れた人が、何を感じ、何を持ち帰れるのか。
それぞれの関係が伝わって、初めて、一つの旅として記憶に残る。
産地の価値は、商品の外へ広げられる。ただし、そのつながりには、筋道が必要だ。
6|物語があるだけでは、売れるとは限らない
生産者の顔が見える。
土地の背景が分かる。
守りたいと思える。
それは、購入への大切な入口になり得る。
けれど、実際に買うかどうかは、味の好み、価格、用途、購入のしやすさなどにも左右される。
産地の説明を読んで関心を持っても、どの商品を選べばよいか分からなければ、行動は止まる。
初めての人向けの少量セット。
味の違いが分かる比較。
使う場面が浮かぶ提案。
飲んだあとに、同じ商品を買える案内。
こうした設計まで含めて考える必要がある。
たとえば「農園の物語を読んでもらう」ことと、「その農園の豆を試してもらう」ことは、異なる段階だ。
記事の閲覧が増えたことを、そのまま購入や問い合わせの成果と捉えることもできない。
関心を持った人が、次に何をし、その結果どう感じたか。それぞれを分けて確かめることで、伝え方と商品を改善できる。
7|産地の名声は、誰の明日を支えるのか
最後に、もう一つ考えておきたい。
産地の名前が有名になり、商品や体験が売れたとして、その価値は、どこへ届いているだろうか。
ユネスコは、コロンビアのコーヒー文化的景観について、国際市場の価格変動と経済的圧力が、小規模農業や文化の継続を脆弱にし得ることを指摘している。[4]
知られることと、続けられることは、同じではない。
生産者が受け取る価格。
仕事を続けるための負担。
品質を維持する費用。
次の世代が参入できる条件。
産地ブランドの成果を考えるなら、こうした点も見なければならない。
消費者にとって魅力的な物語が、つくる人にとっても、明日をつくれる仕組みにつながっているか。
そこまで問い続けることが、長く信頼されるブランドの土台になる。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
一杯のコーヒーを飲むとき、山の斜面を想像することがある。
一杯のお茶を飲むとき、覆いの下で育つ新芽を思い浮かべることがある。
背景を知ったからといって、すべての味が変わるわけではない。けれど、その一杯に向ける注意は、少し変わる。
香りを確かめる。
名前を覚える。
次に選ぶとき、その土地を思い出す。
商品と人の間に、そうした関係が生まれる。
コロンビアのコーヒーと、日本の茶は、その関係をつくる方法を考えさせてくれる。
土地の名を伝えること。
仕事の理由を伝えること。
そして、飲む人が、自分の言葉で好きになれる余地を残すこと。
一杯の向こうに、暮らしが見える。
その暮らしが続くように、次の一杯を選べる。
そんな関係をつくることも、マーケティングの仕事なのだと思う。
文・構成:三宅雅之/NEOTERRAIN Journal
※本記事は公開資料に基づくデスクリサーチ記事です。比較は特定事例の取り組みに基づく編集上の考察であり、両国全体の消費行動や国民性を一般化するものではありません。
参考資料
- FNC:フアン・バルデスとは
- Café de Colombia:Certification Mark
- 農林水産省:八女伝統本玉露(英語版産品概要)
- UNESCO:Coffee Cultural Landscape of Colombia
- 福岡県:八女伝統本玉露と伝統工芸を組み合わせたツアーのGI Award受賞(2026年5月22日)
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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