イランの地下水危機から考える、農業と暮らしの持続条件
乾いた土地に、果樹の緑が続いている。
雨の少ない風景の中で、枝が伸び、実が育つ。その足元では、目に見えない水が、根の先へ届けられている。
イランの農業を支えてきた地下水。
その水を使い続ける営みが、いま、農地や街の立つ地面そのものを変えている。
2024年に公表された研究を紹介するドイツ地球科学研究センター(GFZ)は、ピスタチオ産地として知られるラフサンジャーンで、年間35センチを超える地盤沈下が測定された地点があると報告した。解析対象は、2014年から2020年の衛星データである。[1]
これは、イラン全土が同じ速さで沈んでいるという意味ではない。沈下の有無や速度は、場所によって異なる。
けれど、そこで起きている変化は、一つの問いを突きつける。
今日の収穫を支えるために使った水が、明日の土地を損なってしまうとしたら。
私たちは、その豊かさを、どこまで見ているだろうか。
1|地下水は、地面の下を流れる川だけではない
地下水と聞くと、地底に大きな川や湖があるように想像するかもしれない。
しかし、地下水の多くは、砂や礫、岩石などのすき間を満たしている。水を蓄え、通すことのできる地層は「帯水層」と呼ばれる。
水をくみ上げ、地下水位が下がると、地層の中で水が担っていた圧力が低下する。その結果、地層の骨格が受け持つ力が増え、とくに粘土などの圧縮されやすい層が縮むことがある。
地下で起きた圧縮が、地表では沈下として現れる。[2]
水を抜いた跡に、大きな空洞ができて地面が落ちる、という説明だけでは、この仕組みは捉えられない。
粒子の間にあったすき間が、少しずつ狭まっていく。
地下の変化は見えにくい。それでも、積み重なれば、地表に暮らす人の足元へ届く。
2|乾いた年を乗り切る水が、減り続ける水になる
地下水は、雨の少ない時期にも水を得られる、大切な備えである。
川の水が減っても、井戸から水を得られれば、作物を育てられる。生活をつなぐこともできる。
問題は、その備えが補われる速さを超えて、使われ続けるときに起こる。
2021年の研究は、イランの地下水減少について、干ばつが減少を引き起こし、加速させる一方、流域規模では人間による大量の取水が主要な要因となっていると分析した。[3]
雨が少ない。
地表の水が足りない。
だから、地下から補う。
その判断は、目の前の生活や収穫を守るためには理解できる。
しかし、同じ対応を長く重ねれば、非常時の支えだった地下水が、日常の不足を埋め続けるものになる。
水がくみ上がっている間は、限界が見えにくい。
井戸から水が出ることと、その使い方を続けられることは、同じではない。
3|ピスタチオの実の向こうに、地下の水がある
ラフサンジャーンは、イランの代表的なピスタチオ産地である。
この地域で確認された大きな地盤沈下は、乾燥地の農業と地下水の関係を、見えるかたちで示している。[1]
店頭に並ぶ実を見るとき、私たちは味や香り、産地や価格を考える。
けれど、その実を育てる水が、どこから来たのかを知る機会は少ない。まして、地面の下で水位や地層がどう変化しているかは、商品からは読み取れない。
ここで、特定の作物や生産者だけに責任を負わせることはできない。
作物を育てる側には、収入を得て、家族を養い、農地を維持する必要がある。水の使い方は、販売の仕組み、設備への投資、利用できる水源や支援策とも結びついている。
一方で、農業を支える地下水が失われれば、将来の生産条件も厳しくなる。
今日の生産量を守ることと、土地が生産を続けられること。
その二つを、同じ計画の中で考えなければならない。
4|雨が戻っても、地面は元に戻るとは限らない
地盤沈下の重いところは、水を補えば、すべて元に戻るわけではないことだ。
地下水位の変化に応じて回復する変形もある。しかし、地層が強く圧縮されると、元の状態へ戻らない変形が残る。
2025年の研究は、イラン各地の急速な沈下について、不可逆な帯水層の圧縮が支配的であると報告している。回復しやすさは、地域の中でも、地域間でも異なる。[2]
つまり、失われるのは水の量だけではない。
水を蓄えられる地下の空間そのものが、損なわれる場合がある。
水位を回復させることと、圧縮された地層を元に戻すことは、別の問題なのだ。
さらに、沈下の大きさが場所によって違えば、建物や道路などにも負担がかかる。GFZは、住宅や交通インフラへの影響も指摘している。[1]
農地の地下で起きていることは、農業だけでは終わらない。
水の使い方が、街を支える地面の問題へ広がっていく。
5|砂漠には、水を分ける技術があった
イランには、「カナート」と呼ばれる伝統的な地下水路がある。
谷の上部などにある地下水を捉え、緩やかな勾配を持つ地下トンネルで、重力によって集落や農地へ導く仕組みだ。
2016年に世界遺産となった「イランの地下水路カナート」は、十一のカナートで構成される。[4]
地上に連なる縦穴。その下には、人の手で掘られ、保たれてきた水の道がある。
ユネスコが評価しているのは、水路の構造だけではない。水を分け、供給するために受け継がれてきた、地域共同体の管理も含まれる。[4]
水を得るための技術と、水を分け合うための仕組みが、一緒にあった。
ただし、カナートなら必ず持続可能で、ポンプなら持続不可能という単純な区分はできない。カナートも地下水に依存しており、水源の状態が悪化すれば影響を受ける。
古い技術に戻れば解決する、という話でもない。
それでも、そこから学べることはある。
水をどれだけ得るかと、その水をどう分け、次につなぐかを、切り離さないことだ。
6|効率のよい設備だけで、水は守れるか
対策には、井戸の取水量や地下水位を把握し、地下へ補われる水と使う水の収支を見ながら、取水を調整することが欠かせない。
地盤沈下の観測も、地下で進む変化を知る手がかりになる。
2024年の研究では、6,000枚を超える衛星画像を使い、イラン全域の沈下を解析した。[1]
地下の水は見えなくても、その影響を継続して測る方法はある。
ただ、測るだけでは暮らしは変わらない。
農業の節水設備を導入しても、節約できた分だけ栽培面積を広げれば、全体の取水量は減らないことがある。大切なのは、設備一つの効率と、地域全体で使う水の量を分けて確認することだ。
作物や作付け、灌漑の方法を見直すなら、生産者が移行期の収入をどう確保するかも考える必要がある。
「水を使う量を減らしてほしい」という要請だけでは、目の前の収穫を手放せない人を支えられない。
水を守る政策には、それを使って生きる人が、別の選択をできる条件がいる。
7|豊かさを、収穫のあとまで見る
地下水は、国全体で一つの貯水槽になっているわけではない。
場所によって地層も、補給される水の量も、使われ方も異なる。同じ国の中でも、必要な対応は変わる。
だからこそ、全国の状況を知る観測と、地域ごとの具体的な管理が、両方必要になる。
この視点は、日本の地下水利用を考えるときにも手がかりになる。
目の前の井戸から水が出ること。
周辺の井戸や土地に影響を与えないこと。
将来も水を使えること。
それぞれを、確かめていかなければならない。
農地の緑や、商品として並ぶ収穫物は、土地の豊かさを伝える。
けれど、その年の収穫だけでは、その土地が未来にも豊かでいられるかは分からない。
地上の実りと、地下の変化。
その両方を見て、初めて分かる豊かさがある。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
水には、使う時間と、戻る時間がある。
蛇口をひねり、ポンプを動かせば、水は届く。
けれど、その水が地下に補われる速さを、同じように動かすことはできない。
私たちは技術によって、必要な場所へ水を届けてきた。その力が、乾いた土地に暮らしをつくり、収穫を生んできたことも忘れたくない。
だからこそ、その力を使い続けるために、土地の側に流れる時間を知る必要がある。
実が育つ時間。
家族が暮らす時間。
地下に水が補われる時間。
それらが重なったところに、一つの産地がある。
イランの地盤沈下を、遠い国の地面の変化としてだけ見たくない。
それは、今日の暮らしを支えるために、明日の条件をどこまで使ってよいのかという問いでもある。
収穫のあとにも、水を蓄えられる土地が残ること。
その続きまでを、豊かさと呼びたい。
文・構成:三宅雅之/NEOTERRAIN Journal
※本記事は、研究論文、GFZ、UNESCOの公開資料に基づくデスクリサーチ記事です。沈下速度などの数値は、本文に記した研究・観測期間に基づき、現在の全地域の状況を示すものではありません。冒頭は資料に基づく情景表現で、現地取材の記録ではありません。
参考資料
- GFZ(2024年)Iran’s groundwater crisis and subsidence come to a head
- Payne et al.(2025年)Widespread Extent of Irrecoverable Aquifer Depletion Revealed by Country-Wide Analysis of Land Surface Subsidence Hazard in Iran
- Ashraf et al.(2021年)Anthropogenic drought dominates groundwater depletion in Iran
- UNESCO:The Persian Qanat
- Haghshenas Haghighi & Motagh(2024年)Uncovering the impacts of depleting aquifers: A remote sensing analysis of land subsidence in Iran

