桜のある風景と、アドリア海に面した街並み。
日本とクロアチアには、旅のきっかけになる強い景観がある。一枚の写真を見ただけで、「いつか行ってみたい」と思わせる力だ。
けれど、行きたい場所として知られることと、事業として選ばれ続けることは同じではない。いつ訪れるのか。何にお金を払うのか。誰と過ごすのか。そして、その土地で暮らす人に何が残るのか。
日本とクロアチアを比較すると、マーケティングが扱うものは商品だけではなく、土地で過ごす時間でもあると見えてくる。
本記事では、両国の観光と地域ビジネスを中心に、季節、顧客、価格、物語のつながりを考える。国民性の違いではなく、訪れる人と地域の事業者を結ぶ仕組みに注目したい。
1.日本の「四季」とクロアチアの「通年化」——訪れる時期も価値になる
日本政府観光局(JNTO)の観光情報では、春夏秋冬が旅行の入口として整理されている。季節の変化を、旅の目的へと結びつける発信だ。[1]
この考え方をマーケティングに置き換えると、「同じ土地に、別の時期に訪れる理由をつくる」となる。
春に歩いた街を、秋にもう一度歩く。夏に訪れた地域へ、冬の食事や滞在を楽しみに戻る。土地の価値を一度の訪問で使い切らず、季節ごとに違う体験として届けられる。
一方、クロアチア政府観光局は、2025年の実績発表で、夏の前後の時期の伸長と、通年の旅行先としての位置づけを重視している。[2]
ここに、今回の比較の焦点がある。
日本の四季の発信からは、季節を複数の旅の理由にする方法を学べる。クロアチアの通年化の方針からは、強い時期の人気を、ほかの時期へどうつなぐかという課題が見える。
もちろん、日本にも需要が集中する季節や地域はある。クロアチアにも一年を通じた魅力がある。「日本は分散できている、クロアチアは夏だけ」と単純化する話ではない。
大切なのは、混雑する時期の魅力を繰り返し宣伝するだけでなく、その時期以外に成立する価値を探すことだ。
「空いているから安い」から、「この時期だから体験できる」へ。その転換が、季節を扱うマーケティングの仕事になる。
2.クロアチアの顧客は、一つの国の中に収まらない
クロアチア政府観光局によると、2025年の延べ宿泊数は約1億1,010万泊。これは商業宿泊施設だけでなく、非商業宿泊施設やチャーター船の宿泊も含む集計である。
宿泊数が多い市場には、ドイツ、クロアチア国内、スロベニア、オーストリア、ポーランドなどが並ぶ。[2]
ここから考えられるのは、地域の事業者が向き合う市場が、国境を越えて広がっているということだ。
同じ宿でも、初めての長距離旅行で訪れる人と、近隣国から何度も訪れる人では、必要な情報が異なる。場所を知らない人にはアクセスや滞在の全体像が必要だろう。再訪する人には、前回との違いや新しい体験が意味を持つ。
日本の地域ビジネスでも、近隣住民、国内旅行者、訪日旅行者を一つの「お客様」にまとめると、伝えるべき内容がぼやける。
たとえば、同じ料理を紹介する場合でも、地元客には日常の使いやすさ、旅行者にはその土地で食べる意味が価値になりうる。
これは国籍だけで分ける話ではない。旅行目的、滞在日数、同行者、訪問経験によって、選ぶ理由は変わる。
翻訳を増やすことは入口である。その先には、相手が何を知っていて、何に迷い、どんな時間を求めているかを見極める仕事がある。
3.価格を比べやすくなるほど、「何が含まれるか」が重要になる
クロアチアは2023年1月1日にユーロを導入した。[3]
ユーロ圏の旅行者にとっては、通貨換算を挟まずに価格を見られる。マーケティングの視点では、ほかのユーロ圏の旅行先と、金額を同じ単位で比較しやすい環境になったと考えられる。
ただし、共通通貨だから価格だけで選ばれる、という意味ではない。比較しやすいからこそ、その金額で得られる体験を説明する必要がある。
クロアチア政府観光局の2025年実績発表でも、今後の課題として価格競争力と、価格に見合う品質・価値が挙げられている。[2]
宿泊料金を見たとき、旅行者が知りたいのは部屋の写真だけではない。食事は含まれるのか。移動は便利なのか。滞在中に何ができるのか。追加料金はどこで発生するのか。
日本でも、宿や体験サービスの魅力を「上質」「特別」「こだわり」と表現するだけでは、選ぶための情報が足りないことがある。
なぜその価格なのかを、具体的な内容で伝える。少人数で案内する時間、作り手と話せる機会、移動の負担を減らす手配など、価値を確かめられる形にする。
価格への納得は、雰囲気だけではつくれない。期待できることが明確になると、顧客は自分に合うかを判断できる。
4.「美しい土地」の次に、「そこで過ごす自分」を描く
景観は、関心を引く入口になる。しかし予約や購入に進むためには、そこで何をするのかが必要だ。
クロアチアの公式観光サイトも、「何をするか」という入口から旅の体験を案内している。[4]
日本の地域発信でも、風景や名物の紹介から一歩進み、その場所で過ごす時間を組み立てる余地がある。
たとえば、「歴史ある街並み」という説明を、朝の散歩、店主との会話、地域の食事、夕方の休憩へとつなぐ。個々の魅力が、半日や一日の過ごし方になると、旅行者は自分の予定に組み込みやすい。
ここで重要なのは、物語に予約や利用の導線を添えることだ。
魅力的な記事を読んでも、開催日、所要時間、料金、予約方法が分からなければ、行動は止まる。逆に、情報がすべて揃っていても、体験する意味が伝わらなければ、記憶には残りにくい。
物語が「行きたい」を生み、具体的な情報が「行けそう」を支える。
たとえば地域の食品なら、味や産地の紹介に加え、誰がどんな場面で食べているのか、旅行後も注文できるのかを伝える。旅の思い出が、帰宅後の購入につながる可能性も生まれる。
土地の物語は、旅先で完結する必要がない。
5.観光客と住民では、同じ店の役割が違う
観光を通じたマーケティングを考えるとき、訪れる人の満足だけを見てしまいやすい。
しかし、旅行者にとって特別な一日は、住民にとっての日常の一日でもある。
カフェで考えてみよう。旅行者は、その土地らしい料理や写真に残したい空間を求めるかもしれない。住民は、通いやすい価格、安定した営業時間、顔を覚えてくれる接客を大切にするかもしれない。
これは顧客像を考えるための例であり、すべての旅行者や住民に当てはまるわけではない。それでも、利用する文脈の違いは、商品やサービスを設計する手がかりになる。
旅行者向けの体験メニューと、日常使いのメニューを用意する。予約が集中する時間帯と、地域の人が利用しやすい時間帯を考える。旅の土産として買う商品と、暮らしの中で買い足す商品を揃える。
日本にもクロアチアにも応用できるのは、観光需要を取り込むことと、地域で使い続けられることを、同時に設計する視点だ。
売上を見る際も、来訪者数だけでなく、再訪、閑散期の利用、地域の顧客の継続利用まで追ってみる。その土地の事業が、どんな関係によって支えられているかが見えやすくなる。
6.PSELで読み解く、日本とクロアチアの地域マーケティング
ここまでの比較は、PSEL——Product/Story/Energy/Landの四つの視点で整理できる。
| 視点 | 日本の地域ビジネスで考えること | クロアチアの地域ビジネスで考えること |
|---|---|---|
| Product:商品・体験 | 季節の魅力を、購入・予約できる内容にする | 夏以外にも成立する滞在や体験を組み立てる |
| Story:物語 | 風景や名物が、暮らしとどう結びつくかを伝える | 強い景観の印象から、地域で過ごす時間へ広げる |
| Energy:熱量・関係 | 作り手や案内する人との接点をつくる | 多様な来訪者と、再訪につながる関係を育てる |
| Land:土地・条件 | 季節、交通、地域の生活に合う提供方法を考える | 来訪市場や時期の違いを踏まえて提供方法を考える |
これは両国の優劣を示す表ではなく、記事で見た課題を事業の問いへ置き換えたものである。
商品だけを増やしても、選ぶ理由が伝わらなければ届かない。物語だけを磨いても、利用しにくければ購入につながらない。接客の熱量があっても、地域の生活や事業の負担に合わなければ続かない。
四つをつなげると、「地域らしさ」が広告の言葉から、顧客が実際に経験できる価値へ変わっていく。
7.日本とクロアチアの比較から、明日試せること
地域の事業者が最初に取り組めるのは、大きなキャンペーンよりも、選ばれる理由の見直しだ。
まず、人気の時期以外に、誰が何を楽しめるかを一つ書き出す。値引きの案内だけでなく、その時期ならではの体験を言葉にしてみる。
次に、初めての人と、すでに知っている人に向けた説明を分ける。同じページでも、初訪問のための案内と、再訪する理由があると、使いやすさが変わる。
そして、価格の近くに、提供内容を置く。所要時間、含まれるもの、追加費用、予約条件を確認できるようにする。
最後に、購入後の接点を考える。次の季節の案内、商品の再注文、別の体験の紹介。もう一度関わる理由があれば、一度の訪問を関係の始まりにできる。
日本とクロアチアの比較が教えてくれるのは、土地の魅力は、知られるだけでは十分ではないということだ。
いつ、誰が、どんな時間を過ごせるのか。その約束を具体的に届けることが、「訪れたい」という気持ちを支える。
旅先で出会った風景が、次の季節にも思い出される。そこで買ったものが、暮らしの中でも選ばれる。
マーケティングには、その続き方をつくる役割がある。
参考資料
※公式資料で確認した事実と、それを踏まえたマーケティング上の考察を区別して記述しています。統計は主に2025年の実績を使用。クロアチアの延べ宿泊数と日本の訪日外客数は定義が異なるため、規模の単純比較は行っていません。
- 日本政府観光局(JNTO)「Seasons & Events」
- クロアチア政府観光局「Tourists in Croatia recorded 110 million overnights in 2025」(2026年1月7日)
- 欧州委員会「Croatia and the euro」
- クロアチア公式観光サイト「What to do in Croatia?」
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