雨が降れば、側溝へ流す。
側溝から下水道へ送り、下水道から河川や海へ排出する。
近代都市は、水をできるだけ早く、生活圏の外へ追い出すようにつくられてきた。
道路は舗装され、川はコンクリートで固められ、水田や湿地は住宅地や商業地へ変わった。都市の利便性は高まったが、雨水が地中へ染み込む場所は失われていった。
平常時には、この仕組みは効率的に機能する。
しかし、短時間に大量の雨が降れば状況は変わる。
屋根や道路に落ちた雨は、その場にとどまることなく排水口へ集まる。下水道や水路の処理能力を超えた水は、マンホールや側溝からあふれ、道路、地下街、住宅へ流れ込む。
都市が水を早く逃がそうとするほど、雨水は短時間に集中する。
この矛盾に向き合う考え方が、「スポンジシティ」である。
都市から、雨を受け止める場所が消えた
森林や草地では、雨の一部が葉や枝にとどまり、土壌へ染み込み、地下水となる。地表を流れる水も、植物や地形によって速度を落とす。
湿地や水田、氾濫原があれば、増えた水は一時的に広がることができる。
しかし、都市では多くの地表が、アスファルト、コンクリート、建物で覆われている。
こうした水を通しにくい地表は、雨を吸収しない。降った雨の多くが短時間で表面流出となり、下水道や河川へ流れ込む。
問題は、雨の総量だけではない。
同じ量の雨でも、数時間かけて川へ到達するのか、数十分で集中するのかによって、浸水の危険性は大きく変わる。
都市化とは、建物が増えることだけではない。
水が地中へ染み込み、ゆっくり移動する「時間」を失うことでもある。
河川があふれなくても、都市は浸水する
都市型水害を考えるとき、多くの人は大きな川の氾濫を想像する。
しかし都市では、河川の堤防が決壊しなくても浸水が起こる。
下水道、側溝、排水路などが雨水を処理しきれず、市街地に水があふれる「内水氾濫」である。
地下街、地下鉄、地下駐車場、道路のアンダーパス、周辺より低い住宅地などには、水が集まりやすい。
さらに、河川の水位が上昇すると、市街地の水を川へ排出しにくくなる。排水先を失った雨水が、都市内部に滞留することもある。
下水管を太くし、排水ポンプを増やし、地下調整池を整備することは重要である。
だが、市街地のすべての雨水を管渠へ集める構造のままでは、設備の想定を超える豪雨が降ったとき、負荷は一気に集中する。
そこで必要になるのが、水を流す前に、降った場所の近くで受け止めるという発想である。
スポンジシティとは何か
スポンジシティは、都市全体をスポンジのように機能させる都市設計の考え方である。
雨をすぐに排水するのではなく、
- 地表に一時的にためる
- 土壌へ浸透させる
- 植物に吸収させる
- 蒸発散によって大気へ戻す
- 必要に応じて再利用する
- 時間をかけて河川へ流す
という複数の経路をつくる。
そのために用いられるのが、都市湿地、雨庭、緑地、公園、緑化された水路、透水性舗装、屋上緑化、貯留槽などである。
スポンジシティという言葉は中国で広く知られるようになったが、その基本原理は、中国だけに特有のものではない。
米国の低影響開発、欧州の持続可能な都市排水、自然を活用した解決策、日本のグリーンインフラや流域治水にも、共通する発想がある。
重要なのは、名称ではない。
都市を、水を排除する場所から、水を受け止め、循環させる場所へ変えることにある。
中国が都市を「スポンジ」に変えようとした理由
中国では、急速な都市化によって、湿地、農地、河川沿いの低地が市街地へ転換されてきた。
一方で、都市型洪水、水不足、水質汚染、地下水位の低下など、複数の水問題が深刻化した。
これらを別々に解決するのではなく、雨水を都市内でため、浸透させ、浄化し、再利用する構想として進められたのがスポンジシティ政策である。
中国は、2030年までに都市域の80%をスポンジシティの考え方に適合させる目標を掲げた。雨水流出の抑制、水質改善、地下水涵養などを組み合わせる構想である。World Bank
公園を掘り下げて一時的な貯水空間にする。コンクリートで固められた水路を、植物のある河川空間へ戻す。道路や歩道に透水性の舗装を導入する。都市湿地を再生し、雨水を浄化する。
個々の施設は小さくても、流域全体に分散させれば、雨水が下水道へ到達する時間を遅らせられる。
水害対策だけでなく、乾燥時に利用できる水を残し、水質や都市環境も改善する。それがスポンジシティの理想である。
スポンジシティは、巨大豪雨を止められるのか
ただし、スポンジシティは洪水を消滅させる技術ではない。
雨庭や湿地、公園が受け止められる水量には限界がある。地中への浸透能力は土質によって異なり、地下水位が高い地域では、水を染み込ませにくいこともある。
長時間の雨で土壌が飽和すれば、浸透は進まなくなる。短時間に極端な雨が集中すれば、自然を利用した施設だけでは水を処理しきれない。
さらに、一部の公園や再開発地区だけを「スポンジ化」しても、流域の大部分が舗装されたままなら、効果は限定される。
整備した面積だけで、都市全体の安全性を判断することはできない。
どこに雨が降り、どこへ流れ、どの低地へ集まるのか。河川、下水道、地形、地下空間、土地利用を一体として考える必要がある。
スポンジシティは、ダム、堤防、下水道、排水ポンプを不要にするものではない。
それらに集中していた負荷を、都市の各所へ分散する仕組みである。
公園は、晴れた日と豪雨の日で役割を変えられる
土地が限られた都市で、防災専用の空間を広く確保することは難しい。
そこで重要になるのが、一つの土地に複数の役割を持たせる設計である。
晴れた日には、子どもが遊び、人が歩き、地域のイベントが開かれる公園。雨が降ったときには、周辺の道路や建物から流れ込む水を一時的に受け止める。
広場や運動場を周囲より少し低くする。植栽帯を雨庭として利用する。池や湿地をつくり、水位の変化を許容する。
大雨のときだけ水に沈む空間は、失敗した公園ではない。
浸水することをあらかじめ設計された、多目的な都市インフラである。
従来の都市計画では、水に沈む土地は問題と見なされてきた。
しかし、すべての場所を絶対に浸水させないことが難しくなれば、「どこに安全に水をためるか」を決めることが重要になる。
小さな雨庭は、都市全体の治水になるのか
雨庭は、屋根、歩道、駐車場などから流れてきた雨水を一時的にため、植物や土壌を通して地中へ浸透させる小さな緑地である。
一つの雨庭が受け止められる水量は、大規模な調整池と比べれば小さい。
しかし、住宅、学校、公園、道路、商業施設などに分散して配置すれば、雨水が一斉に下水道へ流れ込むことを抑えられる。
東京都も、雨庭などを活用して雨水流出を抑制する「あまみずグリーンインフラ」の導入を進めている。東京都
杉並区では、公園に雨庭をつくり、区民がその効果を体験する取り組みも行われている。杉並区
雨庭の価値は、単独で都市を洪水から守ることではない。
雨水を一か所に集中させず、流域の各所で少しずつ受け止めることにある。
防災施設が地下や河川沿いだけに存在するのではなく、日常の風景の中へ分散していく。
それがスポンジシティの基本構造である。
都市湿地は、水をためるだけではない
都市湿地が持つ機能は、雨水貯留だけではない。
道路や駐車場から流れ出す雨水には、細かな土砂、油分、タイヤ摩耗粒子、重金属、栄養塩などが含まれる場合がある。
湿地を通過することで、水の流れは遅くなる。土砂の一部が沈み、植物や微生物が栄養物質や有機物の循環に関わる。
湿地は、都市から河川や海へ流れ込む水の質を整える中間領域にもなる。
さらに、水面や植物からの蒸発散は周囲の熱環境に影響し、緑地は鳥や昆虫の生息地になる。人にとっては、散策、休息、環境教育の場所にもなる。
雨水を地下の巨大施設へ送れば、地上からは見えなくなる。
都市湿地として受け止めれば、水の循環が風景として見える。
水害対策が、地域の環境や日常の豊かさと結びつくのである。
すべての雨水を浸透させればよいわけではない
スポンジシティには、地域条件に応じた設計が必要である。
地盤が弱い場所や斜面では、過剰な浸透が地盤や斜面の安定性に影響する可能性がある。地下水位が高い地域では、雨水を地中へ入れる余地が少ない。
工場跡地や汚染土壌がある場所では、浸透した水が汚染物質を地下へ移動させる恐れもある。
沿岸低地では、海面上昇や高潮、地下水の塩水化も考慮しなければならない。
落ち葉や土砂で排水口が詰まれば、雨庭や浸透施設の機能は低下する。植物を植えれば終わりではなく、清掃、植生管理、堆積物の除去など、継続的な維持管理が必要になる。
自然を使うインフラも、管理を必要とする。
「自然だから低コスト」「緑を増やせば安全になる」と単純化すれば、期待した効果は得られない。
都市には、消された水の通り道がある
現在の街並みだけを見ていると、そこがかつてどのような土地だったかは分かりにくい。
湿地、水田、沼、谷戸、小河川、旧河道が埋め立てられ、その上に住宅や道路がつくられていることがある。
川を暗渠にしても、谷の地形が消えるわけではない。
湿地を埋めても、周辺より低いという土地の性質が完全になくなるわけではない。
豪雨時、水は人間が引いた道路や行政境界ではなく、地形に従って流れる。
かつての川筋や低地に水が集まるのは、都市の下に残された「水の記憶」が現れるからである。
スポンジシティを考えるには、現在の土地利用図だけでは足りない。
古地図、地形図、旧河道、地下水、過去の浸水履歴を重ね、どこに水を受け止める空間をつくるべきかを判断する必要がある。
日本の流域治水と、スポンジシティ
日本でも、河川だけで洪水を防ぐのではなく、流域全体で水害を軽減する「流域治水」が進められている。
国、自治体、企業、住民などが連携し、
- 河川や堤防を整備する
- ダムや遊水地を活用する
- 水田やため池に水をためる
- 公園や緑地で雨水を受け止める
- 住宅や施設に貯留・浸透設備を設ける
- 浸水リスクの高い場所で土地利用を見直す
- 避難情報やハザードマップを整備する
といった対策を流域全体で組み合わせる考え方である。国土交通省
中国のスポンジシティと日本の流域治水は、制度や背景が同じではない。
しかし、河川や下水道だけに負担を集中させず、都市、農地、森林、湿地を含む流域全体で水を受け止めるという点では共通している。
都市の中の雨庭や湿地は、流域治水を最も身近な場所で実装する装置ともいえる。
問題は「どこに水を置くか」である
スポンジシティの整備では、技術だけでなく、土地の使い方をめぐる合意形成が必要になる。
公園を一時的な貯水空間にすれば、大雨の後には利用できない時間が生じる。道路の一部を緑地へ変えれば、駐車や通行の空間が減る場合もある。
民有地に雨水貯留施設を設置しても、下流地域が受ける恩恵は所有者から見えにくい。
都市全体の安全性を高めるために、一部の土地が水を引き受ける。
その負担を誰が負い、誰が維持管理し、費用をどう分担するか。
これは土木技術だけでは解決できない。
補助制度、開発規制、容積率、税制、保険、地域管理などを組み合わせ、水を受け止める土地が社会的に評価される仕組みをつくる必要がある。
灰色か、緑か、ではない
下水道、排水ポンプ、地下調整池、堤防などの人工インフラは、これからも必要である。
一方、雨庭、湿地、公園、緑地、透水性舗装などのグリーンインフラにも限界がある。
重要なのは、どちらか一方を選ぶことではない。
大量の水を確実に運び、排出する灰色のインフラ。雨水を分散して受け止め、流出を遅らせる緑と水のインフラ。避難、情報、土地利用によって被害を小さくする社会的な仕組み。
複数の防御層を重ねることで、一つの設備が限界を超えても、都市全体が一気に機能を失わない構造をつくる。
スポンジシティとは、都市を柔らかくする思想である。
水を完全に支配しようとするのではなく、水が存在する場所と時間を、都市の中にあらかじめ用意しておく。
水に居場所を返す
雨は、災害になるために降るのではない。
土壌へ染み込み、植物を育て、地下水を満たし、川や海へ流れる。水循環の一部として都市に降っている。
しかし都市が、水を受け止める土と湿地を失えば、雨は短時間で排水口へ集中し、制御すべき負荷へ変わる。
これからの都市に必要なのは、雨を一滴も残さず排除する能力だけではない。
水が一時的に広がり、とどまり、染み込み、再び動き出せる場所である。
公園が豪雨時に水に沈む。
道路脇の小さな庭が雨をためる。
都市湿地が水を浄化しながら、ゆっくり川へ渡す。
それは、都市が水に負けた姿ではない。
水の動きを受け入れながら、被害を小さくするよう設計された都市の姿である。
都市を守るとは、すべての水を外へ追い出すことではない。
水に居場所を返すことなのである。

