建設需要が川と海岸を削る「世界の砂危機」
高層ビル、マンション、道路、橋、空港、堤防。
私たちが暮らす都市は、膨大な量のコンクリートによって支えられている。
コンクリートは、人工的につくられた近代的な素材に見える。しかし、その大部分を占めているのは、砂や砂利といった自然の資源だ。
都市の足元に広がる灰色の地面は、もともとどこかの川底であり、海底であり、山から長い時間をかけて運ばれてきた土砂だった。
私たちは都市を建設するたびに、別の土地から砂を移動させている。
その規模が、自然の回復速度を超え始めている。
世界で年間約500億トンが使われている
国連環境計画(UNEP)が2026年5月に公表した報告によると、世界では砂や砂利が年間約500億トン使われている。
さらに、建築に使われる砂の需要は、2060年までに最大45%増加すると予測されている。
人口増加、都市化、住宅建設、交通インフラの整備。経済が成長し、人々の暮らしが豊かになるほど、必要とされる砂の量も増えていく。
砂や砂利は、水に次いで大量に利用される資源ともいわれる。しかし、石油や森林と比べると、その採取場所や流通経路が社会的に意識されることは少ない。
砂は、どこにでもあるように見えるからだ。
だが、地球上に砂が大量に存在することと、建設に適した砂を、環境を壊さずに利用できることは同じではない。
コンクリートの骨材には、粒の大きさや形、強度、含まれる塩分や不純物など、一定の条件が求められる。砂漠、川、海岸、海底に存在する砂を、すべて同じように使えるわけではない。
世界が直面しているのは、単純な「砂の消滅」ではない。
都市が必要とする場所と速度に対して、環境を維持しながら供給できる砂が足りなくなる問題なのである。
砂は、山から海へ移動している
自然のなかで、砂は静止していない。
山の岩石が雨や風、気温の変化によって削られ、川へ流れ込む。土砂は洪水などによって下流へ運ばれ、河口から海へ出て、波や沿岸流によって海岸に分配される。
砂浜は、最初からそこに置かれていたものではない。
山、川、海がつながる長い土砂循環のなかで、少しずつ形成されてきた地形だ。
川底から大量の砂利を採れば、下流へ運ばれる土砂が減る。ダムが土砂をせき止めれば、河口や海岸への供給も変化する。港や防波堤は、海岸に沿って動く砂の流れを遮ることがある。
どこか一か所で砂の動きを変えると、その影響は数十キロ離れた海岸に現れる可能性がある。
砂の問題は、採取地点だけを見ても理解できない。
山から川、河口、海岸までを、一つの「流砂系」として考える必要がある。
海底からも毎年大量の砂が採られている
砂の採取は、陸上だけで行われているわけではない。
UNEPの「Marine Sand Watch」によると、世界の海洋・沿岸域では、砂、砂利、シルトなどの堆積物が年間約40億〜80億トン浚渫されていると推計されている。
これは、毎日100万台を超えるダンプトラックで海底の土砂を運び出す規模に相当する。
海底の砂を取り除けば、水が濁り、海底地形が変化する。底生生物の生息場所が失われ、魚類や貝類の産卵・生育環境、漁業にも影響が及ぶ可能性がある。
海岸付近での過剰な採取は、波や高潮に対する自然の防御力を弱める。地下水への塩水侵入や、観光資源である砂浜の消失につながることもある。
砂は、建設資材であると同時に、生態系を支える基盤でもある。
UNEPは、都市やインフラに使われる砂だけでなく、自然のなかに残され、生物の生息地や防災機能を支えている砂の価値にも目を向けるよう求めている。
砂浜は、余っている砂の置き場ではない。
海面上昇や高潮から陸地を守る「自然のインフラ」でもある。
日本の海岸侵食にも、砂利採取の記憶がある
日本でも、高度経済成長期には建設骨材の需要が急増し、多くの河川で砂利が採取された。
同じ時期に、治水や水資源確保のためのダム建設、港湾や漁港の整備も進んだ。これらの複数の要因が重なり、山から海までの土砂の流れが変化したと国土交通省は指摘している。
象徴的な事例の一つが、静岡県の安倍川と静岡・清水海岸である。
戦後、安倍川で建設骨材となる砂利が大量に採取された結果、海岸への土砂供給が減少し、静岡海岸で侵食が進んだ。その後、河川での砂利採取規制や養浜などが行われ、砂浜は回復傾向へ転じた。
ここで重要なのは、海岸で起きている問題の原因が、必ずしも海岸だけにあるわけではないということだ。
砂浜が痩せたから、別の場所から砂を運んで補充する。
それだけでは、根本的な解決にならない場合がある。上流から河口、海岸へと続く砂の流れそのものを回復させなければ、投入した砂も再び失われてしまうからだ。
日本で進められている総合土砂管理は、ダムにたまった土砂の移動、河道掘削土の活用、養浜、サンドバイパスなどを組み合わせ、山から海までの土砂収支を調整しようとする取り組みである。
砂は採取する「資源」であるだけでなく、流域のなかを移動させるべき「循環物」でもある。
都市の発展は、遠くの自然に支えられている
都市に住む人は、砂の採取現場を見ることがほとんどない。
完成したマンションを見ても、そのコンクリートに使われた砂が、どこの川や海底から運ばれてきたのかは分からない。
資源の採取地と消費地が離れているため、都市の発展が別の地域に与える影響が見えにくくなっている。
砂を採取する地域では、河岸侵食、洪水リスク、地下水位の変化、水質悪化、漁業や農業への影響が生じることがある。規制や監視が弱い地域では、無許可採取や不透明な取引が地域社会の不安定化につながる。
便利で美しい都市の風景と、削られていく川底や海岸は、別々の出来事ではない。
一方の土地に蓄積される豊かさが、別の土地から資源を取り除くことによって成立している場合がある。
それは石油、木材、鉱物、食料だけではない。
どこにでもあると思われてきた砂にも、同じ構造が存在している。
砂を使わずに都市はつくれるのか
現代社会から、砂の利用をすぐになくすことは難しい。
住宅、学校、病院、道路、防災施設など、人々の生活と安全を支えるインフラには、今後も大量の建設材料が必要になる。発展途上地域に対して、一方的に「建設を止めるべきだ」と求めることも現実的ではない。
必要なのは、砂を使うか使わないかという二者択一ではない。
どの砂を、どこから、どれだけ、どのような方法で利用するのかを社会全体で管理することである。
まず、海岸や沿岸の活発な土砂移動帯、生物多様性の高い場所など、採取してはならない区域を明確にする必要がある。
次に、衛星情報や船舶データを活用して採取量と場所を監視し、建設資材の調達経路を追跡できる仕組みを整えることが重要になる。
都市側でも、新しい砂の使用量を減らすことはできる。
解体されたコンクリートから再生骨材をつくる。採石によって生じる砕石や人工砂を、環境条件と品質を確認しながら活用する。建物を長寿命化し、安易な解体と建て替えを減らす。既存建築を改修し、使い続ける。
設計段階で必要な材料を減らすことも、砂の採取量を抑えることにつながる。
「廃棄物を再利用する」という発想だけではなく、そもそも都市を壊しては建て直す速度そのものを見直す必要がある。
足元のコンクリートは、どこかの川だった
砂は、小さな粒である。
一粒だけを見れば、その価値も、失われたときの影響も分かりにくい。
しかし、何十億トンという規模で移動させれば、川底の高さが変わり、海岸線が後退し、生物の生息地や人々の暮らしまで変化する。
世界の砂危機が問いかけているのは、地球上に砂が何粒残っているかではない。
自然が砂をつくり、運び、海岸を維持する時間と、人間が砂を採り、消費する速度の間に、どれほどの差が生まれているのか。
そして、その負担をどの土地が引き受けているのかという問題である。
私たちが歩いている道路も、暮らしている建物も、遠くの自然とつながっている。
都市の足元にあるコンクリートは、かつてどこかの山であり、川であり、海岸だった。
その来歴を想像することから、砂を単なる安価な材料ではなく、自然と社会を支える有限の資源として捉え直すことが始まる。

