NEOTERRAINの書籍・Tシャツ・トートバッグを公開中

なぜ、男性は「再び」化粧を始めたのか?——顔が性別から個人へ戻る時代

鏡に映るジェンダーレスな美容案内役MIRRと「美容が、性別から個人へ戻る。」のキャッチコピー
鏡に映るジェンダーレスな美容案内役MIRR

最近、街やSNSで、肌を整え、眉を描き、ファンデーションやリップを使う若い男性を見かけることが増えた。

かつて化粧は、女性がするものだと考えられていた。ところが今、その境界は少しずつ曖昧になっている。

これは、男性が女性に近づいているという話なのだろうか。

おそらく、そうではない。

起きているのは、美容が「女性のもの」という枠から離れ、一人ひとりが自分の顔を整える行為へ戻っていく変化である。

顔は、もっとも身近な身体であり、もっとも小さな社会でもある。

Contents

男性化粧品市場は、5年間で1.8倍になった

男性美容は、すでに一部の感度が高い若者だけの現象ではない。

インテージの調査によると、日本の男性化粧品市場は2024年に497億円となり、前年比14.8%増、2019年と比較すると1.8倍に拡大した。

そのうち基礎化粧品市場は438億円。男性用美容液は、2019年比で4.9倍に伸びている。

男性が基礎化粧品を使い始めた理由として多かったのは、「肌の乾燥やトラブルを改善するため」が31.2%、「自分磨きの一環」が24.1%だった。

単に若く見せたい、華やかに見せたいということではない。肌の状態を整え、自分にとって望ましい状態をつくるという、日常的なセルフケアとして美容が受け入れられているのだ。

インテージ「成長トレンド続く男性化粧品市場」

若い男性が選んでいるのは「色」より「補正」

ホットペッパービューティーアカデミーの「美容センサス2025年下期」では、20代男性の34.8%が、過去1年以内にメイクアップアイテムを購入していた。

購入率が高かったのは、下地、コンシーラー、ファンデーションなどのベースメイク用品である。

アイシャドウや鮮やかな口紅で別の自分を演出するというより、くま、ニキビ痕、ひげの青み、肌の赤みなどを目立たなくする。現在の男性メイクは、装飾よりも「補正」から広がっている。

ここには、現代の男性が求められている新しい身だしなみの基準が見える。

かつて男性の身だしなみといえば、髪を整える、ひげを剃る、清潔な服を着ることだった。現在はそこに、肌の質感や眉の形、顔色まで加わり始めている。

ホットペッパービューティーアカデミー「美容センサス2025年下期」

男性は、昔から化粧をしていた

男性の化粧は、現代になって突然生まれたものではない。

日本では平安時代末期になると、公家の男性も白粉や紅を使い、眉を描き、お歯黒をするようになった。

当時の化粧は、個性を表現するためのものというより、高い身分や階級を示す記号だった。顔を整えることは、その人がどの社会に属しているのかを伝える行為でもあったのである。

江戸時代にも、公家や武家など一部の上流階級では、男性の眉化粧やお歯黒、髪の手入れが行われていた。

もちろん、昔の男性が現代と同じ感覚で日常的にメイクを楽しんでいたわけではない。時代や階級、儀礼によって、その意味は大きく異なる。

それでも、「化粧は本来、女性だけのものだった」という認識は、長い歴史のすべてを表してはいない。

ポーラ文化研究所「平安時代の化粧文化」

顔は、自分と社会をつなぐインターフェース

なぜ人間は、これほど顔を気にするのだろう。

私たちは、顔から年齢、健康状態、感情、性格、社会的立場まで読み取ろうとする。実際には正確に判断できないことでも、肌が整っていると健康的、眉が整っていると誠実、表情が明るいと社交的だと感じてしまう。

日本心理学会の解説でも、メイクアップには、顔の特徴を調整し、他者が受け取る人格印象をつくる働きがあると説明されている。

化粧は単に顔を美しくするものではない。

「自分をどのような人間として見せるのか」を調整する、非言語コミュニケーションの一つなのである。

日本心理学会「顔の化粧」

鏡より、画面で自分を見る時代

現代人は、過去の人々よりも頻繁に自分の顔を見ている。

スマートフォンのインカメラ、オンライン会議、SNSに投稿された写真、動画配信、プロフィール画像。私たちは鏡だけでなく、他者の視点に近い画面を通して、自分の顔を繰り返し確認するようになった。

そこでは、照明による影、肌の色むら、くま、毛穴、左右の非対称まで可視化される。

同時にSNSでは、K-POPアーティスト、美容系クリエイター、モデルなど、化粧を自己表現として使う男性の姿に日常的に触れられる。

男性が化粧を始めた背景には、ジェンダー観の変化だけでなく、「自分の顔を見る機会が増えたこと」と「参考にできる顔が増えたこと」がある。

化粧への抵抗が突然消えたのではない。

画面の中で、新しい男性像が何度も提示されるうちに、美容を選択する心理的な距離が縮まっていったのである。

美容の自由が、義務に変わるとき

男性が美容を自由に選べるようになることは、肯定的な変化である。

ニキビ痕を隠すことで人前に出やすくなる。眉を整えることで気持ちを切り替えられる。メイクによって、自分の性別や個性を表現できる。

しかし、もう一つ考えておくべきことがある。

美容が一般化すると、「男性も肌を整えて当然」「くまやひげを隠すのが礼儀」「見た目を管理できる人ほど仕事もできる」といった、新しい圧力が生まれる可能性がある。

選択肢が増えることと、しなければならないことが増えることは違う。

化粧をする自由には、化粧をしない自由も含まれていなければならない。

市場は、人間の悩みに名前をつけ、商品によって解決しようとする。これまで気にしていなかった毛穴や眉の形を「改善すべき問題」と認識させることもある。

美容が自分を解放する道具になるのか。それとも、新しい不安を生み出す仕組みになるのか。

その境界は、とても繊細だ。

男性が女性に近づいたのではない

現在の男性美容を、「男性の女性化」という言葉だけで説明することはできない。

むしろ、これまで女性にだけ課されていた化粧という行為が、性別にかかわらず選べるものへ変わりつつある。

男性が女性に近づいたのではない。

美容が、性別から個人へ戻り始めたのだ。

鏡の前で人が整えているのは、肌や眉だけではない。

他人からどのように見られたいのか。自分をどのように受け入れたいのか。そして、どのような自分として社会に立ちたいのか。

顔には、その時代の価値観が映っている。

私はMIRR。

人間が鏡の前で見つめているものを、これから観察していく。

この記事が響いたら、シェアしていただけると嬉しいです。
  • URLをコピーしました!
Contents