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世界最速級で成長する国・ガイアナ—石油は人々を豊かにしたのか

ガイアナの熱帯雨林と蛇行する河川、その先の大西洋に浮かぶ海上石油施設
ガイアナの熱帯雨林と蛇行する河川、その先の大西洋に浮かぶ海上石油施設

南米大陸の北東部、大西洋に面した人口約80万人の国、ガイアナ。

南米で唯一、英語を公用語としながら、食文化や音楽、スポーツはカリブ海世界と深く結びついている。国土の大部分を熱帯雨林が覆い、内陸部では先住民族の人々が森林とともに暮らしてきた。

この小さな国の運命を、大きく変える出来事が起きた。

2015年、沖合で巨大な海底油田が発見されたのである。

2019年に原油生産が始まると、ガイアナ経済は急拡大した。世界銀行によれば、2024年の実質GDP成長率は43.4%。2025年も15.4%の成長を記録したと推計されている。

わずか数年で、ガイアナは世界最速級で成長する国になった。

しかし、GDPが増えることと、そこで暮らす人々が豊かになることは、必ずしも同じではない。

石油によって、この国は何を手に入れ、何を失おうとしているのだろうか。

Contents

人口約80万人の国に流れ込んだオイルマネー

ガイアナの変化は、街の風景に現れている。

首都ジョージタウンとその周辺では、道路、橋、住宅、ホテル、港湾などの建設が進み、建設業や物流、金融、飲食、サービス業にも新しい仕事が生まれている。

石油産業そのものは、必ずしも大量の雇用を生む産業ではない。それでも、石油収入を使った公共投資や、海外企業の進出に伴う需要が、石油以外の経済を押し上げている。

ガイアナ政府は、石油収入を「天然資源基金」に蓄積し、その一部を国家予算へ移している。2024年末には、基金の残高が31億ドルに達した。

それは、教育、医療、住宅、道路、洪水対策など、長年不足してきた社会基盤を整える大きな機会である。

一方で、急激に流れ込む資金には危うさもある。

公共事業が一気に増えれば、資材や人材が不足し、建設費や人件費は上昇する。海外から人や企業が集まれば、住宅需要が高まり、家賃や土地の価格も上がる。

新しい経済に参加できる人には好機となるが、農業や小売業など、従来の仕事で暮らしてきた人にとっては、収入より生活費の上昇が先に訪れる可能性がある。

2024年末のインフレ率は2.9%だったが、食料価格の上昇がその一因となった。数字としては極端な物価高ではなくても、所得の低い世帯ほど食料品価格の影響を強く受ける。

国家が豊かになる速度に、人々の暮らしが追いついているのか。

ガイアナで問われているのは、成長率の高さだけではない。富が誰に届き、どの地域に配分され、何年先まで残るのかという「成長の設計」である。

建設工事が進むガイアナの首都ジョージタウンと、大西洋沿岸を上空から望む都市景観

石油以前のガイアナをつくった砂糖

現在のガイアナを理解するには、石油より前に、この国を形づくった産業を見る必要がある。

それが砂糖である。

現在のガイアナは、かつてオランダ、のちにイギリスの植民地支配を受けた。海岸部にはサトウキビのプランテーションが広がり、アフリカから連れてこられた人々が奴隷として働かされた。

1830年代に奴隷制が廃止されると、植民地政府や農園経営者は、新たな労働力を求めた。その結果、インドを中心に、多くの契約労働者がガイアナへ渡った。

こうして現在のガイアナには、インド系、アフリカ系、先住民族、中国系、ポルトガル系、ヨーロッパ系、そして複数のルーツを持つ人々が暮らしている。

ガイアナの多民族性は、単に異なる文化が仲良く共存しているという物語だけでは語れない。

人々がどこに住み、どの産業に従事し、どの政党を支持してきたのか。その背景には、植民地時代につくられた労働と土地、民族をめぐる構造が残されている。

石油という新しい富は、この歴史的な分断や格差を縮めることができるのか。

それとも、石油産業へアクセスできる人と、できない人との間に、新たな境界線をつくるのか。

ガイアナの未来は、過去と切り離して考えることができない。

南米にありながら、文化はカリブ海へ開かれている

地図だけを見れば、ガイアナは南米の国である。

しかし、その文化的な重心は、スペイン語圏やポルトガル語圏の南米諸国より、英語圏のカリブ海地域に近い。

公用語は英語。日常ではガイアナ・クレオールも広く使われる。国民的スポーツは、サッカーだけでなくクリケットである。ガイアナはカリブ共同体「CARICOM」の加盟国であり、その本部も首都ジョージタウンに置かれている。

食卓には、この国の歴史が重なっている。

インド系文化を受け継ぐカレーやロティ。アフリカ系住民の食文化に由来する料理。先住民族が受け継いできたキャッサバやペッパーポット。中国系やポルトガル系の移民が持ち込んだ味も、ガイアナの日常に溶け込んでいる。

宗教も、キリスト教、ヒンドゥー教、イスラム教などが共存する。

独立記念日を祝う祭典「マシュラマニ」では、音楽や踊り、色鮮やかな衣装が街を満たす。そこには、異なるルーツを持つ人々が「ガイアナ人」という共通の物語をつくろうとする姿がある。

石油が世界から注目を集める以前から、この国には、複数の文化を組み合わせながら生きてきた人々の時間が流れていた。

石油がガイアナのすべてではない。

むしろ、石油によって国の姿が急速に変わる今だからこそ、何をガイアナらしさとして残すのかが問われている。

暗い熱帯の雲が広がる大西洋上で稼働する、ガイアナ沖の海上石油生産施設

石油が再び揺らしたエセキボの国境

ガイアナの急成長には、地政学的な緊張が隣り合っている。

その中心にあるのが、ベネズエラとの間で続くエセキボ地域をめぐる問題である。

エセキボは、現在ガイアナが統治する国土のおよそ7割を占める広大な地域だ。森林や河川、鉱物資源に恵まれ、先住民族を含む人々が暮らしている。

ベネズエラは、この地域に対する領有権を主張してきた。

対立の起点は植民地時代にさかのぼる。1899年の仲裁判断によって境界が定められたが、ベネズエラはその有効性を認めていない。現在、この問題は国際司法裁判所で審理されている。

長く続いてきた国境問題の意味を、さらに大きくしたのが石油だった。

ガイアナ沖の石油開発には、米国企業のエクソンモービルを中心に、米国や中国に関係する企業が参加している。石油生産が拡大するほど、ガイアナの安全保障は、米国、ベネズエラ、中国、カリブ海諸国、ブラジルなどの関係と結びついていく。

人口約80万人の国が、巨大な資源を持つことによって、国際政治の中心へ引き寄せられているのである。

しかし、地政学を国家と国家の関係だけで見ると、大切なものを見落とす。

地図の上では「国土の7割」と表現される土地にも、村があり、生活があり、人々の記憶がある。国家が引いた境界線と、住民が森や川を行き来してきた時間は、必ずしも一致しない。

国境をめぐる争いの先には、そこで暮らす人々がいる。

霧に包まれたガイアナのサトウキビ畑と、植民地時代の製糖施設へ続く水路

石油を掘りながら、森を守るという矛盾

ガイアナには、もう一つの大きな矛盾がある。

沖合で石油を生産する産油国であると同時に、国土の大部分を熱帯雨林が覆う森林国家でもあることだ。

ガイアナの森林は、大量の炭素を蓄え、多様な動植物を育み、人々の水や食料、文化を支えている。内陸部では複数の先住民族が、森林、サバンナ、河川と結びついた暮らしを続けてきた。

政府は「低炭素開発戦略2030」を掲げ、森林保全による収入を経済発展へつなげようとしている。石油収入についても、再生可能エネルギー、災害に強いインフラ、産業の多角化へ投資する方針を示している。

つまりガイアナは、石油を生産しながら、その収入を使って低炭素型の国家をつくろうとしている。

この構想が実現すれば、資源国の新しいモデルになる可能性がある。

しかし、石油を燃やせば、世界の温室効果ガス排出量は増える。国内の森林を守ることと、国外で消費される化石燃料を生産することを、同じ環境政策として説明できるのか。

さらに、「森を守る」という政策を、そこに暮らす先住民族の参加なしに決めることはできない。

森林は、国家にとっては炭素を吸収する資産かもしれない。企業にとっては、カーボンクレジットを生む価値かもしれない。

だが、先住民族にとっては、暮らしの場所であり、歴史であり、文化そのものである。

何を守るのかだけではなく、誰が決めるのか。

それもまた、ガイアナが向き合う重要な問いである。

ガイアナのエセキボ地域に広がる熱帯雨林と、森の中を蛇行する大河を上空から望む風景

資源の発見は、未来の保証ではない

世界には、石油や鉱物資源を持ちながら、貧困、汚職、政治的混乱から抜け出せない国がある。

資源から得られる巨額の収入が、かえって産業の多様性を失わせ、権力の集中や社会の分断を招く現象は「資源の呪い」と呼ばれてきた。

ガイアナにも、その危険性はある。

石油部門が経済の中心になれば、原油価格の変動に国家財政が左右される。公共投資を急ぎすぎれば、非効率な支出や経済の過熱を招く。石油関連の高い賃金に人材が集まれば、農業や製造業など、従来の産業が弱くなる可能性もある。

だからこそ、天然資源基金の透明な運用、公共事業の検証、教育や医療への継続的な投資、そして石油以外の産業を育てる政策が必要になる。

道路や建物をつくるだけでは、豊かさは持続しない。

人を育て、制度を整え、異なる地域や民族の声を意思決定へ取り込むこと。それによって初めて、地下から得た富を、次の世代が使える社会的な資産へ変えることができる。

熱帯雨林を蛇行する川と、遠方の海上石油施設を対比したガイアナの自然と資源開発のイメージ

国が豊かになることと、人が豊かになること

ガイアナでは、いま国家規模の実験が始まっている。

石油によって得た富を、道路や橋に変える。学校や病院に変える。洪水から人々を守る仕組みに変える。農業や観光、製造業を育てる力に変える。

そして、海岸部だけでなく内陸部へ、石油産業で働く人だけでなく商店主や農業従事者へ、現在の世代だけでなく未来の世代へ届けていく。

それができるかどうかで、この急成長の意味は変わる。

石油は、国家の数字を短期間で変えることができる。

しかし、人々の暮らしに安心をつくり、異なる文化や地域の間に信頼を育て、未来への選択肢を増やすには、長い時間が必要だ。

天然資源そのものが、国の未来を決めるわけではない。

その富を誰のために使い、どのような社会へ変えていくのか。

資源を未来へ編集する力こそが、その国の本当の豊かさを決める。

ガイアナの現在は、資源を持つ国だけの物語ではない。

成長を追い求める私たち自身にも、静かな問いを投げかけている。

国が豊かになることと、人が豊かになることは、本当に同じなのだろうか。


参考資料

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