愛媛県を「みかんの県」として知っていても、地図を少し引いて眺めると、別の姿が見えてくる。
北には島々が連なる瀬戸内海。南西には入り江が深く刻まれた宇和海。背後には四国山地が迫り、県土は東西に長い。愛媛はひとつの海岸線に沿って広がる県でありながら、場所によって海の表情も、産業の成り立ちも異なる。県は地域を東予・中予・南予の三つに分けている。[1][2]
なぜ東予には工業が集まり、南予には柑橘と養殖が根づいたのか。そして松山は、そのあいだで何を担うのか。 地形と移動の方向から、愛媛の地域構造を読み解く。
佐田岬を境に、海の条件が変わる
愛媛の地図で目を引くのは、西へ細長く突き出す佐田岬半島だ。半島の北側は瀬戸内海、南側は宇和海に面する。東予・中予の瀬戸内側は比較的雨の少ない温暖な気候で、南予の宇和海側はそれより降水量が多い。宇和海沿岸には入り江の多いリアス海岸が続く。[2][3]
この違いは景観にとどまらない。海岸の形、山との距離、利用できる土地や水が変われば、港や産業の置かれ方も変わる。ただし、地形だけで現在の産業が決まったわけではない。資源開発、交通網、企業の投資、人々の技術の蓄積が、地形上の条件と重なって今の愛媛をつくった。
東予|海沿いに連なる、ものづくりの都市
県東部の東予には、四国中央、新居浜、西条、今治と、異なる産業を持つ都市が連なる。四国中央の紙関連産業、新居浜周辺の非鉄金属・化学・機械、今治の造船と海事関連産業は、東予を語るうえで欠かせない。[4]
ここで注目したいのは、工業に必要な水である。県によると、吉野川水系・銅山川のダム開発と分水は四国中央市の生活用水、工業用水、農業用水を支え、製紙産業の発展につながった。海に面していることだけでなく、山の向こうの水をどう使うかが産業の規模を左右した。[5]
今治の向きはさらに複雑だ。海事都市として瀬戸内海に開くと同時に、しまなみ海道によって島々を経て広島県尾道市と結ばれている。海上交通に培われた地域が、道路でも本州とつながる。今治は四国の端ではなく、本州との接点でもある。[6]
東予をひとつの「工業地帯」と呼ぶと、都市ごとの違いが見えにくい。紙には大量の水が要る。造船には海と海事産業の集積が要る。別子銅山に始まる新居浜の産業史もある。それぞれの条件を持つ都市が瀬戸内側に並ぶところに、東予の厚みがある。[4][5]
中予|松山に集まる人と機能
県都・松山を中心とする中予は、愛媛の行政、商業、教育、交通の機能が集まる地域だ。県の土地利用計画も、中予を県内外から人・モノ・情報が集まる多機能圏域として位置づけている。[7]
東西に長い県土では、各地の役割は均一にならない。東予のものづくり、南予の農水産業に対して、中予は人や情報が集まり、県内外を結ぶ役割を担う。これは各地域を単純に分業させるという意味ではない。愛媛全体を理解するには、生産の場所だけでなく、それを支える都市機能にも目を向ける必要がある。
松山から海を眺めれば、瀬戸内海の向こうに本州がある。愛媛は四国の内側だけで閉じた土地ではない。海を越える移動を含めて県の位置を捉えると、松山の中心性も違って見える。
南予|斜面が育てる柑橘、入り江が支える養殖
南西へ進むと、海岸は入り組み、山が海に迫る。南予の沿岸では、限られた平地の代わりに斜面が柑橘の園地となってきた。県は宇和海沿いの傾斜地で温州みかんやポンカン、河内晩柑などが栽培されると説明している。[8]
宇和海はまた、愛媛の水産業を支える海だ。県の公表資料では、愛媛県の養殖マダイ生産量は令和5年に全国1位だった。柑橘と養殖という二つの産業は、同じ南予の地形を、陸と海から使いこなしてきた姿ともいえる。[9]
ただし、穏やかに見える入り江にも変化はある。赤潮は魚類養殖に影響しうるため、県は宇和海沿岸の監視を行っている。海の恵みを産業に変えるほど、水質や海況を見続ける必要も大きくなる。[10]
南予の内陸にも目を向けたい。山々に囲まれた盆地は沿岸とは気候が異なり、県内でさえ「南予」を一枚の風景として語れない。愛媛の地域差は、東予・中予・南予という区分の内側にもある。[8]
海がつなぐ一方で、山が距離をつくる
愛媛の地政学を考えるとき、「四国の西端」という言い方だけでは足りない。今治からはしまなみ海道で本州へつながり、沿岸には港が並ぶ。その一方、県内を南西へ進めば、山と入り組んだ海岸線によって移動の条件は変わっていく。[1][6]
つまり愛媛は、海の向こうには開かれ、県内には異なる距離感がある県だ。これは地図と地形から導ける見立てであり、実際の所要時間や物流量を一律に示すものではない。それでも、東予の産業、中予の都市機能、南予の一次産業がそれぞれ異なる方向を向いて発達した理由を考える手がかりになる。
愛媛は「ひとつの県、三つの視点」で見えてくる
瀬戸内海に沿って工業都市が連なる東予。人と情報が集まる松山を抱く中予。宇和海の入り江と斜面を生かす南予。
愛媛県は、その三つを単純につなぎ合わせた土地ではない。佐田岬が分ける二つの海と、背後に迫る山々のあいだで、それぞれの地域が異なる方法で外の世界と関係を築いてきた。
みかん畑から海を見下ろすとき。今治の造船所を眺めるとき。松山から島々の向こうへ目を向けるとき。同じ県の風景に、それぞれ別の地図が重なっている。
参考資料
[1]愛媛県「県内市町情報」
[2]愛媛県「愛媛県のすがた」
[3]愛媛県「愛媛の水事情・地勢と気候」、愛媛県「自然環境の概要」
[4]愛媛県「地域再生計画」
[5]愛媛県「主な水資源開発の歴史」
[6]国土交通省「しまなみ海道」、来島海峡大橋
[7]愛媛県「第五次国土利用計画(愛媛県計画)案の概要」
[8]愛媛県「管内農業の概要」
[9]愛媛県「愛媛県の特産物」
[10]愛媛県「宇和海で発生した有害赤潮について」

