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なぜ緊張すると、お腹が痛くなるのか?─脳と腸をつなぐ「見えない会話」

緊張するとお腹が痛くなる理由を、HUEとルーモが脳腸相関の仕組みから解説するイラスト
緊張するとお腹が痛くなる理由を、HUEとルーモが脳腸相関の仕組みから解説するイラスト

大事なプレゼンの直前。

試験会場へ向かう電車の中。

初めて会う人との約束。

さっきまで何ともなかったのに、急にお腹が痛くなる。

「こんなときに限って、なぜ?」

食べ物が悪かったわけでもない。
お腹を冷やした覚えもない。

ただ、緊張している。

それなのに、頭の中で起きているはずの「緊張」が、どうして遠く離れたお腹にまで現れるのでしょうか。

実は、脳と腸はそれぞれ独立して動いているわけではありません。

その間では、私たちが意識していないところで絶えず情報が行き来しています。

脳と腸は、会話している。

人間って、不思議ですよね。


Contents

腸は、ただ食べ物を運ぶ管ではない

私たちは腸というと、

「食べ物を消化して、栄養を吸収する場所」

というイメージを持っています。

もちろん、それは間違いではありません。

しかし腸には、それだけでは説明できない複雑な仕組みがあります。

消化管の壁には、**腸管神経系(Enteric Nervous System:ENS)**と呼ばれる独自の神経ネットワークが存在します。

腸管神経系は、腸の動きや分泌など、消化管のさまざまな機能を局所的に調節しています。脳や脊髄から切り離されても一定の反射活動を行えるほど独自性の高い神経系です。(PMC)

ただし、腸が完全に脳から独立しているわけではありません。

脳と腸の間では、神経系をはじめ、内分泌系や免疫系などを介した双方向の情報交換が行われています。

これが一般に、

「脳腸相関(gut-brain axis)」

と呼ばれる関係です。(PMC)


緊張すると、身体では何が起きるのか

大勢の前で話す直前を想像してみましょう。

心臓が速くなる。

手のひらに汗をかく。

口が乾く。

呼吸が変わる。

そして、人によってはお腹が痛くなる。

一見すると別々の現象ですが、その背景には身体のストレス反応があります。

人間がストレスを感じると、自律神経系や視床下部―下垂体―副腎系(HPA軸)など、複数のシステムが関与する反応が起こります。

そして、その影響は消化管にも及びます。

研究ではストレスによって胃腸の運動、分泌、知覚、バリア機能などが変化し得ることが知られています。(PubMed)

つまり、

緊張は「頭の中だけ」で起きているわけではない。

身体全体が、それに応答しているのです。


なぜ「プレゼン」で身体が反応するのか

ここで少し不思議なことがあります。

プレゼン会場に猛獣はいません。

試験会場も、本来は生命を脅かす場所ではありません。

それでも、

「失敗したらどうしよう」

「間違えられない」

「みんなに見られている」

という心理的なストレスだけで、心拍や発汗、胃腸の感覚などに変化が起こることがあります。

私たちの身体には、外部や内部の変化に対応して状態を調節する仕組みがあります。

その反応は、現代社会の「物理的ではないストレス」に対しても働きます。

だから身体にとっては、

「実際に何が起きているか」だけではなく、「脳が状況をどう受け止めているか」も重要

なのです。


ストレスは、胃と腸に同じ作用をするわけではない

「ストレスで胃腸が活発になる」とだけ理解すると、少し正確さを欠きます。

消化管は長く、部位によって反応も異なるからです。

研究では、ストレスに関連するシグナルが胃の運動を抑える一方、大腸の運動を促す場合があるなど、上部消化管と下部消化管で異なる反応が報告されています。(PMC)

だから人によって、

胃が重くなる。

食欲がなくなる。

お腹が痛くなる。

急にトイレへ行きたくなる。

といった、異なる身体感覚として現れることがあります。

「緊張すると必ず腹痛になる」ということではありません。

ストレスに対する身体の現れ方には個人差があります。


「また痛くなったらどうしよう」が、新しいストレスになる

ここからが脳腸相関の面白いところです。

一度、大事な予定の前にお腹が痛くなったとします。

すると次の予定の前、

「またお腹が痛くなったらどうしよう」

と考えるようになるかもしれません。

その不安によって、身体の感覚へ注意が向く。

少しお腹が動いただけで、

「あ、始まったかもしれない」

と思う。

さらに緊張する。

ここでは、

脳 → 腸

だけではありません。

腸から送られてくる感覚も、

腸 → 脳

へ戻っています。

脳と腸のコミュニケーションは双方向であり、腸からの感覚情報も中枢神経系へ伝えられます。(PMC)

脳が腸に影響し、

腸の感覚が脳に影響する。

身体の中では、この往復が続いているのです。


腸は「第二の脳」なのか?

健康情報では、

「腸は第二の脳」

という表現をよく目にします。

確かに腸管神経系は非常に複雑で、消化管の運動や分泌などを局所的に制御できます。(PMC)

ただし、「第二の脳」という言葉を文字通り受け取る必要はありません。

腸が私たちの頭の脳と同じように考えたり、言葉を理解したり、意思決定したりしているわけではないからです。

重要なのは、

人間の身体は、脳がすべてを一方的に命令する単純な機械ではない

ということです。

腸にも独自の神経ネットワークがあり、それが脳や自律神経、免疫系、内分泌系などと相互作用しています。


腸内細菌も「会話」に参加している

さらに近年、この話は脳と腸だけでは終わらなくなっています。

注目されているのが、

腸内細菌叢(gut microbiota)

です。

現在では「脳腸相関」からさらに広げて、

microbiota-gut-brain axis

という考え方が研究されています。

腸内細菌と宿主の神経系、免疫系、代謝・内分泌系などが複雑に関係している可能性が研究されているからです。(PubMed)

ただし、ここには注意も必要です。

「腸内細菌を変えれば気分が変わる」

「この食品を食べればストレスが消える」

といった単純な因果関係まで確立されているわけではありません。

脳・腸・腸内細菌の関係は、現在も研究が進んでいる非常に複雑な領域です。


「腹が立つ」「腹を決める」は、なぜ腹なのか

少し科学から離れて、日本語を見てみます。

私たちは昔から、

「腹が立つ」

「腹を決める」

「腹に据えかねる」

「腹を割って話す」

と言います。

英語にも、

gut feeling

という表現があります。

もちろん、こうした言葉が脳腸相関の科学的証拠になるわけではありません。

それでも興味深いのは、

人間が科学的な仕組みを知らなかった時代から、感情と腹部の感覚を結びつけて表現してきたことです。

怒ったとき。

怖いとき。

緊張したとき。

人間は、自分の内側で起きる変化を感じていた。

科学が「脳腸相関」という言葉を使うずっと前からです。


現代人は「まだ起きていないこと」にも反応できる

HUE #01では、

「疲れているのに、なぜ眠れないのか?」

を考えました。

そこで登場したのもストレスと覚醒でした。

今回のお腹の話にも、同じ構造が見えてきます。

人間には、まだ起きていない未来を想像する能力があります。

明日のプレゼン。

来週の試験。

来月の仕事。

将来のお金。

人間関係。

頭の中では、未来へ行くことができる。

ところが身体は、

「それは想像だから関係ありません」

とは必ずしも反応を切り分けてくれません。

まだ起きていないことを考えて、心拍が変わる。

汗をかく。

眠れなくなる。

お腹の調子が変わる。

高度な想像力を持った人間だからこそ起こる、少し皮肉な現象とも言えます。


身体は、言葉より先に知っている

「緊張していますか?」

そう聞かれて、

「いや、別に」

と答えることがあります。

でも、

手には汗をかいている。

心臓は少し速い。

呼吸も浅い。

そして、お腹がなんとなく落ち着かない。

頭ではまだ認めていなくても、

身体にはすでに反応が現れている。

健康を考えることは、病気を防ぐことだけではありません。

身体の仕組みを知ることは、

自分たちがどんな生き物なのかを知ることでもあります。


人間って、不思議ですよね。

緊張しただけなのに、お腹が痛くなる。

一見すると、

「身体が言うことを聞いてくれない」

ように感じます。

でも身体の中を覗いてみると、

脳がある。

神経がある。

腸がある。

ホルモンがある。

免疫がある。

そして、それらは別々に存在しているわけではありません。

絶えず情報を交換しながら、一つの身体をつくっています。

だから次に、

大事な予定の前にお腹が少し落ち着かなくなったとき。

思い出してみてもいいかもしれません。

頭の中で生まれた緊張が、

身体へ伝わっている。

そして身体からの情報も、

また脳へ戻っている。

脳と腸は、今日も静かに会話している。

人間って、不思議ですよね。


参考資料

Spencer NJ, Hu H. Enteric nervous system: sensory transduction, neural circuits and gastrointestinal motility. Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology, 2020. (PMC)

Furness JB, et al. The enteric nervous system. Physiological Reviews, 2023. 腸管神経系と消化管の恒常性、脳との双方向コミュニケーションを扱ったレビューです。(PMC)

Geng S, et al. The impact of acute and chronic stress on gastrointestinal physiology and function: a microbiota-gut-brain axis perspective. The Journal of Physiology, 2023. (PubMed)

Taché Y, Bonaz B. Corticotropin-releasing factor receptors and stress-related alterations of gut motor function. ストレスと消化管運動の関係を扱う研究レビュー。(PMC)

※本記事は健康・人体に関する一般的な科学情報を紹介するもので、個別の診断や治療を目的としたものではありません。腹痛が強い、長期間続く、繰り返す、血便・発熱・嘔吐などを伴う場合は、医療機関への相談をご検討ください。

第一弾:HUE #01「なぜ人間は、疲れているのに眠れないのか?」


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