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災害は、空からだけ来るのか─「異常気象」という言葉が隠してしまう土地の変化

豪雨と高波にさらされる河川・都市・海岸の風景と「異常なのは、空だけなのか。」の文字
豪雨と高波にさらされる河川・都市・海岸の風景

大雨が降る。川があふれる。道路が冠水し、斜面が崩れ、海岸には高い波が押し寄せる。

ニュースでは、こうした出来事が「異常気象」という言葉で伝えられる。

私たちはその言葉を聞くと、地球の気候そのものが異常になり、これまで存在しなかった災害が突然現れ始めたように感じる。確かに、地球温暖化によって猛暑や大雨などの極端な現象は増えている。だが、洪水も干ばつも高潮も、現代になって初めて生まれた現象ではない。

では、近年の災害被害がこれほど大きく見えるのは、空から降る雨だけが変わったからなのだろうか。

私たちは、もう一つの変化を見落としているのかもしれない。

それは、雨を受け止める土地の側の変化である。

Contents

「異常気象」は、地球の異常を意味しない

気象庁は「異常気象」を、原則として、ある場所や地域、ある時期において30年に1回以下の頻度で発生する現象と定義している。

つまり「異常」とは、自然界に本来存在しない現象という意味ではない。過去の観測値と比べて、統計的にまれな現象という意味である。

台風も豪雨も熱波も、地球の長い歴史のなかで繰り返されてきた。それでも現在、異常気象という言葉が頻繁に使われるのは、単なる印象ではない。

気象庁の『日本の気候変動2025』によれば、日本国内で1時間降水量50ミリ以上となる雨の年間発生回数は、統計期間の初期と比べて最近10年間で約1.5倍になった。日降水量300ミリ以上の大雨も約1.9倍に増えている。

気候の外力は、実際に変化している。

しかし、ここで注意したいのは、強い雨が降ることと、大きな災害になることは同じではないという点だ。

気象現象と災害は、別のものである

人のいない場所で川が氾濫しても、社会的な被害はほとんど発生しない。一方、同じ規模の雨でも、住宅や工場、道路が集中する低地で水があふれれば、大きな災害になる。

災害リスクは、気象の強さだけでは決まらない。

大きく分ければ、次の三つが重なったときに生まれる。

  • 雨、風、熱、高潮などの「外力」
  • 人口、住宅、産業、交通網などの「曝露」
  • 土地や社会が被害を受けやすい「脆弱性」

IPCCも、気候災害のリスクを、気候に起因するハザードと、人や資産の曝露、社会や生態系の脆弱性が相互に作用することで生じるものとして捉えている。

異常気象は、災害を引き起こす一つの要因である。だが、異常気象だけが災害をつくるわけではない。

私たちは、雨を早く流す土地をつくってきた

人間は生活を豊かにするため、土地を効率よく使ってきた。

湿地を埋め、田畑を宅地に変え、道路や駐車場を舗装した。蛇行する川を直線化し、堤防の内側へ水を集め、排水路を通して雨水をできるだけ早く下流へ送る仕組みをつくった。

それによって感染症の危険が減り、交通や物流が発達し、洪水から守られる土地が増えた。現代の都市生活は、こうしたインフラの上に成り立っている。

しかし、効率よく水を流すということは、別の見方をすれば、水が土地にとどまる時間を短くすることでもある。

雨水を一時的にためていた田畑や湿地が減り、地表がアスファルトやコンクリートに覆われれば、雨は地中へ浸透しにくくなる。短時間に大量の水が側溝や河川へ集まり、下流の負担を大きくする。

自然の土地が持っていたのは、単純な「強さ」ではない。

水を受け止め、広がらせ、浸透させ、時間をかけて流す余白だったのである。

川を強くしたことで、失われたもの

堤防やダム、護岸は、多くの命と暮らしを守ってきた。これらを否定することはできない。

一方で、川を狭い空間に閉じ込めるほど、私たちはその外側を「安全な土地」として使うようになる。かつて川があふれていた低地にも住宅や商業施設が建ち、人口と資産が集積していく。

堤防があることで日常の安全性は高まる。だが、その安全性を前提として土地利用が進めば、ひとたび想定を超えたときに失われるものも大きくなる。

これはインフラが無意味だったという話ではない。

インフラによって危険が消えたのではなく、危険の現れ方と場所が変わったということである。

山・川・海は、一つの土砂の流れでつながっている

土地の変化は、水だけではなく、土砂の動きにも表れる。

山で生まれた土砂は、川を通って下流へ運ばれ、やがて海岸の砂浜をつくる。ところが、ダムや堰、河川での砂利採取、港湾や海岸構造物などによって、その移動が途中で止められることがある。

国土交通省も、上流のダムなどによる土砂供給の減少や、海岸構造物による沿岸漂砂の遮断が、海岸侵食を助長する要因になると指摘している。

砂浜は、景観や観光のためだけに存在しているのではない。波のエネルギーを受け止め、陸地に届く力を弱める自然の防災インフラでもある。

同じ規模の高波でも、十分な幅の砂浜が残る海岸と、侵食によって浜が痩せた海岸とでは、陸側が受ける影響は異なる。

「異常な波が来た」という説明だけでは、その前から進んでいた海岸の変化が見えなくなる。

被害が増えたのか、見える場所が増えたのか

現代は、過去より多くの人と資産が都市や沿岸部に集中している。道路、鉄道、電力、通信、物流施設などが複雑につながり、一か所の浸水や土砂崩れが広い地域の生活に影響する。

さらに、スマートフォンや監視カメラ、SNSによって、災害の映像は発生直後から社会全体に共有される。かつて地域の記憶として残っていた出来事が、現在では全国共通の映像体験になる。

そのため、近年の災害が大きく見える背景には、気象の変化だけでなく、被害を受ける資産の増加と、災害を可視化する情報環境の変化もある。

ただし、「昔から災害はあった」という事実を、現在の気候変動を否定する根拠にしてはならない。

過去にも豪雨はあった。そして現在、その一部はより起こりやすく、より強くなっている。同時に、人間がつくり変えた土地も、災害の規模を左右している。

この二つは対立する説明ではない。

「想定外」という言葉で終わらせない

災害が起こるたびに、「観測史上最大」「経験したことのない大雨」「想定外」という言葉が並ぶ。

もちろん、将来の気象を完全に予測することはできない。すべての雨を防ぐ巨大な構造物をつくり続けることにも限界がある。

だからこそ、これから必要なのは、外力を抑え込むことだけではなく、被害が起こることを前提に土地の使い方を組み直すことではないだろうか。

  • 水をためられる田畑や湿地を残す
  • 雨を浸透させる地表を都市に増やす
  • 川が一時的に広がれる空間を確保する
  • 災害リスクの高い低地への資産集中を見直す
  • 山から川、海までの土砂移動を一体で管理する
  • 古い地形図や土地の記憶から、その場所の成り立ちを読む

国土交通省が進める「流域治水」も、河川の中だけで洪水を処理するのではなく、集水域から氾濫域まで、流域全体で水災害を減らそうとする考え方である。

気候が変わる時代には、インフラの基準を更新するだけでなく、土地と水の関係そのものを読み直す必要がある。

異常なのは、空だけなのか

異常気象は存在する。観測データを見れば、日本でも強い雨の頻度が増えていることは明らかである。

だが、異常気象という言葉だけで災害を説明すると、私たちは空ばかりを見ることになる。

本当に見なければならないのは、雨が落ちた後の風景だ。

その土地は水を受け止められるのか。川には流れの余白があるのか。山から海まで土砂は動いているのか。かつて水が集まっていた場所に、何を建ててきたのか。

災害の一部は、空からやって来る。

そして、残りの一部は、私たちが地上につくってきたものである。

「異常気象だから仕方がない」と考えるのをやめたとき、私たちは初めて、変えることのできる原因に目を向けられるのかもしれない。


参考資料

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