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日本の職人と伝統|47都道府県・岐阜編

紙漉きの槽と竹簀、作業台の和紙、窓辺で光を透かす紙を描いた水彩画。「一枚の紙が、光をやわらげる。」の文字が添えられている。
紙漉きの槽と竹簀、作業台の和紙、窓辺で光を透かす紙を描いた水彩画

一枚の紙が、光をやわらげる。——岐阜・美濃和紙、白さの向こうにある手仕事

朝、障子の向こうが明るくなる。

外の景色は見えない。それでも、日が差していることは分かる。
机の上に、やわらかな明るさが広がっている。

その間にあるのは、一枚の紙だ。

書くためのもの。包むためのもの。
そう思っていた紙が、部屋へ入る光にも関わっている。

岐阜県美濃市で受け継がれてきた「美濃和紙」。

なかでも、障子紙として高く評価されてきた本美濃紙をたどると、白い一枚の奥に、植物を育てる仕事、水のなかで繊維を見極める仕事、道具を整える仕事が見えてくる。

Contents

美濃和紙という広がり、本美濃紙という仕事

美濃和紙という名前のもとには、さまざまな紙がある。

岐阜県観光公式サイトは、本美濃紙、美濃手すき和紙、美濃機械すき和紙を紹介している。原料や製法に違いがあり、産地の仕事をひとつのつくり方だけで捉えることはできない。[1]

その中で、本美濃紙は、楮を原料に、伝統的な製法と用具でつくられる紙だ。

薬品による漂白を行わないこと、竹簀による流し漉き、板干しによる乾燥などの要件があり、保存会の会員が製作したもののうち、指定要件を満たすものが本美濃紙となる。[2]

この違いを知ると、紙を見る楽しみが増える。

何に使いたいのか。
どんな手触りや厚さ、透け方が合うのか。

名前の奥にある材料や製法を知ることは、自分の暮らしに合う一枚を探す手がかりにもなる。

紙を漉く前に、取り除く時間がある

紙漉きというと、水の入った槽から、職人が木の枠を持ち上げる姿を思い浮かべやすい。

けれど、その動作の前に、長い準備がある。

美濃市が紹介する本美濃紙の原料は、茨城県大子町の大子那須楮。白皮を水に浸し、煮て、洗い、残った塵や傷を手で取り除いていく。「塵取り」では、一本ずつ確かめる作業が行われる。[3]

白い紙をつくるために、白く仕上げる仕事だけがあるのではない。

残してはいけないものを見つけ、取り除く。
その繰り返しが、完成した一枚の見え方を支えている。

売り場で紙を手にしたとき、私たちは色や手触りを確かめる。
そこから、まだ紙になる前の繊維へも、想像を伸ばしてみたい。

どんな植物だったのか。
どこで育ち、どんな手を経て、ここまで来たのか。

美濃の紙の背景に、茨城の原料産地がある。
土地の名を持つ工芸も、その土地だけで完結しているわけではない。

縦へ、横へ。手の動きが一枚に残る

水のなかに広がった繊維を、薄い紙へと整えていく。

文化庁の解説は、本美濃紙の特徴として、丁寧につくられた竹簀を用い、縦横両方向に動かして漉く操作と、板干しによる天日乾燥を挙げている。[4]

完成した紙を光に透かすと、繊維の広がりが見える。

紙の厚さだけでは表せない、繊維の分布や均一さ。
「地合」と呼ばれる紙の表情に、つくる過程が現れている。

手を動かした時間は、完成品のなかで静かになる。
それでも、光にかざすと、その仕事をたどる入口が開く。

紙を眺めているつもりが、いつの間にか、紙を漉く手の動きを考えている。

本美濃紙の美しさには、そんな、見る人の想像を誘うところがある。

紙をつくる人には、道具をつくる人がいる

薄い紙を受け止める竹簀。
その簀を支える木の枠。
乾かす板に紙を貼るための刷毛。

紙づくりには、専用の道具が必要になる。

観光庁の解説では、細く加工した竹を絹糸で編む簀や、水に繰り返し浸すことを考えてヒノキでつくられる桁など、製紙用具の材料や工夫が紹介されている。[5]

職人の技は、その手だけにあるのではない。

手に応える道具があり、その道具をつくり、整える技術がある。
紙を漉く仕事のすぐそばに、別の手仕事がある。

継承を考えるとき、紙を漉ける人が増えることは大切だ。
同時に、その人が必要な道具を手にできることも欠かせない。

原料が届く。
道具が使える。
覚えた技術を、製品にできる。

一枚の紙の背後には、そうした条件のつながりがある。

光を通したとき、紙の役割が変わる

本美濃紙は、江戸時代から高級な障子紙として評価されてきた。[6]

紙は、光を遮り切らず、向こうの景色をそのまま見せることもない。
部屋の内と外の間に、一枚がある。

その役割は、照明を通しても感じられる。

美濃市の「美濃和紙あかりアート展」では、美濃和紙を用いたあかりの作品を全国から募集し、うだつの上がる町並みに展示している。紙が、形や光と出会う場になっている。[7]

紙のままでは想像しにくかった使い方が、あかりを灯すことで見えてくる。

曲げる。重ねる。内側から照らす。
その選択によって、紙の表情も、周囲の空間も変わる。

素材をつくる人がいて、その素材の使い方を考える人がいる。

両者の間に、工芸を暮らしへ届ける可能性があるのだと思う。

きれいな一枚から、使い続ける関係へ

和紙に惹かれても、何に使えばよいのか迷うことがある。

便箋なら、誰へ書くか。
照明なら、どこへ置くか。
障子なら、どんな明るさの部屋にしたいか。

用途が思い浮かぶと、紙との距離は近くなる。

そのとき、厚さや大きさに加え、材料や製法、扱い方まで相談できれば、選ぶ理由もはっきりしてくる。

紙漉きの背景を伝えることと、使う場面を伝えること。
どちらも、次の一枚を選んでもらうために必要だろう。

工芸が続くには、感動したという言葉とともに、注文が届くことも大切になる。

製作に必要な時間が価格に反映され、その対価が、原料や用具を支える仕事にもつながること。

やわらかな光を楽しむ、その日常の向こうに、つくり続けられる条件も見つめていたい。

EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN

本美濃紙の資料を読んでいて、塵取りの工程に目が留まった。

完成した紙の上には、取り除いたものは残らない。
それでも、その仕事は、一枚の白さのなかにある。

何かを足して、目に見える形にする仕事がある。
一方で、丁寧に取り除くことで、素材の持つ表情を引き出す仕事もある。

障子を通った朝の光を見て、その手間を思い浮かべる人は多くないかもしれない。

けれど、背景を知ると、いつもの明るさにも、少し立ち止まりたくなる。

楮を育てた土地がある。
繊維を確かめた人がいる。
水のなかで動かした簀があり、紙を乾かす板がある。

その先で、一枚が光を受けている。

和紙を暮らしに迎えることは、そんな仕事の続きに、自分の時間を重ねることでもあるのだと思う。


参考資料

  1. 岐阜県観光公式サイト「美濃和紙」
  2. 美濃和紙の里会館「本美濃紙」
  3. 美濃市「本美濃紙 制作工程」
  4. 文化遺産オンライン「本美濃紙 美濃判」
  5. 観光庁「本美濃紙/美濃和紙用具ミュージアムふくべ」
  6. 文化遺産オンライン「本美濃紙」
  7. 美濃市観光協会「美濃和紙あかりアート展」

※本記事は自治体・関係機関などの公開資料をもとに構成しています。現地取材・職人への直接インタビューは行っていません。

文・構成:三宅雅之/NEOTERRAIN Journal

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