世界のマーケティングから、日本の価値を考える|メキシコ編
青緑色の葉が、乾いた大地に幾何学模様を描いている。
メキシコのアガベ畑。その風景を眺めていると、グラスに注がれたテキーラが、植物と人の仕事から生まれたものであることを思い出す。
一方、日本の酒蔵を思い浮かべる。
蒸した米の湯気。水の冷たさ。麹の状態を確かめる手。その向こうには、田んぼがあり、水を運ぶ山があり、酒を囲んできた暮らしがある。
遠く離れた二つの国には、土地の営みから生まれた酒がある。
では、その豊かさは、どうすれば海外の人にも伝わるのだろうか。
今回はテキーラと日本酒を入口に、土地の文化を「選ばれる価値」に変えるマーケティングを考えてみたい。
1.テキーラという名前には、場所が含まれている
テキーラは、ブルーアガベを原料とするメキシコの蒸留酒であり、原産地呼称によって保護されている。
テキーラ規制委員会(CRT)によれば、対象地域はハリスコ州と、ミチョアカン、グアナフアト、ナヤリット、タマウリパス各州の指定地域にまたがる。生産地域や原料、製法などの条件が、その名称を支えている。Autenticidad y Calidad Certificada
ここには、ブランドを考えるうえで大切な構造がある。
企業は、それぞれの銘柄の個性を磨く。その土台では、テキーラというカテゴリー全体の出自が守られている。
消費者がすべての蒸留所を知らなくても、「どこで、どのような条件でつくられる酒なのか」という共通の手掛かりを持てる。
マーケティングの視点で捉えれば、これは個別ブランドの発信を支える、共同の信頼基盤である。
物語を語るだけでは、出自は保証できない。出自を守る制度と、魅力を伝える表現が重なることで、土地の名前に厚みが生まれる。
2.日本酒にも、名前と文化を支える仕組みがある
日本にも、地理的表示「日本酒」がある。国税庁は2015年12月にこれを指定し、日本酒の価値を保護する仕組みを設けている。nta.go.jp
さらに2024年には、「日本の伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録された。ここで対象となるのは、日本酒だけでなく、焼酎や泡盛などにも関わる、麹菌を使った伝統的な酒造りの知識と技術である。National Tax Agency
ただし、原産地呼称や地理的表示と、文化遺産への登録は、役割が異なる。
前者は、名称や出自を守る仕組み。後者は、受け継がれてきた文化や技術を保護し、継承するための枠組みだ。
どちらも、味の順位を決めたり、商品の売上を保証したりするものではない。
それでも、消費者が一本の酒の背景を理解するための、大切な入口になり得る。
信頼の根拠があることと、その意味が人に伝わること。その両方が必要なのである。
3.ボトルの向こうに、訪れる場所がある
メキシコのテキーラ地域では、酒の背景にある風景そのものが文化遺産として評価されている。
「テキーラの古い産業施設群とリュウゼツランの景観」は、2006年にユネスコ世界文化遺産に登録された。アガベ畑と蒸留施設、町の営みがつながる、生きた生産の景観である。UNESCO World Heritage Centre
そして、その土地へ人を招く事業もある。
ホセ・クエルボの「Jose Cuervo Express」は、グアダラハラとテキーラの町を結ぶ列車の旅に、試飲や蒸留所見学などを組み合わせている。移動、景色、製造の現場を、一つの体験として提供する仕組みだ。mundocuervo.com
ここで注目したいのは、広告の表現だけでなく、体験そのものが設計されていることだ。
畑を見る。つくり方を知る。香りを確かめる。町を歩く。
その順序を通じて、商品と土地の関係を理解できる。
マーケティング上の考察として言えば、ボトルを販売する接点に加え、ボトルの背景を体験する接点をつくっているのである。
4.日本の酒蔵も、土地を知る入口になる
日本にも、酒と旅をつなぐ取り組みがある。
京都・伏見では、酒蔵の歴史や酒造りを知る施設、試飲、食事などを組み合わせて楽しめる。伏見酒造組合も、酒の飲み比べや、蔵を生かした施設を紹介している。Kyoto Travel
兵庫県の灘五郷についても、日本政府観光局は、酒蔵が集まる地域を歩き、資料館などで製造工程を知る体験を案内している。japan.travel
つまり、日本にも豊かな体験の土台はある。
そこで次に考えたいのは、初めて訪れる人にとって、その体験の意味がどこまで分かりやすくつながっているかだ。
酒蔵の見学ができる。試飲もできる。近くには飲食店がある。
それぞれが魅力的でも、旅人には、なぜその順番で訪れると面白いのかが見えないことがある。
例えば、水の湧く場所から歩き始め、蔵で仕込みを知り、その酒を地元の料理と味わう。
そうした道筋があれば、水、技術、食文化が一つの経験になる。
土地にあるものを、訪れる人が理解できる順序でつなぐ。そこにも、マーケティングの仕事がある。
5.専門的な説明を、選ぶための言葉へ
酒の世界には、多くの専門用語がある。
テキーラなら原料や熟成の違い。日本酒なら特定名称、精米歩合、酒米、酵母など。
つくり手にとって大切な情報でも、初めて飲む人には、それが自分の好みとどう関係するのか分からない場合がある。
そこで必要になるのが、専門情報と飲み手の体験を結びつける説明だ。
以下は、日本酒の伝え方を考えるための例である。実際の商品特性に即して使う必要がある。
| 伝える情報 | 飲み手が選ぶための説明例 |
|---|---|
| 香りの特徴 | 果物を思わせる香りを楽しみたい方へ |
| 味わいの特徴 | 米のうまみがあり、食事とゆっくり楽しめる一本 |
| 温度による違い | 冷やしたときと温めたときの、香りの変化を試す |
| 料理との関係 | この料理と合わせると、どんな味の変化があるか |
| 産地の背景 | 仕込み水や地域の技術が、酒造りにどう関わるか |
専門的な情報は、その説明を裏づける根拠になる。
そして飲み手は、自分が楽しみたい時間から一本を選べるようになる。
「どれほど手間をかけたか」とともに、「その結果、どんな体験ができるのか」を伝えることが大切だ。
6.メキシコと日本に見る、価値を届ける四つの接点
両国の事例を整理すると、土地の酒を伝えるための接点が見えてくる。
以下は国全体の優劣を示すものではなく、今回取り上げた制度や事業を比較したものだ。
| 接点 | メキシコ・テキーラの事例 | 日本・日本酒の事例 |
|---|---|---|
| 出自への信頼 | 原産地呼称、CRTによる検査・認証 | 地理的表示「日本酒」 |
| 文化への理解 | アガベの景観と産業施設群 | 麹菌を使う伝統的酒造りの知識と技術 |
| 現地での体験 | 列車の旅、蒸留所見学、試飲 | 蔵見学、資料館、飲み比べ、食事 |
| 個別ブランドとの出会い | 産地で銘柄の背景を知る | 蔵や地域を巡り、銘柄の違いを知る |
ここから考えられるのは、価値を伝えるには複数の接点をつなぐ必要があるということだ。
制度が信頼を支え、文化の説明が関心を深め、体験が理解を助ける。その先で、個別の商品を選ぶ理由が生まれる。
広告で土地の美しさを伝えても、購入場所が分からなければ行動につながりにくい。現地で感動しても、帰国後に商品を見つけられなければ、継続的な関係は育ちにくい。
出会いから理解、購入、その後の再会までをつなぐ設計が必要になる。
7.日本の地域ブランドへ応用するなら
ここからは、今回の比較を踏まえた提案である。
日本酒に限らず、地域の食品や工芸にも応用できることがある。
まず、土地との関係を具体的に伝えること。
「自然が豊か」「歴史が長い」だけでは、その地域ならではの姿は見えにくい。どの水を使い、誰が原料を育て、どんな技術が受け継がれているのか。確かめられる事実が、物語の輪郭をつくる。
次に、関心を持った人が参加できる体験を用意すること。
見学、食事、つくり手との対話。受け入れ可能な範囲で、土地の仕事に触れられる機会をつくる。予約方法や所要時間、対応言語などの案内も、その一部になる。
そして、体験の後にも関係を続けられること。
商品を購入できる場所や、季節ごとの便りがあれば、旅先で生まれた関心を日常へ持ち帰れる。
その際には、売上だけでなく、受け入れる現場の負担や利益も確認したい。観光のための業務が、本来のものづくりを圧迫するなら、続け方を見直す必要がある。
土地の価値を届ける仕組みは、その価値を生む仕事が続く仕組みでもありたい。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
一本の酒は、持ち運ぶことができる。
けれど、その酒が生まれた風景を、同じように箱へ詰めることはできない。
アガベ畑を渡る風。米を蒸す湯気。収穫を待つ時間。発酵の変化を見守る人の目。
それらは、ボトルの外側にある。
マーケティングは、その外側にある営みと、飲み手の時間をつなぐ仕事なのかもしれない。
メキシコのテキーラと、日本の日本酒。
二つを並べて見えてくるのは、土地の価値を届けるには、出自を守り、背景を伝え、実際に触れられる接点をつくる必要があるということだ。
世界のどこかで一本を手にした人が、その向こうにある畑や蔵を思い浮かべる。
そして、いつか訪れてみたいと思う。
その小さな想像が、商品と土地の未来をつなぐ。
参考資料
- テキーラ規制委員会(CRT)|Appellation of Origin
- テキーラ規制委員会(CRT)|Our Tequila
- ユネスコ世界遺産センター|Agave Landscape and Ancient Industrial Facilities of Tequila
- Mundo Cuervo|Jose Cuervo Expressの旅
- 国税庁|地理的表示「日本酒」について(PDF)
- 国税庁|「日本の伝統的酒造り」のユネスコ無形文化遺産登録について
- 伏見酒造組合|KYOTO FUSHIMI Sake Guide
- 日本政府観光局(JNTO)|灘五郷の酒蔵
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