スーパーの棚に並ぶ菓子、パン、即席麺、マーガリン。
洗剤、シャンプー、化粧品、歯磨き粉。そして、燃料。
それぞれ用途も姿も異なる商品だが、その原料をさかのぼると、東南アジアの一つの植物へたどり着くことがある。
アブラヤシである。
アブラヤシの果実から採れるパーム油は、安価で加工しやすく、常温では固まりやすい。酸化しにくく、食品の食感を整え、保存性を高め、洗剤や化粧品の原料にもなる。
その使いやすさによって、パーム油は世界で最も多く生産される植物油の一つとなった。
最大の生産国が、インドネシアである。
パーム油産業は、雇用と輸出収入を生み、多くの農家の生活を支えている。一方、農園開発の一部は、熱帯林や泥炭地の排水、森林火災、煙害、温室効果ガス排出と結びついてきた。
だが、この問題を「インドネシアで森が燃やされている」という話だけで終わらせてはいけない。
生産地で土地を乾かす力は、消費地から届いている。
私たちが手にする安価で便利な商品と、遠く離れた泥炭地の排水路は、一つのサプライチェーンでつながっている。
パーム油とは何か
パーム油は、アブラヤシの果肉から搾られる植物油である。
アブラヤシは熱帯の高温多湿な環境に適しており、主に赤道周辺で栽培される。果実の房を収穫し、搾油工場で加熱、圧搾、精製することで油がつくられる。
一つの特徴は、用途の広さにある。
揚げ油として使えるだけでなく、分別や加工によって融点や性質を調整できる。サクサクした食感をつくる、口溶けを整える、泡立ちや洗浄力を生み出すなど、多様な役割を担える。
商品の原材料表示には「パーム油」と明記される場合もあれば、「植物油脂」「植物性油脂」と記載される場合もある。さらに、パーム油からつくられた成分が別の名称で表示されることもあり、消費者が商品とのつながりを認識するのは容易ではない。
パーム油は、特別な商品に使われる珍しい原料ではない。
日常の中に広く、薄く入り込んでいる。
なぜインドネシアで生産が拡大したのか
インドネシアは、高温、多雨というアブラヤシの栽培に適した自然条件を持つ。
広い土地と労働力に加え、国内外からの投資、道路や港湾の整備、世界的な植物油需要の増加が重なり、生産は大きく拡大してきた。
現在、インドネシアは世界最大のパーム油生産国である。米国農務省の統計では、世界の生産量の半分を超える割合を占める。
パーム油はインドネシアにとって、単なる農産物ではない。
輸出収入を生み、農園、搾油工場、運送、港湾、精製、化学工業など幅広い産業と雇用を支える。地域によっては、アブラヤシが現金収入を得られる重要な作物となっている。
大企業が運営する大規模農園だけでなく、多数の小規模農家も生産に参加している。
国連食糧農業機関の資料では、小規模農家がインドネシアのアブラヤシ農園面積の約42%を担うとされる。
つまり、パーム油生産を一律に否定することは、企業だけでなく、多くの農家と地域経済に影響を与える。
問題は、パーム油そのものが悪いのかではない。
どの土地で、どのように生産を拡大してきたのかである。
湿地を農園に変えるため、最初に水を抜く
インドネシアのスマトラ島、カリマンタン島、パプアなどには、熱帯泥炭地が広がっている。
雨が多く、地面には水がたまり、植物の遺体が完全に分解されないまま積み重なってきた。その泥炭層には、数千年分の炭素が蓄えられている。
しかし、水に満たされた泥炭地は、そのままではアブラヤシ農園として管理しにくい。
根が常に水に浸かれば、アブラヤシの生育に影響する。人や車両も入りにくく、収穫した果実を運び出せない。
そこで、農園を造成する前に排水路を掘る。
幹線となる大きな水路から、農園区画へ細かな水路を延ばし、地下水位を下げる。地面が乾けば、植え付け、収穫、運搬が可能になる。
外から見ると、湿地が生産性の高い農地へ変わったように見える。
だが、水を抜いた瞬間から、地下では別の変化が始まる。
泥炭が空気に触れ、微生物による分解が進む。蓄えられていた炭素が二酸化炭素として放出され、土壌の体積が減少する。
地面はゆっくり沈み、乾季には火が燃え広がりやすくなる。
農園を成立させるための排水が、炭素排出、地盤沈下、火災の共通原因になるのである。
火災は、安価な土地造成の手段になった
熱帯の土地で農園を開くには、既存の樹木や草を取り除く必要がある。
機械を使って伐採し、植物を運び出すには費用がかかる。火を使えば、広い範囲の植生を短期間かつ低コストで除去できる。
そのため、土地の準備や残渣処理に火が利用されてきた。
すべての火災が企業による意図的な焼き払いとは限らない。小規模農家による火入れ、土地をめぐる争い、放火、事故、周辺地域からの延焼など、原因は複雑である。
しかし、排水された泥炭地で火がつけば、問題は土地造成の範囲を超える。
乾燥した泥炭層へ火が入り、地下でくすぶり続ける。大量の煙と温室効果ガスを放出しながら、地表から見えない場所へ広がっていく。
一つの農園区画で始まった火が、行政境界や企業の所有地を越える。
煙はさらに国境を越え、シンガポールやマレーシアなど周辺国の大気にも影響する。
低コストな土地造成の利益は局地的だが、火災と煙害の費用は広い社会へ分散される。
2015年の火災が示した「安さ」の代償
2015年、インドネシアでは大規模な森林・泥炭地火災が発生した。
政府によると、6月から10月までに約260万ヘクタールが焼失した。世界銀行は、火災がインドネシア国内にもたらした経済損失を少なくとも161億ドル、当時の国内総生産の約1.9%に相当すると推計した。
その損失には、農林業への被害だけでなく、交通、観光、教育、医療、清掃、インフラ、温室効果ガス排出などが含まれる。
学校が閉鎖される。
航空便が欠航する。
屋外で働けなくなる。
ぜんそくや呼吸器疾患のリスクが高まり、医療機関の負担が増える。
商品の価格には、こうした費用のすべてが反映されているわけではない。
安価なパーム油の背後で、健康被害や消火活動、炭素排出、生態系の損失を社会全体が負担する。
原料が安いのではない。
価格の外へ追い出された費用があるため、安く見えている可能性がある。
消費地では、泥炭地が見えなくなる
私たちがスーパーで菓子を選ぶとき、その油がどの島で生産されたのかは分からない。
どの農園で収穫され、どの搾油工場へ運ばれ、どの港から輸出されたのか。途中で複数の生産地の油が混ざれば、個々の商品の原料を特定することはさらに難しくなる。
パーム油のサプライチェーンは長い。
農園から集荷業者、搾油工場、精製会社、商社、加工会社、食品・日用品メーカー、小売店へと移動する。
この過程で、油は生産地の風景から切り離される。
店頭にあるのは、白い油脂や透明な洗剤、包装された商品である。泥炭地の水位も、排水路も、農園周辺の集落も見えない。
サプライチェーンの効率は、原料を世界へ届ける一方、その原料が生まれた土地の情報を消していく。
消費者が無関心なのではない。
関心を持つための手がかりが、商品から失われているのである。
パーム油を使わなければ解決するのか
環境問題を知れば、「パーム油を使わない商品を選べばよい」と考えるかもしれない。
しかし、単純な不買が必ずしも最適な解決策とは限らない。
アブラヤシは、単位面積当たりの油の生産量が比較的多い作物である。同じ量の植物油を大豆、菜種、ヒマワリなどで代替すれば、より広い農地が必要になる可能性がある。
パーム油の需要だけを別の植物油へ移せば、森林破壊や農地拡大の圧力が、他の地域へ移動することも考えられる。
また、急激な需要減少は、パーム油に生計を依存する小規模農家へ強く影響する。
したがって、問うべきなのは「パーム油を使うか、使わないか」だけではない。
新たな森林や泥炭地を開発せず、既存農地の生産性を高め、劣化した土地を回復させながら供給できるか。
生産履歴を追跡し、環境や人権上の問題がある原料を排除できるか。
企業が安さだけで調達先を選ばず、持続可能な生産へ移行する費用を負担できるか。
量の問題と、つくり方の問題を分けて考える必要がある。
認証制度は、見えない土地を見えるようにできるか
持続可能なパーム油を広げるための代表的な仕組みに、RSPO認証がある。
RSPOは、企業、農園、生産者、金融機関、環境団体などが参加する国際的な枠組みで、森林や泥炭地の保護、火の使用、人権、労働、農園管理などに関する基準を設けている。
2018年の原則と基準では、泥炭地への新規植栽を認めない方針が明確化された。
認証には重要な意味がある。
これまで商品から見えなかった農園の情報を記録し、生産工程を検証し、企業の調達方針へ反映する手段になるからだ。
一方で、認証があればすべての問題が解決するわけではない。
農園から最終商品まで原料を分離して管理する方式もあれば、認証原料と通常原料が途中で混合される方式もある。認証取得や監査には費用と事務作業が必要で、小規模農家にとって高いハードルになることもある。
土地の権利関係が不明確であれば、農家が合法性を証明できず、認証制度や企業の調達網から排除される可能性もある。
厳しい基準を設けるだけでは、持続可能性は実現しない。
その基準を守れるよう、生産者を支える仕組みが必要である。
小規模農家を切り離すと、問題は見えにくくなる
インドネシアのパーム油生産では、小規模農家が大きな役割を担っている。
彼らの多くは、数ヘクタール程度の土地でアブラヤシを栽培する。農園の生産性、苗の品質、肥料、金融、土地登記、搾油工場へのアクセスなど、置かれた条件はさまざまである。
企業が「森林破壊ゼロ」「泥炭地開発ゼロ」という調達方針を掲げることは重要だ。
しかし、位置情報や土地証明、記録管理を求めるだけで、支援を伴わなければ、小規模農家が正式なサプライチェーンから外れる可能性がある。
すると企業は、書類上はリスクの低い原料だけを調達できる。
一方、排除された農家は、透明性の低い市場へ流れる。問題のある生産がなくなるのではなく、企業から見えない場所へ移動する。
持続可能な調達とは、条件を満たさない生産者を切り捨てることだけではない。
苗の更新、収量改善、農業技術、共同認証、土地情報の整備、資金支援などを通じて、生産者が基準を満たせるようにすることでもある。
トレーサビリティは、生産者を監視するためだけの仕組みではない。
生産地へ支援を届けるための地図でもある。
既存農地の収量を上げるという選択
パーム油の需要が続く中で、新たな森林や泥炭地への農園拡大を抑えるには、既存農地をどう使うかが重要になる。
小規模農園の中には、樹齢が高くなったアブラヤシや、収量の低い苗を使い続けている場所がある。
高品質な苗への植え替え、適切な施肥、病害虫管理、収穫や運搬の改善によって、同じ面積でも生産量を高められる可能性がある。
ただし、植え替えには大きな壁がある。
アブラヤシを伐採して新しい苗を植えても、収穫できるまで数年かかる。その間、農家は主要な収入を失う。
長期的には収量が増えると分かっていても、数年間の生活費を負担できなければ植え替えはできない。
森林を守るための生産性向上には、農業技術だけでなく、融資、補助金、収入保障が必要になる。
環境問題は、知識不足だけで起きているのではない。
環境に良い選択をしたくても、その移行期間を生きられないという経済条件によって起きている。
泥炭地を再び濡らす
インドネシアでは、劣化した泥炭地の回復が進められてきた。
中心となるのが、「再湿潤化」「植生回復」「生計の再生」という考え方である。
排水路へ堰を設け、流出する水を減らす。地下水位を上げ、泥炭を乾燥しにくくする。
次に、その水分条件に適した植物を回復させる。
同時に、住民が泥炭地を乾燥させたり、火を使ったりしなくても収入を得られる産業をつくる。
単に排水路を塞ぐだけでは、再生は続かない。
周辺住民がアブラヤシや乾燥地向けの作物に依存していれば、水位上昇によって生産が難しくなる。生活手段を失えば、再び排水路が開かれる可能性もある。
湿地を守ることと、地域の暮らしを守ることは分けられない。
自然だけを過去へ戻し、人間の経済活動だけを現在のまま残すことはできないのである。
濡れた土地を、濡れたまま使う
泥炭地の再生では、水を抜かずに栽培できる植物を利用する「パルディカルチャー」も検討されている。
サゴヤシ、ジェルトンなど、地域の環境に適した樹木や作物を育て、食品、繊維、樹脂、建材などへ利用する。
考え方の核心は、作物に土地を合わせるのではなく、土地に作物を合わせることにある。
これまでの開発では、アブラヤシを育てるために湿地から水を抜いた。
パルディカルチャーでは、湿地の水位を維持したまま生産できるものを選ぶ。
ただし、新しい作物を植えるだけでは産業にならない。
加工設備、物流、品質基準、販売先、安定した価格が必要である。パーム油ほど確立された市場がなければ、農家に転換を求めることは難しい。
湿地に適した生産物を、消費地が適正な価格で買うところまで設計して、初めて生計と再生がつながる。
バイオ燃料なら環境に良いのか
パーム油は食品や日用品だけでなく、バイオディーゼルにも使われる。
化石燃料の使用を減らす手段として、植物由来の燃料は環境に良い印象を持たれやすい。
しかし、原料生産のために森林や泥炭地を開発すれば、土地利用変化による温室効果ガス排出が発生する。
泥炭地を排水すると、農園として利用されている間も炭素の放出が続く。火災が起きれば、さらに大量の排出が加わる。
車両が燃料を使う段階だけを比較すれば、バイオ燃料は化石燃料より低炭素に見えるかもしれない。
だが、農園造成から栽培、加工、輸送、燃焼までを含めたライフサイクルで考えれば、結果は原料が生産された土地によって大きく変わる。
「植物からつくられた」という理由だけで、持続可能とは言えない。
重要なのは、何からつくられたかだけでなく、どの土地を変えてつくられたかである。
企業の責任は、購入時点で終わらない
食品や日用品メーカーは、自社でアブラヤシ農園を所有していなくても、調達を通じて生産地とつながっている。
価格、品質、納期だけを基準に原料を購入すれば、安価に生産するための環境・労働コストが、農園と地域社会へ押し戻される可能性がある。
持続可能な調達には、認証原料を購入するだけでなく、供給元を把握し、リスクの高い地域を特定し、問題が見つかった場合の改善手順を持つことが求められる。
取引停止だけが解決策ではない。
改善する意思と能力がある生産者には支援を行い、違反を繰り返す事業者には明確な期限と措置を設ける。
企業が調達量を発表するだけでなく、どの程度まで農園を追跡できるのか、苦情をどう処理したのか、小規模農家をどう支援したのかを示す必要がある。
サプライチェーンの下流にいる企業は、生産現場から遠い。
しかし、遠いことは責任がないという意味ではない。
遠くても影響力を持っているからこそ、その使い方が問われる。
消費者の責任を、個人の選択だけにしない
消費者にもできることはある。
認証されたパーム油を使用する商品を選ぶ。企業の調達方針を確認する。必要以上に商品を買わず、食品廃棄を減らす。
しかし、数万点の商品について、原料の由来と認証方式を一人ひとりが調べることには限界がある。
消費者の選択だけに責任を委ねれば、情報と時間を持つ人だけが「正しい商品」を選べることになる。
本来必要なのは、特別に調べなくても、店頭に並ぶ商品が一定の環境・人権基準を満たしている状態である。
企業による情報開示。
金融機関による投融資先の確認。
政府による土地利用規制と法執行。
生産者を支援する制度。
輸入国による森林破壊リスクの管理。
個人の購買行動は、その仕組みを後押しする一つの力である。
だが、世界的な土地利用を変える責任を、商品を一つ選ぶ消費者だけに負わせてはいけない。
安価な商品と、遠い湿地の間にあるもの
インドネシアの泥炭地で排水路が掘られる。
地面が乾き、アブラヤシが植えられる。
収穫された果実が搾油工場へ運ばれ、油が精製され、海を渡る。
食品や日用品に加工され、私たちの暮らしへ届く。
その流れの中で、湿地は商品へ変わる。
しかし、商品の価格には、失われた炭素、地盤沈下、煙害、生物多様性、地域住民の健康まで、すべてが含まれているわけではない。
だから私たちは、商品だけを見て安いと判断する。
パーム油の問題は、特定の企業や農家、特定の国だけの問題ではない。
安さと便利さを求める市場が、土地にどのような条件を押しつけるのかという問題である。
燃えているのは、森だけではない
泥炭地火災の映像には、黒い煙と赤い炎が映る。
しかし、その火災を生み出した構造は映らない。
商品の発注書。
原料の国際価格。
農家の借入金。
数年間の収入を失う植え替え。
認証に必要な書類。
土地の権利を示せない住民。
そして、原料の由来を知らない消費者。
インドネシアの泥炭地で燃えているのは、森だけではない。
生産地を見えなくしたまま、安さと便利さを享受してきた世界の仕組みである。
だから解決も、生産地だけに求めることはできない。
泥炭地から水を抜かない。
新たな森林を農園へ変えない。
既存農地の生産性を高める。
小規模農家が持続可能な生産へ移行できるよう支援する。
原料が生まれた土地まで追跡する。
そして、環境と暮らしを守るために必要な費用を、商品の価格とサプライチェーンの中へ戻す。
私たちが変えるべきなのは、一つの油ではない。
遠い土地の損失を見えなくする、消費の構造なのである。
参考資料
- Indonesia: Sustainable Palm Oil|UNDP
- Seven things you should know about peatlands|UNEP
- An Economic Analysis of Indonesia’s 2015 Fire Crisis|World Bank
- A Case Study on Responsible Investment into Palm Oil in Indonesia|FAO
- Revision of RSPO Organic & Peat Soil Classification|RSPO
- Restoration of Peatland Ecosystem|United Nations Sustainable Development

