スマートフォンを持って出かけようとする。
男性用のパンツなら、そのままポケットへ入る。ところが女性用の服では、ポケットが浅くて落ちそうになったり、入口だけが縫われた飾りだったり、そもそもポケット自体がなかったりする。
同じように見えるパンツでも、収納できる量が違う。
なぜ、女性の服にはポケットが少ないのだろう。
「女性はバッグを持つから」と説明されることがある。
しかし、歴史をたどると、話はそれほど単純ではない。
かつて女性たちは、現在の服よりもはるかに大きなポケットを使っていた。そこには鍵や財布だけでなく、裁縫道具、食べ物、手紙、仕事に使う小さな道具まで入れていた。
ポケットは単なる布の袋ではなかった。
自分のものを、自分の身体の近くに置き、必要なときに取り出すための場所だったのである。
女性の服に、最初からポケットがなかったわけではない
「昔から男性にはポケットがあり、女性にはなかった」と考えるのは正確ではない。
17世紀以降のヨーロッパでは、女性たちは「タイ・オン・ポケット」と呼ばれる、腰にひもで結び付ける独立したポケットを使っていた。
現在のように服へ縫い込まれているのではなく、大きな袋を腰の左右に下げ、その上からスカートやペチコートを重ねていた。服の脇に設けられた切れ目から手を入れ、中のものを取り出していたのである。
ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館によれば、現存するものには、縦約40センチ、横約30センチに達する大きなポケットもある。
スマートフォンどころか、財布、鍵、ハンカチ、裁縫道具、眼鏡、小さな本や食べ物まで入る大きさだった。
働く女性は、ナイフや鉛筆、コルク抜きなど、仕事に必要な道具を持ち歩くこともあった。
つまり、女性のポケットは小さかったのではない。
服とは別の道具として、十分な収納力を持っていたのである。
男性は服の内側に、女性は服の下に持っていた
男性のコート、上着、ベスト、ズボンには、比較的早い時代からポケットが縫い込まれていった。
一方、女性のポケットは、衣服から独立した袋として使われることが多かった。
どちらも物を持ち歩くための仕組みだが、見え方は異なる。
男性のポケットは服の構造の一部として表に現れ、女性のポケットはふくらみのあるスカートの下に隠された。
そこには、当時の衣服の形が関係している。
大きく広がったスカートの下には、腰から下げた袋を隠す空間があった。ポケットに多くの物を入れても、外側のシルエットへ大きな影響を与えにくかった。
しかし、ファッションの形が変わると、この仕組みも使いにくくなっていく。
スカートが細くなると、ポケットは外へ出た
18世紀末から19世紀初頭にかけて、女性服では、身体に沿う細身のシルエットが広がった。
大きな袋を服の下へ隠す余裕がなくなり、中に物を入れると外から形が分かるようになる。腰に下げるポケットは、新しい服の形と相性が悪くなった。
そこで使われるようになったのが、「レティキュール」と呼ばれる小型の手提げ袋だった。
ポケットが消えて、突然バッグへ置き換わったという単純な流れではない。ポケットとバッグは長く併用され、用途や場面によって使い分けられていた。
ただし、服のシルエットが細くなるにつれて、物を持ち歩く場所が身体の内側から外側へ移っていったことは確かである。
服に隠されていた収納は、人の目に触れるバッグになった。
ここからバッグは、物を運ぶ道具であると同時に、素材や装飾、ブランドによって身分や趣味を示すファッションアイテムへ変わっていく。
実用性より、身体の線が優先された
女性服のポケットが小さくなった理由を、誰か一人の意図や、単純な男女差だけで説明することはできない。
そこには、複数の要因が重なっている。
ひとつは、服に求められるシルエットである。
身体を細く、滑らかに見せる服では、大きなポケットに物を入れると形が崩れる。デザイナーやメーカーにとって、収納力よりも、着たときの外観が優先されることがある。
もうひとつは、バッグという市場の発達である。
財布や化粧品、鍵などをバッグへ入れる生活が定着すれば、服そのものに大きな収納を付ける必要性は下がる。
さらに、女性服には男性服よりも多様なシルエットや素材が求められ、身体に密着する服や薄い生地も多い。構造上、深いポケットを付けにくい服が存在するのも事実である。
しかし、技術的に付けられないことと、最初から付けることを重視していないことは同じではない。
飾りポケットが付いているということは、ポケットの見た目は必要でも、収納する機能までは優先されなかったことを示している。
服は、その時代が誰に何を求めていたのかを、静かに映している。
働く場所が変わると、服も変わった
女性の活動範囲や仕事が変われば、服に求められる機能も変わる。
第二次世界大戦期、女性が工場や農場などで働く機会が増えると、動きやすいパンツやつなぎ型の作業着が必要になった。
スミソニアン協会の記録には、1940年代初頭、米国農務省が工場などで働く女性のために、十分なポケットを備えた作業服を設計した事例が残されている。
そのポケットは、普段ならバッグへ入れていた物を収納できるよう、ふくらみを持たせて設計されていた。
働く場所へ持っていく物が増え、両手を自由にする必要が生まれれば、服にもポケットが戻ってくる。
ポケットの有無は、流行だけでは決まらない。
その人が、社会のどこで、どのように動くことを想定されているかによって変わるのである。
大きなポケットは、自立した女性のデザインになった
20世紀のアメリカン・スポーツウェアでは、女性が現実の生活で動きやすい服をつくろうとするデザイナーたちが現れた。
クレア・マッカーデルやボニー・キャシンらが手がけた服は、身体の動きやすさ、着脱のしやすさ、組み合わせの自由などを重視していた。
そこでは、大きなポケットもデザインの重要な要素になった。
メトロポリタン美術館の資料は、こうしたポケットを、女性をハンドバッグから解放するためのものとして紹介している。
ポケットは、服の美しさを損なう余計な袋ではない。
手を自由にし、自分に必要なものを自分で管理するための機能だった。
そして、その機能自体が、新しい美しさとして表現されたのである。
スマートフォンが、古い問題を見えるようにした
現代では、ポケットをめぐる問題が、スマートフォンによって再び分かりやすくなった。
以前なら、小銭や鍵だけが入れば足りたポケットでも、大型化したスマートフォンは収まらない。浅いポケットでは、座ったときや歩いているときに落ちる可能性もある。
日常生活に欠かせない道具が大きくなったことで、服の収納力が改めて問われるようになった。
バッグを持つことが好きな人もいる。身体の線を美しく見せるため、あえてポケットを求めない人もいる。すべての女性服に、大きなポケットが必要なわけではない。
問題は、どちらかを正解にすることではない。
外観を優先した服と、実用性を重視した服。その両方を、自分の生活に合わせて選べることが大切なのである。
ポケットは、小さな生活空間である
ポケットの中には、その人の生活が入っている。
鍵、財布、スマートフォン、イヤホン、ハンカチ、薬、メモ、拾った石、誰かから渡された小さなもの。
人に見せるためではなく、自分に必要なものを、自分の身体の近くへ置く。
ポケットは、服に付いた小さな私的空間である。
だから、その大きさや位置、使いやすさには、その服を着る人が、どのような生活を送ると想定されているのかが表れる。
誰かに荷物を持ってもらう人なのか。
バッグを持つ人なのか。
両手を使って働く人なのか。
一人で街を歩き、自分のものを自分で管理する人なのか。
服の歴史を見れば、女性が常にポケットを持たなかったわけではないことが分かる。
女性たちは大きなポケットを使い、仕事の道具や大切なものを持ち歩いていた。服のシルエットや生活様式が変わるなかで、その収納場所が服の下からバッグへ移り、再び服の中へ戻る動きも生まれた。
ポケットの歴史は、単なる男女の比較ではない。
人が何を持ち、どこへ行き、どのように生きてきたのかという、暮らしの歴史なのである。
「ポケットってのは、ただの袋じゃない。
自分のものを、自分で持って歩く場所なんだよ」
——パッチおじさん
よくある質問
女性の服には、本当に男性の服よりポケットが少ないのですか?
すべての服に当てはまるわけではありませんが、女性用のパンツやジャケットには、男性用より浅いポケットや飾りポケットが採用されることがあります。身体のシルエット、素材、服の用途、バッグを併用する前提などが影響しています。
昔の女性にはポケットがなかったのですか?
いいえ。17世紀以降のヨーロッパでは、女性は腰にひもで結ぶ大きな独立式ポケットを使っていました。スカートの下に隠し、服の脇の切れ目から手を入れて、鍵や財布、裁縫道具、仕事道具などを収納していました。
女性のポケットがバッグに変わったのはなぜですか?
18世紀末から19世紀初頭に細身の服が広がり、大きなポケットをスカートの下へ隠しにくくなったことが一因です。ただし、ポケットがなくなってバッグに置き換わったという単純な変化ではなく、両者は長く併用されていました。
飾りポケットは、なぜ付いているのですか?
ポケットの線やふたには、服の形を整えたり、視覚的なアクセントを加えたりする役割があります。実際の収納機能を持たせるとシルエットが崩れるため、見た目だけを残した飾りポケットが採用されることがあります。
大きなポケットがあれば、女性服は便利になりますか?
スマートフォンや鍵を持ち歩くには便利ですが、服の素材や形によっては、重さで生地が引っ張られたり、シルエットが変わったりします。重要なのは、見た目を重視する服と機能を重視する服の両方から、生活に合ったものを選べることです。

