朱の向こうに、暮らした時間が見える。——和歌山・紀州漆器、黒江の手が重ねる日々
朝の食卓に、朱色の椀がひとつある。
湯気の立つ味噌汁を入れ、両手で持ち上げる。飲み終えたら洗い、拭いて、いつもの場所へ戻す。
翌朝も、その椀を手に取る。
そうした日々が重なるうちに、器との距離は少しずつ変わっていく。買ったばかりのときには目で確かめていた形を、いつしか手が覚えている。
和歌山県海南市の黒江地区を中心につくられる「紀州漆器」。
その代表的な技法のひとつ、根来塗には、朱の下から黒がのぞく表情がある。
そこに重なっているのは、職人が塗った層と、人が使ってきた時間へのまなざしだ。
漆器をつくる仕事が、町の姿になった
黒江の町並みには、独特のリズムがある。
道に対して家々が斜めに並び、建物の輪郭が、のこぎりの歯のように連なっている。海南市は、漆器産業の繁栄に伴って地区が広がり、現在につながる区画や町並みが形成されたことを紹介している。city.kainan.lg.jp
工芸は、工房のなかだけにあるものではない。
仕事の場所があり、人の住まいがあり、材料や製品が行き交う道がある。長い時間をかけて、ものづくりは町そのものにも形を残す。
紀州漆器協同組合によれば、産地の起源には、室町時代に木地師がつくった渋地椀と、岩出市の根来寺で僧侶たちがつくった膳や椀などがあるという。その後、紀州藩の保護のもとで漆工が盛んになっていった。kishusikki.com
人が食べる。ものを運ぶ。客を迎える。
そうした暮らしの必要に応える仕事が積み重なり、黒江は漆器の町になった。
店先の盆や椀を眺めるとき、その背景に町の姿まで思い浮かべることができる。それも、産地を知る楽しさのひとつだろう。
根来塗が見つめてきた、朱と黒の関係
根来塗は、黒漆を塗った上に朱漆を重ねる技法として知られている。
その歴史について、紀州漆器協同組合は、使ううちに表面の朱が摩耗し、下の黒が現れた姿に趣が見いだされたと説明している。kishusikki.com
鮮やかな朱が、少しずつ変わる。
触れ、持ち、使った痕跡が、器の表情になっていく。
私たちは、新品の均一な状態を、美しさの基準に置くことが多い。根来塗の歩みには、そこから変化した姿にも目を向ける感覚がある。
一方、現在の根来塗には、製作の段階で朱を研ぎ、下の黒を現す表現もある。河合漆器産業は、使用による摩耗から生まれた美意識が、意図的に黒地を研ぎ出す技法へ展開したことを紹介している。河合漆器産業株式会社
つまり、目の前の黒い模様が、すべて使い込んだ跡というわけではない。
使われた器に見いだした美しさを、職人が新しい器へ表す。その技術にも、根来塗らしい時間の重なりがある。
見える色を支える、見えない層
漆器の表面を見ると、つやや色に目が向く。
しかし、その仕上がりは、表面を塗る仕事だけで生まれるものではない。
京都女子大学生活デザイン研究所が紹介する紀州漆器の工程では、木地の乾燥、下地塗り、漆を濾す作業、塗りと研ぎ、さらに製品に応じた蒔絵や沈金などの加飾が示されている。下地は水漏れを防ぎ、上塗りを美しく仕上げるための重要な工程だ。Google Arts & Culture
完成した器からは、重ねた仕事の多くが見えなくなる。
木地を整えた跡も、下地にかけた手間も、最後の色の下へ隠れていく。それでも、その仕事は、器の形や使い心地を支えている。
朱の下に黒がある。
さらに、その下には、器を使える状態へ整えてきた工程がある。
根来塗の表情を眺めることは、見えない層へ想像を向ける入口にもなる。
一度塗れば終わるように見えたものが、実は何度もの手仕事からできている。そのことを知ると、ひとつの椀の重さまで、違って感じられるかもしれない。
産地は、暮らしの変化にも応えてきた
紀州漆器を、朱と黒の器だけで捉えることはできない。
産地では蒔絵などの加飾が発達し、昭和には天流塗、錦光塗、シルク塗といった変り塗も考案された。時代ごとに、新しい表現を取り入れてきた歴史がある。kishusikki.com
現在の産地には、伝統的な木製漆器とともに、合成樹脂素材などを使う製品もある。紀州漆器協同組合は、家庭や業務の用途に合わせた、多様な製品づくりを紹介している。sikki.org
ここでは、一つひとつの器の素材や塗装を知ることが大切になる。
同じ産地の製品でも、扱い方や使える場面は異なる。毎日の食卓へ迎えるなら、見た目に加えて、どんな材料で、どう仕上げられているのかを確かめたい。
その違いが分かることは、工芸を遠ざける理由にはならないだろう。
自分の生活に合うものを選べる。それは、長く付き合うための安心にもなる。
産地の多様さを知ると、紀州漆器は、暮らしのなかへ入る入口をいくつも持っていることが分かる。
食べてみることから、工芸との関係が始まる
器は、空の状態でも美しい。
けれど、料理が入り、持ち上げ、口へ運んだときに初めて分かることもある。
黒江には、江戸時代の塗師町家を改修した「黒江ぬりもの館」がある。海南市の紹介では、漆器を使った食事やスイーツの提供に加え、製品の販売、展示、根来模様の研ぎ出し体験などが行われている。city.kainan.lg.jp
見るだけだった器を、使ってみる。
料理を受け止めた色を眺め、手で重さや感触を確かめる。そこから、「家でも使ってみたい」という気持ちが生まれることがある。
その出会い方には、工芸を暮らしへ届けるヒントがある。
歴史や技法を詳しく学んでから買う人もいる。一方で、食事の時間が心地よく、その器の背景を知りたくなる人もいる。
使った経験が、知りたい気持ちを連れてくる。
職人の仕事を伝えるうえで、言葉と同じくらい、その経験が大切なのだと思う。
次の一膳が、次の仕事につながるために
工芸が受け継がれるには、つくる技術とともに、使われる場面が続く必要がある。
椀に何をよそうか。盆に何を載せるか。今の食卓に、どんな大きさや形が合うか。
そうした問いは、職人の技を、今日の生活につなぐ問いでもある。
美しい器をつくること。その仕事に見合う価格で届けること。使い手が素材や手入れについて相談できること。
それらがつながれば、最初の一客が、次の注文や、別の誰かへの紹介へと続いていく可能性がある。
「大切にしたい」と思った器を、毎日使える。
その関係を育てることが、産地の仕事を支える一歩になるのではないか。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
根来塗の資料を読んでいて、朱の下から現れる黒に、目が留まった。
表面が変わることを、美しさとして受け取る。
その感覚に触れると、器との付き合い方も、少し変わる気がする。
買った日の姿を覚えている。そして、使いながら変わっていく姿も見ている。時間が経つほど、その器にまつわる記憶が増えていく。
ただ、漆器の背景を知ることは、変化を楽しむことだけではない。
その色を支える下地があり、塗りと研ぎの仕事があり、つくり続けてきた町がある。
今朝、手にした椀の向こうに、黒江の仕事を思い浮かべてみる。
何気ない一膳が、遠くの産地とつながる。その小さな実感を、日々の食卓へ持ち帰れたらと思う。
参考資料
- 紀州漆器協同組合「紀州漆器について」
- 紀州漆器協同組合「紀州漆器とは・組合について」
- 海南市「黒江周辺地図」
- 海南市「黒江ぬりもの館」
- 京都女子大学生活デザイン研究所「紀州漆器」/Google Arts & Culture
- 河合漆器産業「紀州漆器のご紹介」
※本記事は自治体・関係機関・事業者の公開資料をもとに構成しています。現地取材・職人への直接インタビューは行っていません。
文・構成:三宅雅之/NEOTERRAIN Journal

