この白い模様は、糸だったころから考えられている。
鳥取・弓浜絣からたどる、暮らしの願いを織り込む仕事
濃い藍色の布に、白い模様が浮かんでいる。
鳥の姿。植物の形。繰り返される幾何学の線。
遠くから見ると、くっきりとした図柄に見える。近づくと、その輪郭はわずかに揺れている。糸が交わるところで白と藍が重なり、硬い線にはない表情を生んでいる。
鳥取県西部、米子市から境港市へと続く弓ヶ浜半島。その土地で受け継がれてきた木綿の織物が、弓浜絣だ。藍と白の対比、素朴な絵柄、ざっくりとした風合いを特徴とする。とっとり旅 〖公式〗鳥取県観光旅行情報サイト
この模様は、織り上がった布に描いたものではない。
あらかじめ糸を染め分け、それを織ることで現れる。
一枚の布になる前から、模様のための仕事が始まっている。
家族のために織った布に、願いが残った
弓浜絣は、農家の女性たちが、家族のために織った木綿の布を背景に持つ。
仕事着や晴れ着、布団の生地。暮らしに必要なものを、自分たちの手でつくってきた。その仕事は、江戸時代末期から大正時代にかけて盛んになった。pref.tottori.lg.jp
使う人の顔が、つくる人に見えていた。
どんな日に着るのか。
誰が、その布団で眠るのか。
どれほど長く使うのか。
弓浜絣工房Bの公式サイトでは、長寿を願う海老柄の着物や、子どもの健やかな成長を願う鷹・虎の柄の布団が紹介されている。図柄には、家族への思いと、その時代の暮らしが織り込まれていた。弓浜絣工房B-手織り弓浜絣製作販売-
模様を眺めることは、その形を選んだ人の気持ちを想像することでもある。
寒い日に体を包む布へ、丈夫に育ってほしいという願いを込める。
工芸の美しさは、使う人への具体的な思いから生まれることがある。
砂の土地が育てた、伯州綿
弓浜絣を語るとき、もう一つ知っておきたい名前がある。
伯州綿。
かつての伯耆国で栽培されてきた和綿で、弓ヶ浜の水はけのよい砂地に適し、この地域の織物づくりを支えてきた。繊維が短く、弾力性や保温性に優れることが特徴とされる。日本伝統文化振興機構(JTCO)
布の歴史をたどると、畑に行き着く。
白い綿を収穫し、種を取り、繊維をほぐし、糸にする。織機に糸が掛かるより前に、季節をまたぐ仕事がある。
一方、その短い繊維は、機械紡績では扱いにくい性質でもあった。近代化の中で外国産の綿や紡績糸が広がるにつれ、伯州綿の生産は衰退していった。wwwtb.mlit.go.jp
ある仕組みの中では不利になる性質が、別の使い方では魅力になる。
素材の価値は、性能の一項目だけでは決まらない。どのように糸にし、何に使い、どんな感触を求めるかによって変わる。
伯州綿と弓浜絣の関係は、そのことを考えさせる。
模様は、染めない場所から生まれる
絣づくりでは、糸の段階で、染まる部分と染まらない部分をつくる。
図案をもとに位置を決め、白く残したい部分を括る。その糸を染め、括りを解くことで、模様のもととなる染め分けができる。弓浜絣には、そのための「種糸」をつくる工程が伝わっている。伝統工芸 青山スクエア
完成した布を思い描きながら、まだ束になっている糸を扱う。
ここでは、目の前にない形を考えなければならない。
染め分けた場所が、織ったときにどこへ来るのか。
図柄をどうつなぐのか。
白く残すところを、どこまで広くするのか。
絣の白は、何もしていない場所ではない。
白く残すために、先回りして手を掛けた場所である。
模様の美しさには、染める技術とともに、染めない部分をつくる技術が働いている。
織機に向かう前から、布はつくられている
織物づくりを想像するとき、織機に座り、糸を通す姿が浮かぶ。
しかし弓浜絣には、製織までに、製図、糸の準備、種糸、括り、染色など多くの工程がある。経糸と緯糸は、それぞれ必要な準備を経て、織りの段階へ進む。日本伝統文化振興機構(JTCO)
完成品を手にしたとき、その時間の多くは見えない。
見えるのは、一枚にまとまった布だ。
だからこそ、手織りという言葉だけでは、仕事の全体を伝えきれない。
どこで図柄を決め、どこで糸を染め分け、どのように織り合わせるのか。その道筋を知ると、白い模様が違って見えてくる。
輪郭のわずかな揺れも、単に「手仕事らしい」という印象から、糸で形をつくる技術の表情へと変わる。
知ることによって、見えるものが増えていく。
いまの暮らしに、置く場所をつくる
弓浜絣には、着物地に加えて、のれんやテーブルセンターなど、暮らしの中で使う製品への展開がある。pref.tottori.lg.jp
鳥取県が紹介する「鳥取弓浜 中村括り」のページには、ワークキャップやテディベアも掲載されている。つくり手の指針は、現代の弓浜絣に、現代の価値を与えることだという。pref.tottori.lg.jp
この広がりは、伝統を使い続けるための具体的な工夫だ。
着物を着る機会が少なくても、帽子なら日々の外出に使えるかもしれない。布の風合いを気に入った人が、身近な小物から産地に関心を持つこともあるだろう。
ただ、小さな製品になれば、選ばれるとは限らない。
使いやすい形か。
手入れはできるか。
その模様を、自分の生活に置きたいと思えるか。
伝統技術に、新しい使い手の条件を重ねていく必要がある。
かつて家族の暮らしに合わせて織られた布を、いまの人の暮らしに合わせて届ける。その仕事は、弓浜絣の始まりともつながっている。
技術を学んだ人が、仕事を続けるために
弓浜絣では、後継者養成研修から独立へ進んだつくり手もいる。
「鳥取弓浜 中村括り」の中村武志さんは、行政の支援を受けた研修で学び、3年間の修行後、2010年に独立したと紹介されている。pref.tottori.lg.jp
技術を教える仕組みが、次の担い手へつながった例だ。
その先には、学んだ技術を仕事として続ける段階がある。
布をつくる時間を確保すること。
製品を考え、価格を決めること。
使い手と出会う場所をつくること。
これらは、織る技術と同じくらい、産地の未来に関わる。
使い手にとっても、制作の背景や扱い方がわかれば、納得して選びやすくなる。藍染めの製品には色移りなどへの配慮が必要で、工房も使用・洗濯時の注意を案内している。購入した製品ごとの説明を確かめることが、長く使う入口になる。弓浜絣工房B-手織り弓浜絣製作販売-
つくる技術と、使い続けるための情報。
両方が届くことで、工芸との関係は、買った日の先へ続いていく。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
弓浜絣の模様を見ていると、布が、誰かを思うための場所だったことに気づく。
長く生きてほしい。
丈夫に育ってほしい。
寒い日に、温かく過ごしてほしい。
その願いを、糸の段階から準備する。
完成した姿を思い浮かべ、括り、染め、織っていく。すぐには形にならない仕事の中に、使う人へ向けた時間がある。
もちろん、現代の工芸を、その情緒だけで支えることはできない。
つくり手には対価が必要で、使い手には、自分の生活に合う理由が必要だ。
それでも、一枚の布の向こうに人の思いが見えたとき、選び方は少し変わると思う。
濃い藍色の中に、白い模様がある。
その輪郭を目で追いながら、糸だったころの仕事を想像する。
暮らしを包む布には、完成する前から、誰かの時間が織り込まれている。
参考資料・公式サイト
※本記事は、自治体・工芸振興団体・製作工房などの公開資料に基づいて構成しています。

