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地球人は、なぜ時間を同じにしたの?

世界各地を結ぶ光の線と夜明けの地球を、山上から観測するNOLU
世界各地を結ぶ光の線と夜明けの地球を、山上から観測するNOLU

朝、同じ時刻に目覚まし時計が鳴る。

決められた時刻に電車が到着し、学校や会社が始まる。

遠く離れた国とも、時差を計算すれば同じ瞬間に会話できる。

地球人は、時計が示す時間に合わせて社会を動かしている。

けれど、NOLUには不思議だった。

太陽が昇る時刻も、空の明るさも、土地によって違う。

それなのに、なぜ人間は時間をそろえたのだろう。

Contents

かつて、時間は土地ごとに違っていた

時計が広く使われる前、人間は太陽の動きから時間を知っていた。

太陽が最も高くなる頃が昼。暗くなれば、一日の活動を終える。

しかし地球は丸く、自転している。

東にある町では太陽が早く昇り、西にある町では遅く昇る。そのため、同じ国の中でも「正午」が訪れる瞬間は少しずつ異なっていた。

かつて多くの町は、それぞれの土地で見える太陽を基準に時刻を決めていた。

隣町との時刻が数分違っていても、人や物の移動が徒歩や馬の速さなら、大きな問題にはならなかった。

時間は、土地に結びついていた。

人間は時計よりも、空の明るさや季節の変化に合わせて暮らしていた。

鉄道は、異なる時間を一つの線で結んだ

19世紀になると、鉄道が各地を結び始めた。

人間は、それまで何日もかかっていた距離を、数時間で移動できるようになった。

そこで問題が起きた。

出発する町と到着する町で時刻が違えば、時刻表を正確につくれない。列車同士のすれ違いや乗り継ぎを管理することも難しくなる。

一つの線路の上を複数の列車が走るためには、駅ごとに異なる時間ではなく、共通の時間が必要だった。

イギリスでは、19世紀半ばまで多くの町が太陽を基準とした独自の時刻を使っていた。鉄道網と通信網の拡大を背景に、鉄道会社はグリニッジ平均時を採用していった。

1847年にはグリニッジ平均時が鉄道の共通時刻として広がり、1880年にはイギリスの法的な標準時となった。Royal Museums Greenwich

人間が時間をそろえたのは、時計を正しくするためだけではない。

離れた場所にいる人々の行動を、同時に動かすためだった。

電信は、時間を遠くまで運んだ

鉄道とともに、もう一つの技術が時間を変えた。

電信である。

情報が人や馬よりも速く移動するようになると、遠く離れた町同士が、同じ瞬間を共有できるようになった。

1852年にグリニッジ王立天文台へ設置された時計の時刻は、電信線を通してイギリス各地へ送られた。1866年には、大西洋を横断する海底ケーブルを通じてアメリカにも時刻信号が送られている。Royal Museums Greenwich

時間は、空を見て知るものから、通信によって受け取るものへ変わっていった。

それは現代の電波時計やスマートフォンにもつながっている。

世界を動かすために、時間帯がつくられた

鉄道、船、電信、貿易が国境を越えて広がると、国同士にも共通の基準が必要になった。

1884年、国際子午線会議でイギリスのグリニッジを通る子午線が、世界の経度を測る基準として採用された。

地球は一日に一回転する。

その回転をもとに考えると、経度15度の違いがおよそ1時間の時差になる。こうして世界は、共通の基準から時刻をずらす「タイムゾーン」で結ばれていった。

ただし、現在のタイムゾーンは経度だけで機械的に決まっているわけではない。

国境、経済圏、国内の統一、周辺国との関係。時間帯の境界には、人間がつくった政治や社会の事情も表れている。

人間は土地に国境を引いただけではない。

時間にも、見えない境界を引いた。

日本も、一つの時刻で動く国になった

日本でも、かつては地域ごとに太陽の位置が違っていた。

しかし鉄道や通信が広がり、国全体を一つの仕組みとして動かすには、共通の時刻が必要になった。

1886年、日本は東経135度の時刻を標準時と定め、1888年1月1日から使用を始めた。

東経135度の子午線は、兵庫県明石市などを通っている。日本標準時は現在、協定世界時より9時間進んだ「UTC+9」として運用されている。情報通信研究機構・日本標準時

北海道から沖縄まで、太陽が昇る時刻は同じではない。

それでも日本列島は、一つの時計で動いている。

共通の時間が、巨大な社会を可能にした

時間をそろえたことで、人間は遠く離れた場所でも協力できるようになった。

列車や飛行機を運行する。

工場で多くの人が交代しながら働く。

学校の授業を同じ時刻に始める。

世界各地の市場をつなぎ、人工衛星や通信網を動かす。

現在、国際的な時刻の基準となっている協定世界時、UTCは、各国の研究機関や天文台が維持する原子時計のデータをもとにつくられている。国際度量衡局

文明が複雑になるほど、時間には高い精度が求められる。

現代社会では、わずかな時刻のずれが、通信、金融、電力、測位システムなどに影響する。

かつて太陽を見上げて知っていた時間を、人間はいま、地球規模の技術によって共有している。

時計に合わせて、人間が動くようになった

共通の時間は、社会を便利にした。

一方で、人間の暮らしを時計へ強く結びつけた。

朝日が昇る前でも、時計が朝を示せば起きる。

空が明るくても、終業時刻になれば仕事を終える。

身体が休みたくても、予定された時間に合わせて移動し、働き、学ぶ。

標準時が生まれる前、人間は土地の太陽に合わせて時間を決めていた。

標準時が生まれた後、人間は時計に合わせて自分の行動を決めるようになった。

時間を統一したことで、人間は距離を越えて協力できるようになった。

同時に、土地ごとに異なっていた一日のリズムは、一つの社会的な時刻へ置き換えられていった。

NOLUの観測

NOLUは、朝の地球を見ていた。

ある土地では太陽が昇り、人々が駅へ向かっている。

別の土地では夜が続き、眠っている人の枕元でスマートフォンだけが光っている。

地球には、同じ明るさの瞬間はない。

それでも人間は、離れた場所に共通の時刻をつくった。

鉄道を走らせるため。

情報を届けるため。

大勢の人間が、同じ社会を動かすため。

NOLUは観測ノートに記した。

人間がそろえたのは、太陽の動きではない。

離れた場所にいる、人間の行動だった。

共通の時間が生まれたことで、地球は小さくなった。

けれど人間はいつから、太陽ではなく、時計に一日を決めてもらうようになったのだろう。

地球の時間は、場所ごとに違う。
同じにしたのは、人間です。

NOLUの地球観測ノート #08

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