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一人を雇うには、六千万円の売上がいる

黒と藍の地層に金色の亀裂と二つの人影、赤い道を描き、「一人分の未来を、会社は背負う。」と記した抽象画
黒と藍の地層に金色の亀裂と二つの人影、赤い道
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独立3年目、ようやく「経営する」ということが見えてきた

先日、税理士と会社の決算について話した。

売上、粗利、固定費、役員報酬、減価償却、役員借入金。決算書に並ぶ数字を一つずつ確認しながら、来期の計画について話し合った。

決して明るい決算ではない。むしろ、独立して3年目を迎えた会社は、これまでで最も厳しい場所にいる。

それでも、税理士との会話を終えたとき、意外な感覚が残った。

自分は、きちんと経営の話をしていた。

専門用語を並べられたという意味ではない。役員報酬をいくらにすれば会社に現金が残るのか。どの売上水準なら赤字を止められるのか。何を固定費として持ち、何を外部の力に頼るべきか。数字を、自分の会社の現実として話せるようになっていた。

独立したからといって、すぐに経営者になれるわけではない。

会社を登記した日でも、代表取締役と書かれた名刺を持った日でもなかった。赤字の決算書を前にして、逃げずに「次の一年をどう生き延びるか」を考えたとき、ようやく経営者としての自覚が生まれたのかもしれない。

「給料」は、どこから来ていたのか

私は長く、大きな組織で会社員として働いてきた。

毎月決まった日に給与が振り込まれ、社会保険料は会社が負担し、交通費が支給され、仕事に必要な場所や機材が用意されていた。経理、人事、法務、営業、総務といった部門が、それぞれの役割を担っていた。

大きな案件では、多くのスタッフが動いた。プロデューサー、ディレクター、プロダクションマネージャー、カメラマン、照明、編集、デザイナー。必要な人材を集め、一定の時間と予算をかけて、一本の映像をつくることができた。

当時も、制作費や利益について考えていたつもりだった。

しかし、自分の給与そのものが、どれだけ多くの売上と仕組みによって支えられていたのかまでは、見えていなかった。

会社員の給与は、本人が担当した案件の利益だけから支払われるわけではない。長年かけて築かれた顧客との関係、会社の信用、過去の利益、複数事業の収益、営業部門の努力、管理部門の支え。そのすべてが重なって、一人の社員の「毎月」が守られている。

独立して初めて、その環境がどれほど恵まれていたのかを知った。

それは会社員時代を否定する気づきではない。むしろ逆だ。自分が長い間、組織という大きな船に守られていたことへの、遅れてやってきた感謝である。

一人の社員を雇うということ

税理士との会話で、もう一つ大きな気づきがあった。

自分の会社で一人の社員を雇うには、少なくとも六千万円程度の売上が必要なのではないか。

もちろん、これはすべての会社に当てはまる数字ではない。業種、粗利率、給与水準、外注費、固定費によって条件は変わる。

ただ、現在の会社の収益構造に照らして考えると、そのくらいの売上がなければ、安心して一人の生活を預かることは難しい。

年収四百万円の社員を一人雇うとしても、会社が負担するのは四百万円だけではない。社会保険、交通費、機材、作業環境、採用や教育の費用がかかる。仕事が少ない月にも給与は支払わなければならない。本人が病気になったときも、会社は続いていなければならない。

人を雇うとは、労働力を買うことではない。

その人の来月を引き受けることだ。

売上が三千万円、四千万円でも、計算上は社員を雇えるかもしれない。しかし、案件が一本延期になり、入金が一か月ずれただけで給与の支払いに迷うようでは、雇用を守っているとはいえない。

六千万円という数字は、単なる損益分岐点ではない。

私にとっては、一人の人生に対して責任を持つための「安全圏」なのだと思う。

会社員時代、組織の中には多くの社員がいた。いま振り返れば、その人数分の来月を、誰かが背負い続けていたのである。

ドラマでは、苦境の先に光が差す

経営が苦しくなると、なぜか経営を題材にしたドラマが頭に浮かぶ。

『陸王』では、老舗企業が生き残りをかけて新しい商品に挑む。『下町ロケット』では、技術への誇りと資金繰り、大企業との力関係が交錯する。『グランメゾン東京』では、傷を抱えた人たちが再び集まり、才能と執念によって店をつくり直していく。

そして『梨泰院クラス』では、苦境に立つ主人公に、思いがけない人物が手を差し伸べる。

現実にも、町の資産家が突然現れて、「あなたの事業には可能性がある」と資金を出してくれないものか。そんなことを冗談半分に考える。

ドラマでは、苦境には意味がある。

資金が尽きそうになれば支援者が現れ、絶体絶命の場面では仲間が立ち上がる。努力してきた主人公の前に、物語を次へ進めるための扉が用意されている。

しかし、現実の経営には脚本がない。

月末は、演出上の都合で延期されない。支払日は予定どおりやってくる。渾身の企画書を提出しても、返事が来ないことがある。長年の経験があるからといって、仕事が自動的に集まるわけでもない。

誰かが助けに来る保証はない。

だから経営者は、奇跡を待ちながらも、奇跡が起こらない前提で資金を管理しなければならない。

ドラマの主人公と現実の経営者の違いは、情熱の強さではない。現実では、情熱と同時に、預金残高を見続けなければならないことだ。

赤字が教えたこと

独立後、私は仕事をつくることに意識を向けてきた。

映像制作、企画、ディレクション、プロデュース。そして、自分自身のメディアであるNEOTERRAINとJournal。社会、経済、文化、地域、環境を扱いながら、記事や映像を積み重ねてきた。

そこには、自分が長年培ってきた経験を、会社員時代とは異なる形で社会へ返したいという思いがある。

一方で、事業は思いだけでは続かない。

記事が読まれることと、会社に現金が入ることは同じではない。登録者が増えることと、月末の支払いができることも同じではない。将来価値を生む活動と、今日の会社を支える売上は、分けて考える必要がある。

赤字は、その当たり前のことを、容赦なく教えてくれた。

いま必要なのは、すべての構想を諦めることではない。

役員報酬を見直し、固定費を抑え、交際費にも上限を設ける。社員を抱えるのではなく、案件ごとに外部の仲間と組む。映像制作やプロダクションマネジメントの仕事で足元の現金をつくりながら、NEOTERRAINという資産を育てていく。

受託で今日を生き、編集IPで明日をつくる。

華やかな戦略ではない。しかし、いまの自分にとっては、最も現実的な経営である。

まだ成功物語ではない

独立3年目。

会社は苦境にあり、先の見通しが十分に立っているわけでもない。決算書には、これまでの判断の結果が数字となって残っている。

それでも、以前とは少し違う。

赤字を見て、ただ不安になるだけではなくなった。この費用を下げれば、損益分岐点がどこまで下がるのか。どの仕事で現金をつくり、どの活動を将来の資産として残すのか。誰かを雇う前に、何を整えなければならないのか。

ようやく、自分の会社を自分の言葉で語り始めている。

『陸王』も、『下町ロケット』も、『グランメゾン東京』も、『梨泰院クラス』も、主人公が最初から勝者だった物語ではない。失敗し、信用を失い、資金に苦しみ、それでも自分が何をつくりたいのかを問い直す物語だった。

ただし、これはドラマではない。

次の回に都合よく支援者が現れるとは限らないし、最終回に成功が約束されているわけでもない。

だからこそ、自分で次の売上をつくる。自分で支出を決める。自分で会社を生かす。

経営者とは、未来を語る人ではなく、未来を語り続けられるように、今日の現金を守る人なのかもしれない。

これは成功した経営者の回想ではない。

会社を続けられるかどうか、その渦中にいる人間の記録である。

それでも私は、ここから始めたいと思っている。

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