EVは、静かに走ります。
排気ガスを出さず、都市の空気を汚さず、未来の移動を象徴するように、なめらかに道路を進んでいく。
その姿は、たしかにクリーンに見えます。
けれど、そのバッテリーはどこから来ているのでしょうか。
電気自動車、スマートフォン、蓄電池、再生可能エネルギーを支える電力システム。そこに欠かせない鉱物のひとつが、リチウムです。
IEAは、2024年のリチウム需要が約30%増加したと報告しています。その成長は、EVや蓄電池、再生可能エネルギー、送電網といったエネルギー用途によって牽引されています。
つまり、私たちが“クリーンな未来”を急ぐほど、リチウムへの圧力は強まっているのです。
そのリチウムの主要な産地のひとつが、南米チリのアタカマ砂漠です。
世界でもっとも乾いた地域のひとつとされるこの土地で、地下のかん水を汲み上げ、蒸発池で濃縮し、リチウムが取り出されています。
ここで生まれる問いは、とてもシンプルです。
脱炭素のための電池は、誰の水でできているのか。
リチウムは、“未来の金属”になった
リチウムは、もはや単なる鉱物ではありません。
それは、電化された社会を支える“未来の金属”です。
EVのバッテリー。
家庭用蓄電池。
再生可能エネルギーを安定させる大型蓄電システム。
そして、私たちが日々使うスマートフォンやノートパソコン。
リチウムは、現代の暮らしと脱炭素社会のあいだをつなぐ、見えない血液のような存在になっています。
しかし、血液を流すためには、どこかから資源を取り出さなければなりません。
その現場が、アタカマ砂漠です。
チリ北部に広がるこの乾いた大地には、塩湖と地下かん水が存在します。リチウム採掘では、そのかん水を汲み上げ、広大な蒸発池で太陽と風にさらし、濃縮していきます。
山を大きく削る鉱山とは違い、その光景は一見すると静かです。
青や白、緑がかった蒸発池が、砂漠の中に幾何学模様のように広がる。上空から見れば、むしろ美しくすら見えるかもしれません。
けれど、その静けさの下で、水の流れ、生態系、土地に暮らす人々の生活が揺れています。
砂漠の水は、無限ではない
アタカマ砂漠では、水は単なる資源ではありません。
それは、生活であり、記憶であり、信仰であり、生態系そのものです。
乾いた土地において、水は、都市部に暮らす私たちが想像する以上に重い意味を持ちます。
飲み水。
農業。
家畜。
湿地。
フラミンゴが生息するラグーン。
先住民コミュニティが守ってきた土地の循環。
リチウム採掘が地下かん水や周辺環境へどのような影響を与えるのか。これは、科学的にも社会的にも、非常に繊細な問題です。
ロイターは、アタカマ砂漠の先住民コミュニティが、リチウム採掘拡大をめぐり、鉱山会社や国営企業との協議の中で、より大きな関与や環境監視を求めていると報じています。
ここで重要なのは、単純に「企業対住民」という構図にしないことです。
リチウムは、チリにとって重要な国家資源です。雇用、税収、産業育成、国際競争力にも関わります。
一方で、土地の水や生態系、文化的な記憶は、そこに暮らす人々にとって代替できないものです。
経済成長のために必要な資源。
しかし、その資源を取り出すことで失われるかもしれない水。
この緊張関係こそ、アタカマ砂漠が世界に突きつけている問いです。
クリーンな消費は、汚れた生産地を見えなくする
都市に暮らす私たちは、製品の出口を見ています。
EVの静かな走り。
充電スタンド。
排気ガスのない道路。
スマートな広告。
脱炭素という美しい言葉。
しかし、製品の入口は遠くにあります。
鉱山。
塩湖。
精製施設。
港。
輸送船。
そして、その土地に暮らす人々。
私たちが“環境に良いもの”として受け取っている製品は、その前段階で、別の環境に負荷をかけているかもしれません。
これは、EVを否定する話ではありません。
むしろ、EVや蓄電池、再生可能エネルギーは、脱炭素社会にとって重要な技術です。
問題は、その技術を支えるサプライチェーンが、本当に持続可能なのかということです。
都市の排気ガスを減らすことと、砂漠の水を守ること。
この二つは、本来、同時に考えなければなりません。
もし、ある場所の空気をきれいにするために、別の場所の水を奪っているのだとしたら、それは本当に“グリーン”と呼べるのでしょうか。
DLEは、解決策になるのか
もちろん、採掘の現場でも変化は始まっています。
近年、注目されているのが、DLEと呼ばれる直接リチウム抽出技術です。
従来のように大量のかん水を蒸発池で長期間濃縮する方法ではなく、かん水からリチウムを直接抽出し、残ったかん水を戻すことで、環境負荷を減らそうとする技術です。
ロイターは、リチウム大手アルベマールが、チリのサラール・デ・アタカマでDLEプロジェクトの環境審査を開始したと報じています。同社は、リチウム回収量を増やしながら、かん水の採取量を減らすことを目指しています。
これは、重要な一歩です。
しかし、技術がすべてを解決するとは限りません。
本当に水への負荷は減るのか。
塩湖の生態系は守られるのか。
地域社会は意思決定に参加できるのか。
採掘による利益は、誰に分配されるのか。
問いは、技術だけでは終わりません。
必要なのは、より効率的な抽出方法だけではなく、土地と人と水を含めた制度設計です。
脱炭素は、犠牲の移転であってはならない
私たちは、脱炭素を急がなければなりません。
気候変動は現実であり、化石燃料に依存した社会からの転換は必要です。
けれど、その転換が、別の場所の自然や暮らしを犠牲にしてよいわけではありません。
インドネシアのニッケルは、森を問いかけました。
チリのリチウムは、水を問いかけています。
EVは、走るときには排気ガスを出さない。
しかし、そのバッテリーをつくるまでの過程には、採掘、精製、輸送、電力、廃棄、リサイクルという長い道があります。
その全体を見なければ、私たちは“クリーン”という言葉の入口だけを見て、出口を見失ってしまいます。
脱炭素とは、排気ガスを消すことだけではありません。
その未来を支える土地の水、森、人の暮らしまで守ることです。
アタカマ砂漠の乾いた風は、私たちに問いかけています。
あなたのバッテリーは、誰の水でできているのか。
そして、クリーンな未来は、本当にクリーンなまま、つくることができるのか。
NEOTERRAINは、これからも世界の現場から、見えない構造と未来への問いを読み解いていきます。

