NEOTERRAINの書籍・Tシャツ・トートバッグを公開中

新潟県は、どうやって「米どころ」になったのか?

Illustration of Niigata’s rice fields, waterways and distant mountains, with a steaming bowl of rice in the foreground. Japanese text reads: “A bowl of rice holds the time of those who changed the river.”
新潟の米どころを支える水の歴史|一杯のご飯と田園風景
Contents

一杯のご飯と、水の逃げ道

炊きたてのご飯から、白い湯気が上がる。

茶碗を持つ手に、ほのかな温かさが伝わってくる。ひと口食べて、今日は少しゆっくり過ごそうと思う。旅先の朝には、そんな小さな豊かさがある。

新潟を訪れる理由に、お米のおいしさを挙げる人は多いだろう。車窓に広がる田んぼを見れば、その理由も分かる気がする。広い平野を風が渡り、季節ごとに水面や稲穂が光を返す。

けれど、その穏やかさを、この土地が初めから持っていたと考えると、見落としてしまうものがある。

一杯のご飯の向こうには、水の行き先を変えてきた歴史がある。

稲を育てる水と、暮らしを奪う水。その両方を受け止めながら、人々はここを、生きていける土地にしてきた。

水がとどまる越後平野と、こもり水の記憶

海が近くても、水は出ていかない

地図を見ると、新潟の平野は日本海に面している。

川があふれても、海へ流れていきそうに見える。しかし、水の動きは、地図の上の距離だけでは決まらない。

越後平野の西側には弥彦山や角田山が連なり、海岸には砂丘がある。低い土地にあふれた水は、こうした地形に囲まれて、なかなか抜けなかった。長くとどまる濁水は「こもり水」と呼ばれ、人々に恐れられていた。大河津分水通水100周年

海は見えるほど近くにある。それでも、水は出ていかない。

そのもどかしさを想像すると、現在の田園風景に、別の時間が重なってくる。収穫を待つはずの田畑に、水が居座る。水が引くのを待つあいだにも、人の暮らしは続いていく。

稲には水が必要だ。しかし、多すぎれば育てられない。

資源が豊富にあることと、その資源を安心して使えることのあいだには、仕組みをつくる仕事がある。

新潟の水の歴史は、その距離を教えてくれる。

大河津分水をイメージした、水の逃げ道

川に、もう一つの出口をつくる

その仕組みの一つが、大河津分水だ。

信濃川の水を、河口まで流れる途中で日本海へ逃がす、総延長およそ10キロの人工河川。洪水時には水を分水路へ流し、平常時には、下流へ生活や農業に必要な水を送る。水の行き先を調節することで、越後平野の水害軽減に大きな役割を果たしてきた。hrr.mlit.go.jp

田んぼに水を引くことなら、お米づくりとの関係を想像しやすい。

一方、水を遠ざけることも、稲を育てる条件になる。大河津分水は、その関係を風景の大きさで見せてくれる場所だ。

ただし、川に新しい出口をつくる計画には、別の場所で暮らす人々への影響もあった。

明治初期には、分水路によって信濃川河口の水深が浅くなり、新潟港に支障が出るという懸念が示され、工事が中止された。大河津分水通水100周年

田畑を守るために水を逃がしたい。港の機能を保つために、下流の流れも気になる。

一つの川に、農業と物流と街の暮らしがつながっている。それぞれの必要が、同じ方向を向くとは限らない。

ここには、土地を知るうえで大切な複雑さがある。誰かを救うための計画であっても、その先で何が変わるのかを考える必要があるのだ。

田園と港をつなぐ、新潟の水の流れ

穏やかな風景は、動き続ける設備の上にある

大河津分水は、1922年に通水した。

しかし、それだけで現在の田園風景が完成したわけではない。川からあふれる水への対策に加えて、低い土地にたまる水を排出する仕組みも必要だった。大河津分水通水100周年

新潟平野の低地では、土地改良や農業用排水施設の整備が、農作業の環境を変えてきた。今も、機械による排水が農地や市街地を支えている。maff.go.jp

田んぼを眺めているだけでは、その働きは見えにくい。

風に揺れる稲穂は見える。遠くの山も見える。けれど、水位を確認する仕事や、設備を点検し、補修する仕事までは、風景の表面に現れない。

穏やかに見える場所にも、動き続ける仕組みがある。

新潟のお米の価値には、品種や栽培の技術、生産者の手間など、多くの要素が重なっている。その足元の一つに、水を管理する仕事がある。

だから、「米どころ」の歴史をたどる旅は、田んぼの外へも続いていく。

新潟の田園を支える排水設備と保守の仕事

商品の価値は、どこまで広がっているのか

ここからは、この歴史を、私たちの仕事に引き寄せて考えてみたい。

商品について語るとき、私たちは、目に見える特徴を取り上げる。味、形、性能、デザイン。それらは、選んでもらうための大切な価値だ。

同時に、その価値を繰り返し届けるには、調達や物流、品質管理、設備の保守といった仕事が欠かせない。

一度おいしいものをつくることと、おいしいものを届け続けること。その両方を支える仕事によって、信頼は積み重なっていく。

新潟の田園風景を、そのように読むこともできる。

また、大河津分水の計画が港への影響と向き合った歴史は、組織の判断にも重なる。

ある部署の効率が上がっても、別の部署の負担が増えることがある。目の前の数字が改善しても、取引先や現場で、別の難しさが生まれる場合もある。

改善を考えるとき、その流れの先には誰がいるのか。

川の歴史から持ち帰れるのは、そんな問いかもしれない。

新潟の川辺で、風景の歴史を思う

次の新潟旅行では、川にも立ち寄ってみる

新潟で、おいしいご飯を食べる。

そのあとに、大河津分水へ足を延ばしてみる。信濃川大河津資料館では、水害の歴史や分水路の役割を学ぶことができる。hrr.mlit.go.jp

大きな水の流れを前にして、朝に食べた一杯を思い出す。

あの田んぼの水は、どこから来て、どこへ向かうのだろう。雨が降り続く夜、この土地を見守っているのは誰だろう。

問いを一つ持つだけで、旅先の風景には奥行きが生まれる。

稲穂の向こうに、水の逃げ道がある。

その向こうに、この土地で暮らし続けたいと願ってきた人々がいる。

新潟の豊かさは、自然の恵みと、それを暮らしにつなぐ仕事が、長い時間をかけて重なってきた豊かさなのだ。

EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN

旅先で食べるご飯は、その土地を知る入口になる。

味わいから田んぼを想像し、田んぼから水の流れをたどる。その先に、堰や排水機場があり、日々それを支える人の仕事がある。

背景を知ったあとでは、同じ風景にも、これまで気づかなかったものが見えてくる。

それは、私たちが普段受け取っている商品やサービスにも通じる見方だと思う。目の前に届いたものから、その向こうにいる人を想像する。何事もなく過ごせた一日のなかに、誰かの仕事を見つける。

次に新潟で茶碗を持ったとき、湯気の向こうに、川の流れが浮かぶかもしれない。

そのとき、一杯のご飯は、この土地を思う時間にもなる。


参考資料

この記事が響いたら、シェアしていただけると嬉しいです。
  • URLをコピーしました!
Contents