奄美大島で、新たな特産品づくりが始まっている。
その主役は、あの甘い香りで知られる「バニラ」だ。
奄美市笠利町のハウスに並ぶ、つる性植物。
ぶら下がる実はインゲン豆のように見えるが、乾燥・発酵・熟成を経て、アイスクリームや洋菓子に使われる「バニラビーンズ」へと変わる。
栽培に挑んでいるのは、AMAMIバリュープロデュース代表・林晋太郎氏。
元農水省・外務省職員という異色の経歴を持つ。タンザニア赴任中に出合ったバニラ栽培を、故郷・奄美で事業化した。
だが、この挑戦の本質は“珍しい作物づくり”ではない。
背景にあるのは、日本と世界のバニラ市場構造だ。
世界市場:不安定な供給と価格高騰
世界の天然バニラの約7割は、マダガスカルを中心とするアフリカ地域で生産されている。
天然バニラは受粉から収穫、さらに半年以上かけて発酵・熟成する手間のかかる作物だ。
サイクロンや政治不安、盗難被害などにより、価格は乱高下する。
過去には1キロ数万円から十数万円へと急騰した時期もある。
これは“香り”が農産物でありながら、地政学リスクを抱えるコモディティであることを意味している。
そのため世界市場では合成香料(バニリン)が主流となり、天然バニラは希少性ゆえに高級菓子やクラフトアイス市場へとシフトしている。
日本市場:ほぼ100%輸入依存
日本は天然バニラをほぼ全量輸入に頼っている。
国産バニラの流通量はごくわずかだ。
しかし近年、日本のスイーツ市場では「素材ストーリー」への関心が高まっている。
- シングルオリジンチョコレート
- 国産カカオ
- クラフトラム
- テロワールを語る茶葉やワイン
“どこで、誰が、どう作ったか”が価値になる時代。
奄美産バニラが意味を持つのは、まさにこの文脈の中にある。
なぜ奄美なのか
奄美は亜熱帯性気候で、バニラ栽培に一定の適性がある。
しかし最大の難関は気候ではない。
加工技術の確立である。
収穫したばかりのバニラは、ほとんど香らない。
乾燥、発酵、熟成――この工程の出来が品質を決定する。
「収穫できたバニラを加工して、良いものを作れる技術・ノウハウを確立することが今の一番重要な段階だと思う」
つまり今は“栽培フェーズ”ではなく“技術確立フェーズ”にある。
経済的インパクトはあるのか
林氏は4年後に年間500キロの生産を目指す。
世界規模で見れば微量だ。
だが、日本国内市場においては意味を持つ可能性がある。
もし1キロ数万円規模で安定出荷できれば、
小規模でも高付加価値農業として成立する。
さらに重要なのは観光との接続だ。
世界自然遺産登録以降、奄美大島の注目度は高まっている。
“奄美産バニラ”は、
- ガストロノミーツーリズム
- パティシエとの共同開発
- 地域ブランド化
へと波及する可能性がある。
これは単なる農業ではない。
香りを軸にした地域ブランディング戦略でもある。
これは挑戦か、それとも構造転換か
天然バニラ市場は不安定。
日本は輸入依存。
消費者はストーリーを求めている。
この3点が交差する地点に、奄美の挑戦はある。
まだ収穫量はわずか。
だが、林氏はこう語る。
「奄美産のバニラを待ってくれている人たちに届けられるよう作っていく責任があると感じている」
奄美のバニラは“特産品”で終わるのか。
それとも、輸入依存の構造に小さな揺らぎを生むのか。
南の島で始まったこの試みは、単なる甘い香りの話ではない。
それは、地域がどのようにグローバル市場と接続するかという実験なのである。
