NEOTERRAINオリジナルTシャツ販売中!

ソウル「路地の資本論」─延南洞・益善洞・聖水が示す“小さく続ける経済”

夕方の延南洞の路地を歩く2人のシルエット。小さなカフェと植木が並ぶ静かな通り(ソウル)
ソウル・延南洞の細い路地。(本画像はイメージ生成)

ソウルには、大通りではなく「路地」から立ち上がる経済がある。派手な再開発や巨大投資ではなく、小さな空間 × 手仕事 × 歩く速度が価値を生む生態系だ。NEOTERRAINは、延南洞・益善洞・聖水という三つのエリアを歩き、若者の生活と小規模ビジネスがつくる“続けられる経済”を観察した。

Contents

1|若者と都市のいま:安定の揺らぎ

韓国では、若年層の雇用は量よりも安定性の欠如が課題だ。2024年の若年失業率はおおむね6%前後(15–24歳、ILO推計)[1]。同時に住居コストは上昇を続け、映画『パラサイト』で象徴化された半地下(バンジハ)の居住は2024年時点で約26.1万戸の半/地下住戸、2025年公表資料では約39.8万世帯という統計も示されている[2][3]。こうした環境下で、小規模ビジネスによる自立が現実的な選択肢となっている。

2|延南洞:回遊が価値を増幅する

延南洞は、カフェや雑貨、花、器、本屋が歩幅の距離でつながる路地の街だ。多くの店は10〜20坪・12〜24席規模。平均客単価は5,000〜6,500ウォン、焼菓子や小物は粗利40〜55%レンジが目安になる。ここでは「店単体」で完結させず、コーヒー → 花 → 器 → 本 → 焼菓子“歩く動線=回遊”そのものが消費を生む。路地全体がメディアとして機能し、世界観の移動が付加価値になる。

ソウル・延南洞の細い路地。(本画像はイメージ生成)

3|益善洞:滞在の密度を売る

益善洞は韓屋(ハノク)保存により大規模化しづらい。だからこそ、滞在そのものが価値へ転化する。ティールームや香りの店では客単価1.5万〜3万ウォン/滞在1〜2時間といった“ゆっくり消費”が成立する。一方で人気化に伴う賃料上昇や用途転換が議論を生むため、体験・小規模ワークショップ・オンライン再購入という三層収益で持続性を設計する動きが広がっている[4][5]

ソウル・益善洞の韓屋路地。(本画像はイメージ生成)

4|聖水:関係を維持するD2C

元・製靴工場街の聖水は、工房併設のD2Cブランドや大型EC発の拠点が集積し、少量生産 × 実店舗体験 × ECを往復する。多くの小規模ブランドでEC比率50%超/再購入率30〜45%がひとつの目標帯とされ、修理サービスがロイヤリティ(LTV)を押し上げる。直近5年でソウル有数の賃料上昇エリアとなったとの研究指摘もあり、“体験×関係”で坪効率を上げる必然性が高い[6]。F&B分野では原材料や大手チェーン価格の上昇が続き(例:Tall Americano 4,700ウォンへ値上げ)[7]回遊・滞在・関係という“アップサイド”を意図的に設計する重要性が増している。

ソウル・聖水洞のリノベーション倉庫(本画像はイメージ生成)

5|半地下と“再挑戦”の回路

半地下に代表される生活不安は、単なる貧困の描写ではない。失敗コストが高い社会の構造でもある。路地ビジネスの価値は、固定費を小さく抑え、失敗しても設計をやり直せる点にある。小さく始めることで再挑戦の余白が生まれ、生活と都市の回復力(レジリエンス)を底上げする。

まとめ:都市の未来は“歩幅”に宿る

延南洞は回遊する経済、益善洞は滞在する経済、聖水は関係が続く経済。三つに共通するのは、「大きくならなくても、生きられる」ということだ。都市の未来は巨大開発だけでなく、人が歩く速度の中に現れる。


引用・参考

  1. Youth unemployment (15–24), Republic of Korea(ILO modeled estimate, 2024): Trading Economics / World Bank-ILO
  2. Statistics Korea「2024 Population and Housing Census(Register-based)」(速報): ニュースリリース(要旨)。半/地下住戸 261千戸、首都圏偏在など。
  3. Statistics Korea「2024 Census(Register-based)PDF資料」: PDF(2025-07 公表)。半/地下居住世帯 398千世帯、地域内訳。
  4. Kim, Y.J. (2023) “Valorising Ikseon-dong’s Hanok residence as a heritage…” ScienceDirect
  5. Youn, H.C. (2023) “Conflicts and Resolutions due to the Expansion of Urban Commercial Facilities in Traditional Residential Areas”: KoreaScience(PDF)。益善洞・北村の商業化と葛藤。
  6. Lee, J.Y. (2025) “Continuity Amid Commercial Buildings in Yeonnam-dong, Seoul”: MDPI Buildings。注記に「聖水は直近5年でソウル最高水準の賃料上昇」参照。
  7. “Starbucks Korea raises prices again: Tall Americano hits 4,700 won”: The Korea Herald(2025-01-21)
  8. OECD Economic Surveys: Korea 2024(構造的背景・雇用の質): OECD(PDF)
  9. Urban regenerationと商業存続率の関連(一般研究): T&Fオンライン(2024)

※本記事は現地観察・公開統計・公開情報をもとに再構成しています。金額・指標は時期や店舗により変動します。

この記事が響いたら、シェアしていただけると嬉しいです。
  • URLをコピーしました!
Contents