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島に、学びが滞在しはじめた

奄美大島の集落の道で、学生が静かに腰掛け、島の風景の中で過ごす様子。学びが日常に溶け込む滞在型キャンパスのイメージ。
奄美大島の集落の道で、学生が静かに腰掛け、島の風景の中で過ごす様子。学びが日常に溶け込む滞在型キャンパスのイメージ。

奄美大島がキャンパスになるという実験

奄美大島に、新たなキャンパスが設けられる。
学生が中・長期で島に滞在し、学ぶための拠点だ。

同様の動きは、奄美だけではない。
全国の離島や地方で、大学のサテライトキャンパスや滞在型プログラムが静かに増えている。

これは、地方創生の一施策なのか。
それとも、大学教育そのものが変わろうとしている兆しなのか。

奄美大島を主語に考えると、
この動きは「施設の設置」以上の意味を帯びてくる。


Contents

問い|なぜ今、大学は「島」に向かうのか?

歴史を振り返ると、
学びが最も活性化した瞬間は、必ずしも都市の中心ではなかった。

  • 中世ヨーロッパでは、修道院が都市から距離を取り、知を守り育てた
  • 中国では、官学とは別に山間部に書院が生まれた
  • 日本でも、松下村塾のような私塾が周縁から思想を生んだ

共通しているのは、
「学びが、日常と切り離されていない」という点だ。

生活、自然、労働、対話。
それらの中で思考が鍛えられていた。

奄美大島は、
都市の論理から少し距離を置いた場所にある。

だからこそ、
教室の外に学びが滲み出す余地がある。


知的トリビア|なぜ「滞在」が学びを変えるのか

短期の視察や研修では、
人は自分のフレームを持ったまま帰ってしまう。

一方、数週間から数ヶ月滞在すると、
時間感覚が変わる。

  • 天候に左右される
  • 人の都合に合わせる
  • すぐに答えが出ない

この「不便さ」は、
思考を遅くし、深くする。

奄美大島に設けられるキャンパスは、
知識を効率よく詰め込む場所ではない。

考え続けるための環境そのものだ。


〈一部抜粋〉現場で起きている、思考の変化

奄美大島・バニラ農園を訪れた学生のレポートより

奄美大島で行われている国産バニラ栽培を見学した学生は、
当初、強い違和感を覚えたという。

教科書的には「両立しない」とされる
コストリーダーシップ戦略と差別化戦略を、
天然バニラという市場で同時に成立させようとしている。

話を聞くうちに、その違和感は別の気づきへと変わった。

自身の思考が、
フレームワークや理論によって
狭められていたのではないかと感じた。

現場では、

  • 立地そのものがコスト構造を決め
  • 栽培よりも加工(キュアリング)が参入障壁になり
  • 「使われること」を前提に品質が定義されている

この体験は、
知識を学んだというより、
思考の前提が書き換えられた経験だった。


未来への誘い|奄美大島は、何を生み出す島になるのか?

学生たちは、いずれ島を離れる。
奄美に残らないかもしれない。

だが、
奄美で生まれた問いは、
それぞれの都市へ持ち帰られる。

意思決定に迷ったとき、
「奄美の時間」を思い出すかもしれない。

急がなくてもいい。
理論だけで決めなくてもいい。

もしそうした思考の参照点
人の中に残るなら。

奄美大島は、
キャンパスを持った島ではなく、
問いを育てる島になる。

学びが滞在するとは、
きっと、そういう未来をひらくことだ。

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