だが、ライブコマースは
一つのプラットフォームに閉じた現象ではない。
Instagram、YouTube、Amazon。
それぞれの場で、異なる思想を持った「売り方」が立ち上がっている。
プラットフォームは「売り場」ではなく「思想」だ
ライブコマースを理解するうえで重要なのは、
どこで売っているかではない。
そのプラットフォームが、どんな行動を前提に設計されているかだ。
同じ「ライブ」でも、
各プラットフォームが誘導する購買体験は大きく異なる。
TikTok|衝動と偶発性のプラットフォーム
TikTokのライブコマースは、
計画的な購買よりも「出会ってしまった」感覚に近い。
アルゴリズムにより突然流れてくる配信。
今この瞬間の熱量。
コメント欄の盛り上がり。
欲しい理由は、準備されていない。
衝動が、その場で立ち上がる。
TikTokは、
ライブコマースを「娯楽」と「購買」の境界に置いた。
Instagram|世界観とブランドの継続性
Instagramのライブコマースは、
TikTokほど偶発的ではない。
そこには、
日々積み上げられてきた世界観がある。
投稿、ストーリーズ、リール。
それらの延長線上に、ライブが存在する。
視聴者は商品を見る前に、
そのブランドや人物の「美意識」をすでに理解している。
Instagramにおけるライブコマースは、
世界観への共感を前提とした購買だ。
YouTube|理解と納得のためのライブ
YouTubeのライブは、
即決を迫る場ではない。
長尺で語り、
背景や思想を説明し、
質問に丁寧に答える。
そこにあるのは、
「なぜこれなのか」を共有する時間だ。
YouTubeのライブコマースは、
衝動ではなく、理解と納得の先にある。
Amazon|合理性を極限まで高めたライブ
Amazon Liveは、
最も感情を排したライブコマースかもしれない。
価格、レビュー、配送速度。
すべてが即座に確認できる。
ライブは、
判断材料を整理するための補助線として機能する。
ここでは、
信頼は「人」ではなく「仕組み」に宿る。
ライブコマースは「一つの正解」ではない
どのプラットフォームが正しい、という話ではない。
それぞれが、
異なる人間の行動特性を前提に設計されている。
- 衝動で動く人
- 世界観に共感する人
- 理解してから選びたい人
- 合理性を重視する人
ライブコマースとは、
人の選び方を可視化したメディアなのかもしれない。
NEOTERRAIN的な問い
企業は、
どの場で語るべきなのか。
どの思想の中で、
誰と関係を築こうとしているのか。
次回は、
ライブコマース先進国・中国を起点に、
この仕組みがなぜ社会に根付いたのかを掘り下げていく。
次回予告:
Vol.3「なぜ中国ではライブコマースが“当たり前”になったのか」

