2025年12月、NTT東日本と河合塾グループが、新たな教育モデル創出を目的とした連携を開始したというニュースが発表された。 岩手県一関市に2027年4月開校予定の広域通信制高校「ドルトンX学園」を舞台に、NTT東日本が滞在拠点の提供やICT環境整備、探究プログラムの共同開発を担うという。
一見すると教育×通信のよくある協業に見えるかもしれない。 しかし、この取り組みを「河合塾という予備校が、なぜ今、民間大手企業と組むのか」という視点で捉えると、日本の教育産業が直面する構造変化が浮かび上がってくる。
予備校モデルの原風景─第二次ベビーブーム世代の記憶
河合塾といえば、日本の受験産業を象徴する存在だ。 特に1970〜80年代、第一次・第二次ベビーブーム世代にとって予備校は、「大学合格」という明確なゴールに向け、効率的に知識を注入するための装置だった。
大量の受験生、偏差値による序列、合格実績というわかりやすい評価軸。 そのモデルは、人口増加と大学進学率の上昇という社会背景に強く支えられていた。
しかし、現在の日本はその前提が大きく崩れている。 少子化は加速し、18歳人口は長期的な減少局面に入った。 「受験生の奪い合い」を前提とした従来型予備校モデルは、構造的な限界を迎えている。
少子化時代における「事業転換」という選択
今回の河合塾の動きは、単なる新規事業ではない。 それは、予備校というビジネスモデルそのものを再定義しようとする試みと見ることができる。
ドルトンX学園では、通信制という柔軟な学習形態を軸にしながら、全国各地の拠点で滞在型・探究型の学びを展開する構想が描かれている。 オンラインで教科学習を行い、リアルな地域でフィールドワークを重ねる。
これは「知識を教える場所」から、「学びをデザインするプラットフォーム」への転換だ。 河合塾は、もはや受験対策だけを提供する存在ではなくなろうとしている。
なぜ、民間大手企業との連携なのか
ここで重要なのが、NTT東日本というパートナーの存在である。 通信インフラを基盤に、地域社会とデジタルを接続してきた同社は、教育を「教室の中」に閉じない視点を持っている。
ICT環境、地域拠点、企業ネットワーク。 これらは、従来の予備校単独では持ち得なかった資産だ。 民間大手企業と連携することで、河合塾は学びの射程を社会全体へと拡張しようとしている。
教育産業の次の競争軸は、合格実績ではなく「どんな社会と接続できるか」に移りつつある。 その変化を、河合塾は冷静に、そして戦略的に読み取っているように見える。
地域×通信制×探究─新しい教育インターフェース
今回の構想が示しているのは、教育と地域、教育と企業、教育とテクノロジーが交差する新しいインターフェースだ。
少子化が進む日本において、若者一人ひとりの学びの価値は相対的に高まっていく。 だからこそ、教育は「効率化」だけでなく、「意味化」されなければならない。
河合塾とNTT東日本の連携は、その方向性を象徴している。 第二次ベビーブーム世代が経験した一方向の受験教育とは異なる、社会と往復する学びのモデルが、ここから生まれようとしている。
予備校の未来は、教育の未来を映す
予備校は時代の鏡だ。 人口構造、産業構造、価値観の変化は、必ず教育の形に反映される。
河合塾の今回の動きは、縮小する市場に適応するための防御策ではない。 むしろ、少子化時代だからこそ可能になる「次の教育像」への能動的な挑戦だ。
教育産業は今、静かにフェーズが変わり始めている。 その変化の兆しは、予備校という最も伝統的な領域から立ち上がってきているのかもしれない。

