それは「新しいEC」でも、 「流行のマーケティング」でもなく、 日常の買い物の一部として存在している。
なぜ、中国ではここまで自然に受け入れられたのか。
ライブコマースは「輸入」ではなく「進化」だった
中国のライブコマースは、 欧米や日本の模倣から生まれたものではない。
テレビ通販の延長でもなければ、 SNSの追加機能でもない。
中国のデジタル生活そのものが、自然に行き着いた形 だった。
決済、物流、SNS、配信、レビュー。 それらは最初から分断されていなかった。
「売る人」が、最初から「人」だった
中国のライブコマースでは、 企業よりも先に個人が前に立った。
KOL(Key Opinion Leader)と呼ばれる配信者は、 広告塔ではない。
日々、生活を配信し、 試し、語り、 失敗も含めて見せる存在だ。
信頼は、 フォロワー数ではなく、 蓄積された時間と履歴によって測られる。
中国における「信頼」は、感情ではなく記録でできている
誰が、いつ、何を薦め、 それを買った人がどう評価したか。
そのすべてが、 可視化され、蓄積されていく。
ここでは、 「信じる」という行為が、 感覚ではなくデータに近い。
ライブ配信は、 その記録を更新し続ける場でもある。
買い物は「娯楽」であり「生活」だった
中国では、 ライブコマースは単なる商取引ではない。
人々は、 楽しみながら、雑談を聞きながら、 時に配信者と冗談を交わしながら買い物をする。
買い物とエンタメの境界は、最初から曖昧だった。
だからこそ、 「ライブで買う」という行為に、 心理的なハードルが存在しない。
インフラが「買い物の形」を決めていた
即時決済。 高速配送。 返品のしやすさ。
これらのインフラが整っていたからこそ、 ライブコマースは「安心して失敗できる」。
試してみること自体が、リスクではない社会。
この前提が、 購買行動を大きく変えた。
中国のライブコマースは「社会システム」だった
配信者、視聴者、企業、物流、決済。
誰か一人が主役ではない。
ライブコマースは、 社会全体が連動するシステムとして設計されていた。
だからこそ、 一部の流行で終わらなかった。
NEOTERRAIN的な問い
中国の成功は、 「真似すべき手法」を示しているわけではない。
示しているのは、 信頼と購買をどう社会に組み込むかという問いだ。
次回は、 日本に視点を戻し、 なぜ日本ではライブコマースが広がりきらないのか を掘り下げていく。
次回予告:
Vol.4「なぜ日本ではライブコマースが広がりきらないのか」

